第27話:二人の姫様
「ふっ! はっ! はっ! はぁ!!」
結局あの後、意味不明にメイドさんに弄ばれてから。やっと道場の様な訓練場に案内してもらえた。
剣を振り、突き、返し、払う、くるりと背後に向き直り再度同じ動きをする。
「ふっ! はっ! はっ! はぁ!!」
(最近、魔銀の剣を振ってたせいか。鉄の剣にすると動きが固いな……)
ほんの僅かだが、振るうと違和感がある、魔銀の剣に持ち替えて振ると身体に馴染む。
「もしかしたら?」
刃の潰してある素振り用の剣だから特に気にして無かったけど、少しだけ剣が歪んでいる。
「不味いな、鍛冶屋に行きたいけど、明日は式典って言ってたし……」
どうしようかと悩んでいると、じっとりとした視線がこちらに向いているのに気が付いた。
「じぃーーっ」
なんだろう、物陰から見られてるんだけど……誰?
見た目はクラスメイト達と同じくらい、緋色の髪に緋色の瞳、装飾からして王族っぽいんだけど、他のエルフに比べ〝耳が短い〟のである。
「じぃーーーっ」
(ま、まぁ……用があるなら入って来るでしょ、メイドさんも止める様子無いみたいだし……)
さっきのたくし上げメイドの一人がお茶をしながらずっと見てるので必要であれば声を掛けてくるだろう。
「ふっ! はっ! はっ! はぁ!!」
仕方ないので魔銀の剣で素振りを再開する、今度は速度を上げて剣を振るう。
「じぃーーーーっ!」
何だろう……構えアピールが物凄い……。
「じぃーーーーーっ!!」
「あの、さっきから……」
「お客様、お茶どうですか?」
「タイミング悪いなぁ!?」
喋ろうとしたら、メイドに話を差し込まれた。
「もし良かったらエルスリリア様もいかがでしょうか?」
「じぃーー!? って、私もですか!?」
「はい、先程からお客様に熱視線を向けてましたので……」
「そそそそ、そーですわね! せっかくですしいただこうかしらぁ!!」
慌てっぷりが凄く、声の高低差が物凄い。
(こっちから聞く必要が無くなったのは良かったかな、気まずかったし……)
それから、メイドさんがテキパキとお茶の準備を終えると。なんとも汗臭い場所でのお茶会が始まった。
「私は、ホウショウ=エルヴィールです。どうぞよろしく」
「わ、私は、エルスリリア=ユグラシアと申す……よろしく頼む……」
ポソポソと最後の方は声が小さくなる。
「えっと……エルスリリア様は剣術を嗜まれるのですか?」
服装は騎士の皆が着ている服で腰には細剣を備えている。ぱっと見運動場へ訓練に来たのかと思える。
「あ、あぁ! 私の日課でな、こうして一日の終わりは剣を振っていないと気が済まないのだ」
先程とは違い、剣の話になるとイキイキとし始める。
「そうだったんですね、私もなんとなく剣を振らないと落ち着かない時があるんですよ」
「私と同じだな。気分を悪くするかもしれないが……貴殿は人間族か?」
「はい、この度エルメガリオス様のご厚意で、友人と妻の治療がこちらならばできると聞きましたので」
「そうか、貴殿が聞いていたお客人なのか……」
「だから言ったじゃないですか、エルスリリア様」
「ひゃう!? おい、ルルカいきなり声を掛けるな。びっくりするだろ!?」
突然現れたメイドさんに怒るエルスリリア様。というか、あのメイド、ルルカって名前なのか。
「ホウショウ様、せっかくですしエルスリリア様に人間族の剣術を教えていただけませんか?」
「へっ? 俺ですか?」
「はい、ここには超絶美少女メイドと、本当は女の子らしさ120%のエルスリリア様といまいち誘惑に乗って来ない面白みのないホウショウ様しかおりませんので」
なんか、主人にとんでもなく失礼な事を無表情で言い放ったし、それなのに何でダブルピースしてるんだよこのメイドさん……。
「おい! ルルカ!! 変な事を吹き込むな! 違うんだぞホウショウ殿! 私はそんな少女趣味な人では無いんだぞ!!」
首まで真っ赤にして否定するエルスリリア様、というかそこで大慌てで否定すると肯定と認める事になりかねないんだけど……。
「あ、はい……ルルカさんになんかありもしない不名誉な事を言われたのでそっちに気を取られてました……」
(というか、いまいち誘惑に乗って来ないって何だよ。そもそも〝据え膳食わぬは〟とかの主義じゃないし奥さんと一緒に来てるんだから、節度くらいはあるよ?)
「というか、お客様にも失礼な事を言うんじゃない!! ユグラシア王家のメイドは変人と思われるだろうが!」
「わかりました。では再度、スカートたくし上げチャレンジを……」
スカートの裾を持って徐々に上げていく……前にエルスリリア様がその手を叩きおとそうとする動きとツッコミが回避される、身体能力凄いな……。
「ホウショウ殿も! なにじーっと見てるんですの!? 破廉恥ですわよ!!」
「エルスリリア様、素が出てましてよ」
煽るルルカさん、成程エルスリリア様って素はお姫様らしいんだな。
「貴方もなんでそんなに落ち着いてられるのです!?」
「いえ、昔から。慌ててる人を見てると自分は妙に落ち着くって奴ですかね?二度目ですし……」
「二度もですか!?」
「ちなみに、さっきとは違う下着を履いております」
「ルルカァ!!」
下着の件は気にならないと言えばウソになるが。ルルカさん、あれだけ言ってて目が笑って無いんだよなぁ……。
(正直、後が怖いので誘いには乗らないでおこう)
「紅茶、美味しいなぁ……」
◇◆◇◆
それから数分の間、ルルカさんにおちょくられるエルスリリア様に適当な相槌を打ちつつ眺めていると視線が増えている事に気が付いた。
「ロルティリアちゃん、こんばんは」
「ホウショウ様、こんばんはです! あの、お姉様がここに居ると聞きまして……」
数日間の旅程で仲良くなったロルティリアちゃんが、探している顔でこちらを見ている。
「えっと、エルスリリア様かな?」
「はいです!」
「わかった、ちょっと待っててね。おーい、エルスリリア様、妹姫様がお呼びですよ」
呼びかけると、ルルカさんと追いかけっこしているエルスリリア様が急停止する。
「んな、ティリア!?」
「はい! 帰ってまいりましたので。お姉様の鍛錬を見学したいのです!」
キラキラの瞳でロルティリアちゃんがエルスリリア様を見る。
(そういえばここに来る途中も俺が素振りをやってるとことか似たような目で見てたな)
尊敬する姉が居ると聞いてたけど、様子を見るにエルスリリア様らしい。
「それじゃあ良い機会ですし、一緒に素振りをしましょうか」
「ホウショウ殿!?」
「はいっ!」
「ティリア!?」
一応、エルメガリオス様の許可は必要なのでルルカさんとロルティリアちゃんには許可を貰いに行ってもらった。
「ホウショウ殿、流石にティリアにはまだ早いと思うのだが……」
「でも、他のお姫様も護身術程度には剣が出来ますよね?」
「それはそうなのだが……」
どうやら、エルスリリア様はロルティリアちゃんへの指導が不満の様だ。
「無理に咎めるよりも、一緒にやってあげたほうが喜びますよ? それに知らない所でやって怪我するより、目の届く範囲でという制約にすれば。ロルティリアちゃんの不満も解消しやすいでしょう」
「ぐぬぬ……確かに私も剣を早く握りたくて無茶をして。騎士団長に怒られた記憶が……」
「人はやっちゃ駄目と言われると、やりたくなるものですから」
「そうだな、少しやれば満足するだろう……。その前に……」
木剣を手渡される、どうやらロルティリアちゃんが来るまでの間に一試合したいらしい。
「ティリアの師範として、私を認めさせてくれ!」
嬉々として先手を取るエルスリリア様に対して、剣を構えるのだった。




