第12話:夜の英雄
「ふぅ……大変な目に合った……」
大工さん達にもみくちゃにされたり、胴上げされたり拝まれた、股間を撫でられたりした後、囮として適当にワインをばら撒いて逃げて来たけど、今日の仕事はもう終了だろうな……。
「さて、カトレアは……っと、いたいた」
本来ならば娼館全体が休みなので皆だらしない恰好で居るのだが、カトレアだけは身だしなみをキチン整えた状態で書類仕事をしている。
「カトレア。今、時間あるかい?」
「ヒヨウ……今はホウショウのが良いわね。どうしたの?」
「いやさ、ちょっと二人きりで話せないかな?」
改めてここ数日の事と、俺達についての事を奏さんと恵さんと話し、明かしておくべきだと判断したからだ。
「……ここで話せない様な重要な事なのね。客室に行きましょうか」
「あぁ。そうだ、ちょっと失礼」
「ふぇ!?」
カトレアを抱え上げお姫様抱っこの状態で運ぶ。
「ヒヒヒヒヒ、ヒヨウ!? いきなり何を!?」
「あぁ、少し急いでるし。こっちのが移動は速いからな」
「——ヒュ……」
「あれ? 気絶した? とりあえず、部屋に運んじゃうか……」
幸せそうに気絶しているカトレアを部屋に運び寝かせておく、結果的に時間がかかることになっちゃったか……。
それから数分、話の準備を終えた所で目を覚ましたカトレアと向き直る。
「話って、何ですか?」
「さて……どこから話すかな……」
「そんなに沢山あるんですか?」
「うん、困った事にね」
先ずは俺の名前について話すべきだろう。
「順番に話して行こう、先ずは俺の本当の名前は、ホウショウでもヒヨウでも無いんだ」
「えっ……」
呆然とするカトレア。そうだよな、ずっと騙してたようなものだし……。
「俺の名前は鷹取 飛翔、10年前にこの国によって召喚された勇者の一人なんだ……」
「勇者召喚……それじゃあヒヨウ……じゃなくてツバサはこの世界の人じゃ無いのかい?」
「うん、ネモフィラとミモザ。あの二人と同じ世界から来たんだ。まぁ、10年前に何故か一人だけでこの世界に飛ばされたんだけどね……」
「そうだったの……だから、いつもどこか遠くを見ていたのね」
「あぁ、元の世界に戻る事を必死に探してたからね。でも色々と探してる内に手がかりが無い事がわかって行って。次第にこっちの世界で生きていくしかないと思ってね。その踏ん切りがつくまではカトレアにも辛い思いをさせてたんだね」
「良いのよ、私が勝手に好きになって。勝手にやきもきしてたんだもん」
そう言ってカトレアが倒れ込んで来る。男女逆転の膝枕状態だ。
「ごめんな、カトレアも辛かっただろうに。俺ばっかり自分の事を考えちゃってさ……」
「いいのよ、こうして時間はかかったけど、アナタはしっかりと話してくれた。ずっと隠しておく事も出来たのに、私を信頼してくれたそれが嬉しくてたまらないのよ」
首に手を回されて、キスをねだられる。それに応じて、満足したのか再び俺の膝の上に戻る。
「そっかー、アナタ達三人。この世界の住人じゃ無いんだ……それってどんなところか聞いて良い?」
「そうだね、俺達が生まれた所は日本という場所で、言葉は極東語がかなり近いかな。それと、技術が発展してて。このくらいの薄い機械で世界中の情報が見れたりするんだよ」
スマホや、日本の事を話していると段々とカトレアも興味が湧いて来た様だ。
「そっかー、じゃあ。頑張って戻り方を探さないとね?」
「へっ? 俺が元の世界に戻る事は……」
「言わなくてもわかるわよ。それに、今ツバサがニホンへ戻るか悩んでる事も……」
「ばっかねぇ……ツバサの感情や気持ちなんて私に隠し通せると思ってるの?」
そう言って頬を撫でて来る。確かにそうだ、昔からカトレアは俺の心を見透かしてたんだ。
「だから、アナタが二人に負い目を感じてる事も、私に負い目を感じてる事も。そのせいで元の世界に戻るか、こっちの世界に残るかを悩んでる事もね」
「うぐっ……流石はカトレアと言うしかない……」
「7年アナタと過ごしてきたのよ? その時が来たら私の事は考えず元の世界に戻りなさい。出来れば連れて行って欲しいけどね……」
「そうだね、方法次第だけど一緒に行きたいね」
「そこなら、しがらみも無くツバサと子供も作れるのね……」
愛おしそうに腹部を撫でる、エルフの国での治療が待ち遠しいのだろう。
「あー……えっと、その件で話しておかないといけないんだけどさ……」
俺の気まずそうな言葉に、疑問符を浮かべるカトレア。彼女に奏さんの能力を話す、すると段々と不機嫌そうになってくる。
「ふーん、じゃあ私はネモフィラちゃんの能力向上のダシに使われるんだ、ふーん……」
「えっと、そういう訳じゃ無くて……元々治す予定だったんだけど、一応カトレアを身請けする際に問題にならない様にするつもりだったんだ。結婚式を挙げたら治すつもりだったし……」
「ふーん、でも私には秘密だったんでしょー!」
拗ねるカトレア、今までこんな拗ね方無かったので困惑する。
「ごめんて……一応俺の元に召喚勇者が居る事は秘密にしておきたかったし。カトレアの場合、顔には出さないだろうけど周囲の目があり過ぎるから、隠そうって話になったんだ」
「むぅ……じゃあ何で今更……」
「えっと……事態が変わったんだ」
「変わった? どういうこと?」
「えっと……かくかくしかじかでお嫁さんが増える事になりました……」
「かくかくしかじかじゃ分からないわよ。っていうかお嫁さんが増えた!?」
唖然とされる、未だに婚姻届けも出してないのに四人を囲ってるなんて正直おかしい。この世界は一夫多妻でもあり一妻多夫も可能だ、だが〝普通〟は結婚して、第一夫人、つまり正妻や正室を決定してから増やすのが常識だ。
「あ、はい……成り行きというか……必要に駆られたといいますか……」
エルヴィール領であった事を話すと、カトレアも大きくため息を吐く。彼女も貴族の客を相手にしていたのでその面倒臭さや鬱陶しさを知っているのだ。
「それじゃあ仕方ないわね……自分の子供を守るために家督相続してくるでしょうし……ツバサが早く爵位を手に入れられるならば。確実に有利になるわね」
「爵位かぁ……」
「えぇ、恐らく男爵家の子息として叙爵を受けるだろうし、そうなると少なくとも独立した貴族になるし子爵くらいは貰えるでしょうね……」
「そうなると、奥の手が使えそうだね」
「えぇ、その方法なら〝英雄ホウショウ〟に敵う相手はほぼいなくなるわね」
奥の手とは貴族間の問題解決方法の一つに決闘裁判というものがある。この解決方法はこの国に代々伝わっていて。要はどちらも引かないという事であれば強い方が正しいと証明する方法なのだ。
「いや、その通りなんだけど……その呼び方は恥ずかしいから止めて欲しいなぁ……」
「いいじゃない、私はその呼び方好きよ? だって夜の方も〝英雄〟じゃない?」
「止めてくれ、さっきも大工たちにそれで拝まれたんだから……」
そうなのだ、娼姫全員を相手にした事がどこからか漏れて……、多分娼姫の誰かが話したんだろうけど。その結果、男性達からは〝英雄〟と呼ばれ、事情を知ってる奥さん達からは子宝に恵まれると拝まれたりするのだ。
「……ぷぷっ! 流石、私の旦那様。またその内〝夜の英雄〟さんには娼姫《あの子たち》の事任せたわよ」
「えっと……やらないと駄目ですか?」
「えぇ、それと。その事については、私から夫人にしっかり話しますね。これは私の役目ですから」
そう言って笑うカトレア、それからしばらく話をした後に役所へ向かうのだった。
作者です!
カトレアさんに1話丸々使っちゃった……。
そろそろ裏で手を引いてる奴の耳に入りそうですね……。




