第25話:最低な私
◇細野 恵side◇
夕食を終えて私達は先に部屋へ戻っていた、というのも洗い物なんかは飛翔の使う魔法の方が早く綺麗になるからだ。
「恵ちゃん、それじゃあ私、先にお風呂行ってくるね」
「うん、どうぞ~」
奏を送った私はベッドに倒れ込んで昨晩からの事を思い返す。飛翔が血まみれで運び込まれた時、あの時私は飛翔の事よりも奏の事よりも真っ先に自分の事を考えてしまった。
(私って……最低だよなぁ……)
自分でも嫌な奴、そう思いはするものの自分の性分は変えられない。いつの間にか消えた父親と、夜職が故にいつも私が帰ると家に居ない母親。そんな親の子供である私も例に漏れず堕ちるまでが早かった。
生きて行く為には誰かの所有物で居ないと生きられない私。誰かのトロフィーで居るしか価値のない私。
(そんな卑しい私は、ここに居ていいのだろうか……)
奏は飛翔の事を心から好きなのは見ていて凄くわかる。
そんな二人の仲に入らず、私はあの娼館に一人残るべきだったのかもしれない……。
「いや、飛翔ならまだしもこの世界のオッサンに抱かれるのは嫌ね……」
昨日の事がきっかけで嫌悪感に塗れていると、扉が開き汗をかいた飛翔がそーっと顔を出す。目が合ったので私はすぐに切り替えて笑顔を取り繕う。
「お皿洗いありがとうね、ってどうしたのよその汗……」
「あー二人がお風呂入ってるし、暇だから少し素振りと筋トレを……」
視線が泳いでいる、私達は節約の為にいつも一緒に入っているので、恐らくバレる前に戻って来たかったのだろう。
「はぁ……、治療士の先生に安静にしなさいって言われたでしょ、何かあったらまた私や奏が心配するわよ」
「うぐっ……すみません……」
私の言葉に縮こまる飛翔、思っても無い言葉が出てしまい少し驚く。
「仕方ないわね……服脱いじゃいなさい、汗拭いてあげるから……」
「はい……」
ごしごしと汗を拭う、頭もわしゃわしゃと拭いてあげると、気持ち良さそうな顔をする。
「今日はごめんな。こんな事になって……」
暫くなすがままにされていた飛翔が謝って来る、今日と言うと襲撃事件の事だろう。
「気にしてないわよ。私は旦那様が生きてた事が嬉しいもの」
「でも、不安にさせたでしょ? それは謝らないと……」
そう言ってバツの悪そうな顔をする、犬だったら耳がぺたんと折れているだろう。
「まぁ、また来るのが遅くなるのかな~って少しは心配はしてたけどさ。また、王城で何かトラブルに巻き込まれてるのかって思ってただけよ、おかげで私も奏も勉強が捗ってたし」
「それは良かった……のかな?、どこまで進んだ? 聞き取りはだいぶできてたみたいだけど……」
「えっと……聞き取りは大分出来てきてる、喋るのと書くのはまだまだ、文法とか覚えてるけど全然ね」
「そっか。でも凄いなぁ、俺なんて喋れるまでに1カ月以上かかったもん」
そう言って褒めてくれる、正直おだてられてる感じはするけど、必死に話しやすいようにしてくれているのは凄く嬉しい。
(なんでこいつ、ここまで優しいんだろう……)
私は正直何の取り柄もない、見た目だって男子は奏の様なお嬢様に目を惹かれる。私に向けられるのは性欲だけ。
(でも、飛翔は違うのよね……性欲が無い訳じゃないけど向けられる視線は優しさに満ちている)
多分、飛翔は私が彼の事を利用している事に気付いてる。それなのに飛翔は私を心配してくれて、私に気を遣ってくれている。
「本当に、不思議なくらい優しい人だね……」
思わず言葉に出てしまい口を押える、慌てて飛翔の方を向くと聞き逃していなかったのか微笑む。
「ありがとうな、言われるのは凄く嬉しいよ」
その笑顔に、言葉に、心が乱される。他意の無い筈の言葉に私の心が煤けていく。
「なんでそんなに優しいのよ……私は! 飛翔が倒れた時自分の事しか考えられなかった! 奏みたいに飛翔へ駆け寄れなかった! それにこっちの世界に来てからずっとずっと飛翔を道具として見て! 生きることしか無かった!」
いつからだろう、このドロドロとした気持ちがあったのは……。
(たぶん、ずっと昔から……)
いつからだろう、自分が許せなくなったのは……。
(覚えてないけど、ずっと昔から……)
いつからだろう、諦めてしまったのは……。
(たぶん物心が着いた、ずっと昔から……)
なんでこんな優しい彼に、嫌な気持ちをぶつけちゃってるんだろう……。
(聞いてもらいたかったんだ、ずっと昔から……)
「こんな酷くて、醜くて、私は……飛翔に愛される理由も、救ってもらう理由も、生きていく理由も無いの!! だから……」
その先の言葉は出なかった、いや出せなかった。




