第21話 婚約破棄の後始末
シルヴィアは自室で紅茶を飲みながら、読書をしてゆったりと過ごしていた。
今日の紅茶はモンブリー産の紅茶だ。
この紅茶は国内有数の紅茶生産地であるモンブリーで採れたもので、モンブリー産の紅茶と言えばしっかりとした風味と淹れた茶の色が澄んだオレンジ色であるという特徴があり、ミルクティーにして飲むのが最適な品種である。
シルヴィアはミルクティーが一番好きなので、モンブリー産の紅茶は愛飲している。
シルヴィアがそうやって過ごしていたところ、部屋のドアがコンコンと軽快な音を三回立ててノックされた。
入室許可を出し、部屋に入室して来たのはメイドのカレナだ。
「シルヴィアお嬢様、旦那様がお嬢様をお呼びです。至急、重要な案件があるそうで旦那様の執務室に来て欲しいそうです」
(重要な案件? 一体どんなお話かしら?)
「わかったわ。すぐにお父様のところへ向かうわ。お父様の執務室で良いかしら?」
「そうです」
シルヴィアは自室を出て、父親の執務室に向かう。
執務室の前に到着し、ドアを三回ノックし、入室許可をもらう。
「お父様、シルヴィアですわ。お父様が至急の案件があると伺いましたので来ました」
「シルヴィ、入れ」
シルヴィアは執務室内に入室し、ソファーに腰掛ける。
公爵もローテーブルを挟んだ反対側のソファーに腰掛け、メイドが二人の為に紅茶を用意する。
紅茶の用意が終わったらメイドはすぐに退室する。
この執務室で話をする時、ローランズ公爵家に仕えて長い家令のジョナスを除いて、使用人は部屋には入れない。
この部屋でされる話はどれも重要な案件である為だ。
口が軽い人間は雇用の時点で弾いているが、自分しか知らないような情報を掴むと、人間は自分だけの秘密にはせず、他人に話してしまいたくなる。
最初は同じ家に仕える者同士の話で広まり、酷い場合だと、使用人繋がりで他家の使用人にまで話が漏れているということさえある。
貴族の屋敷の内情を使用人によって暴露されるということは、見栄を張って生活している貴族にとっては最も避けたいことだ。
なので、話一つとっても使用人が同席して聞いて良い話ではない。
「お父様、お話とは?」
「ああ。今日、王家から封書が届いた。内容はシルヴィとフィリップ王太子殿下の婚約、殿下の今後の処遇についてだ」
「そうでしたのね。それで詳細は?」
「例のパーティーでシルヴィはフィリップ王太子殿下に婚約破棄を突き付けられたが、婚約は結局、白紙に戻すという結論に至ったようだ。婚約破棄の書類に関しては、陛下の判断で婚約をなかったことにする為、その書類は無し。代わりに婚約白紙の同意書にはサインすることになる。婚約は白紙に戻ったが、年頃の令嬢が公衆の面前で婚約破棄されたことへの精神的苦痛を鑑みて、その原因を作った張本人であるフィリップ王太子殿下の個人資産より慰謝料は支払われるそうだ。また、陛下は婚約解消のお詫びにシルヴィに新たな縁談を世話するつもりでいたようだが、ルーク殿が自発的に婚約したので、その話は無しだ」
「フィリップ王太子殿下の今後はどうなるのですか?」
「殿下は廃嫡して、北の塔に幽閉することになった。個人資産は没収だ」
「そうなのですわね」
シルヴィアはフィリップの処遇を聞いたが、あまり気持ちのいいものではなかった。
確かに婚約中はフィリップ絡みで何かと嫌な思いをしていたし、その嫌な思いを耐えたことに対する仕打ちが浮気と公衆の面前での婚約破棄なのだとやりきれない気持ちになったことも間違いはない。
それは紛れもない事実だ。
だからシルヴィアは彼に表立った処罰が下った時はもっと清々するかと思っていたし、ざまぁみろというような感情も抱くと思っていた。
でも、いざこうして彼の処遇が決まると、シルヴィアはそこまで非情なことを思う人間にはなれなかった。
だからと言ってフィリップに何のお咎めもないのは、それはそれでモヤモヤするので、これでフィリップとの婚約は個人の感情は抜きにして決着がついた。
シルヴィアがフィリップと婚約解消し、フィリップが廃嫡された結果、王太子ではなくなった為、急にエドワードは王太子の座に座ることになり、彼の婚約者の令嬢も王太子妃という責任重大な地位に就くことになってしまった。
しかし、フィリップの後釜になるエドワードは、過去、シルヴィアが未来の家族として交流した感じでは、フィリップとは違って真面目に頑張る見どころのある少年だという印象だったので、彼に王家の未来を託しても大丈夫だろう。
エドワードの婚約者も明るく朗らかで勤勉な侯爵令嬢だったので、此方も特に問題はないように思われる。
もし、彼女が王太子の婚約者として学ぶ上で、シルヴィアに何か助言を求めて来たり、教えて欲しいことがあると請われたら、シルヴィアは惜しみなく協力するつもりでいる。
「それに殿下は横領もしていたようだ。婚約者への贈り物として、例の男爵令嬢に高額なドレスを仕立て、その代金が国庫より支払われるよう申請していたらしい」
シルヴィアはぼんやりと婚約破棄を告げられたあの日のことを思い出す。
男爵令嬢が着ていたドレスは明らかに高価な品だとわかるもので、印象深かった。
「やっぱりあのドレスは殿下からの贈り物でしたのね。フィリップ王太子殿下の誕生日パーティーで彼女が着ていたドレスがその横領で購入したものでしょう。一目で高価だとわかる仕様でしたから」
「婚約破棄だけではなく横領の件もあって、殿下は生涯、北の塔から出ることは叶わないだろう。婚約破棄も王太子がするにはお粗末過ぎたが、国庫のお金を横領するというのは重罪だ」
「あの方個人から私には一度も贈り物など下さらなかったのに、あの男爵令嬢には私に贈り物を贈ると嘘までついて贈り物をなさったのですね。あの方は普段はお馬鹿なのに、このようなことだけは悪知恵が働くなんて呆れますわ」
「一体どこまで我が家を虚仮にしたら気が済むのかと王太子殿下本人に問い詰めたいくらいだ。実際にはそんな機会はないがな」
「結局、本人からの謝罪はないままでしたわね」
「送られてきた書類にサインをして、陛下のところに持って行く時に、陛下と話をすることにはなっている。だから、陛下からは謝罪があると思う。話はこれで終わりだ。シルヴィはもう部屋に戻っていい」
「では、戻らせて頂きますわ」
***
それから数日後。
ルークからシルヴィア宛に手紙が届いた。
少し前に婚約の書類作成に立ち会ったクリスとその妻・マーガレットと食事に行くのに、都合の良い日時を教えて欲しいという内容の手紙がピンクのガーベラの花束と共に贈られてきたのだ。
シルヴィアはガーベラのお礼と共に空いている日時を便箋に認め、封筒に入れて、ローランズ公爵家の家紋の封蝋をする。
(前回は立派な赤い薔薇を頂いて、今回は可愛いピンクのガーベラを頂いたので、私も何か一緒に贈った方がいいですわね。何を贈りましょうか……?)
シルヴィアは少し迷った末、ルークから貰って、花瓶に活けて飾っていた赤い薔薇の内の一輪だけ押し花にして、本の栞を作った。
(これならルークとの思い出になりますし、ルークが気おくれするような贈り物にはならないはずですわ。喜んで頂けたら嬉しいな)
シルヴィアは作った栞を綺麗に包装し、使用人に手紙と一緒にベレスフォード公爵邸に届けるよう頼んだ。
シルヴィアがルークに書いた手紙が彼の元に届いた二日後に、ルークから手紙が再度届く。
手紙によると、三日後の夕方に四人で王都の商業地区にある有名なレストランでディナーに行くということで話が決まったようだ。
ドレスコードについてはそこまでうるさくないお店だから、この前の王都でのデートと同じような綺麗めなワンピースで十分だとも書かれている。
(大人数でディナーに行くのは初めてなので、とても楽しみですわ。ルークのお話が沢山聞けたらいいな)
シルヴィアは早速、カレナを自室に呼び出す。
「三日後、私はルークとルークの友人夫妻と一緒に王都のレストランに行くことになりましたの。なので、三日後のディナーは私の分は要らないわ」
「畏まりました、お嬢様。私が責任持って、料理人と旦那様達に伝えておきます」
「あと、そのレストランに行く為の服を一緒に選んでもらえないかしら?」
「お嬢様のお洋服選ぶのは楽しいですから、喜んでお手伝いしますね。お洋服はドレスですか? それともワンピースですか?」
「綺麗めなワンピースで良いそうですわ」
カレナはふんふんと楽し気に鼻歌を口ずさみながら、クローゼットを開けて、ワンピースを数着取り出す。
そして、彼女は取り出したワンピースを並べてみて、シルヴィアと一緒に見比べる。
「前回は銀色とブルーのワンピースでしたから、今回は落ち着いた紫色のワンピースにしましょう。袖を絞るリボンやスカート部分の裾のフリルはお嬢様の髪のようなピンクで、とっても可愛いですよ」
カレナは淡い紫色のワンピースをシルヴィアに勧める。
「カレナがそう言うならこれにしましょう。靴と髪飾りとアクセサリーはこのワンピースに合うものを用意しておいて」
「お任せ下さい! 当日も私が完璧に準備します!」
(これでディナーに行く準備は出来ましたわ。あとはカレナにお任せすれば間違いない。そう言えば、前回、クリス様はルークの話をすると仰られていましたわね。どんなお話が聞けるのかとっても楽しみですわ)
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