第19話 ルーク視点
数日、更新をお休みして申し訳ございませんでした。
シルヴィと王都の商業地区でデートしてから少し経った頃、僕はエリック兄上に王城に呼び出された。
エリック兄上とは現在の国王陛下だ。
父上が元気なうちに引退したいと言ったので、その後をエリック兄上が引き継いだ。
父上は国王を引退した後は、母上と自然豊かな保養地であるセーヴァルで隠居生活を送っている。
何の用件で呼び出されたのかは何となく想像はつく。
恐らくシルヴィとフィリップ絡みのことだろう。
ベレスフォード公爵邸から馬車に乗って王城まで向かう。
門番に兄上に呼び出されたことを告げると、予め今日僕がエリック兄上を訪ねて城に来ることの通達がされていたようで、すぐに門番がエリック兄上の執務補佐官を呼びに行き、補佐官の案内で兄上の執務室まで案内される。
補佐官と僕の後ろには近衛兵がついて来ている。
エリック兄上の執務室がどこにあるのかなんて案内がなくても分かるが、警備上の問題で案内係が付いた。
僕個人はもう王家とは関係ないけれど、現国王であるエリック兄上の弟だという事実は変わらない為、王城で僕に何かあると周りの者が責任問題で困った状況になってしまうので、大人しく受け入れる。
エリック兄上の執務室の前まで来たら、補佐官がドアをノックし、入室許可を取る。
入室の許可が下りたので、僕だけ入室する。
入室するとメイドが紅茶を淹れてくれて、その紅茶を飲みながら話をすることになった。
さりげなく僕が好きな銘柄の紅茶を用意して出したあたり、エリック兄上にとって僕はまだ可愛い弟なのだろうと感じる。
年齢が離れた僕を兄弟の中で一番構ってくれたのはエリック兄上だった。
自分も執務で忙しかっただろうによく一緒に遊んでくれた。
僕達の父上である前国王は母上である前王妃以外の女性を妻には迎えなかった為、僕の兄弟は全員同じ父親と同じ母親から生まれた兄弟になる。
我が国は国王のみ重婚可能で、側妃を娶ることは法律上問題はない。
王族や皇族でよくあるような一夫多妻の王家ではなかったので、正妃と側妃、そのそれぞれの子達で繰り広げられるドロドロした権力闘争とは無縁だった。
因みに今の国王陛下であるエリック兄上が一番上で一番年下が僕だけど、間には姉が一人と兄が一人いる。
途中で何か問題が生じない限りは一番最初に生まれた王子が立太子して王太子になり、前王が引退すると次の国王になる決まりなので、エリック兄上が国王になった。
文武両道なエリック兄上は僕達兄弟の中でも一番王に向いていた。
エリック兄上は軍事関係にも政にも明るい。
エリック兄上の弟で、僕の兄でもあるジャック兄上は、肉体のみならず頭まで筋肉で出来ていそうな所謂脳筋で、小難しい政治の話なんかさっぱりだし、僕は僕で習ったことは大体そつなくこなせたけれど、自分は王たる器を持っていないと自分の身の程をきちんと知っていて、また、長男のエリック兄上を差し置いてまで王になりたいという気概はない。
「急に呼び出して悪かったな。ルークを呼び出したのは他でもなくフィリップとシルヴィア嬢絡みの話だ。フィリップがこの前の誕生日パーティーで盛大にやらかしたことは知っているか?」
知っているも何も期せずして、その当事者のシルヴィと酒場で会って直接話を聞いたが、それはとりあえず黙っておく。
「知っているよ。パーティーでシルヴィア嬢に婚約破棄を突き付けたんだよね?」
「そうだ。しかもフィリップがシルヴィア嬢と婚約破棄し、新たにエミリー嬢をフィリップの婚約者にすることを私が認めているとまで言ってしまった。レイラが甘やかした結果がこれだと思ったので、彼女はとりあえず北の塔に蟄居させた。それで、フィリップの再教育とフィリップが選んだ男爵令嬢が王妃として相応しい教養を身につけさせることを兼ねて、二人には一ヶ月朝から晩までみっちり勉強してもらうことにした。それで及第点が取れれば、フィリップは王太子のままで、男爵令嬢はフィリップの婚約者として認めると二人に言った。及第点が取れなかった場合、フィリップは廃嫡で王太子の地位は返上、男爵令嬢は婚約者として認めないということも合わせて伝えた」
婚約破棄の後の王家側の動きはそうなっていたんだ。
フィリップに関しては兄上なりにチャンスを与えたのだろう。
義姉がフィリップを甘やかしているのを知っていて放置していた兄上に責任が全くないとは言えない。
「だが、レッスン一日目で二人とも厳し過ぎると泣きを入れた。しかもあろうことかフィリップと男爵令嬢は趣旨をはき違えていた。自分達が勉強せずともシルヴィア嬢を呼び戻し、フィリップは彼女と再度婚約し、男爵令嬢とシルヴィア嬢の両方共と結婚して、表向きの仕事は全部彼女にやらせればいいなどと妄言を吐いた。フィリップが泣きを入れた時、私は不在だったので、宰相に対応を任せていた。宰相がきちんとフィリップに説明し、レッスンを受けるか廃嫡か選ばせた。その結果、フィリップは廃嫡を選んだ」
「その二択で廃嫡か……。余程勉強が嫌だったんだね。勉強が嫌だなんて国を引っ張っていける訳がないよ。為政者として失格だ」
勉強が全てとは言わないけれど、知識は宝だ。
以前起きた出来事とその時の対処法を学ぶことで、物事を判断する材料になり得る。
例えば以前と今回の違いはこういうところにあるから、これをこういう風にしたら上手くいくだろう等である。
為政者はそれ故出来る限り知識を蓄える必要がある。
それに何より民の為に何かを考えて行動に移さず堕落したトップなんて部下はついて来ない。
何もせず己の享楽に耽っているだけの王とその王に仕える部下で、部下の頑張りにより上手く政治が回っているように見えてもそれは表面的な話だけで、常に危険を孕んでいる。
最悪の場合、部下がクーデターを起こして王位を簒奪されかねない。
それに国王に側妃を娶ることが認められているといっても、フィリップが想定したような目的の為ではない。
正妃に跡取りが生まれなかった場合や、権力バランスの調整の為だ。
直系の跡取りが生まれないというのは由々しき事態なので、この場合に国王が側妃を娶るということは過去、数回の実績がある。
また、権力バランスの調整は主にその当時の外交の情勢で外国の王女を妻を娶った場合になされる。
外国からやって来た妻では国内の貴族達をまとめるというのは難しいので、国内の有力貴族出身の妻も娶り、その点を補う。
あくまで国の為の制度であり、間違っても自分達が好き勝手にやる為の生贄を作る制度ではない。
「フィリップはその話を男爵令嬢にすると、振られたらしい。パーティーでは真実の愛で結ばれただのなんだの言っていたらしいが、所詮地位と財産目当ての低俗な男爵令嬢だったという訳だ。ローランズ公爵家への手前、この男爵令嬢にも罰は与えた」
兄上は紅茶を一口飲んで話を続ける。
罰の内容を言わないということは、僕にはあまり聞かせたくない話なのかもしれない。
「さて、ここからが今日ここにお前を呼んだ理由だ。ルーク、シルヴィア嬢と婚約してくれてありがとう。本当に助かった」
「兄上、知っていたんだ……」
「ああ。シルヴィア嬢へのお詫びとして新たな縁談を世話するのはやらなければならないと思って、私の周りで紹介出来そうな王家と縁のある未婚男性を調べていたんだ。条件面だけで考えたら、ルークがぴったりだと思って、王家の影に今のルークを調べさせた結果、ルークがシルヴィア嬢と婚約していることを知った。一応言っておくが、今回は縁談を世話するのに、私が知らないだけでルークが既に婚約していたり、将来を誓い合った女性がいたら意味がないと思って調べさせたが、普段は影を使ってルークのことを一から十まで逐一調べたりなんてしていないからな」
王家の影とは、王家のお抱えの諜報機関だ。
時に情報収集、時に工作活動、時に暗殺等、とても表沙汰には出来ない暗部を担っている。
「エリック兄上の目的からすれば調べないという訳にはいかないことはわかるから、別に気にしていないよ。新たな縁談を世話する方向で考えていたんだね。僕は婚約破棄をなかったことにして、フィリップがシルヴィアと男爵令嬢の二人を娶り、シルヴィアに表向きの政務をさせる可能性があると思っていたよ。だから、そうならない内に急いで婚約したんだ」
「婚約破棄をなかったことにして、フィリップに婚約破棄を突き付けられたシルヴィア嬢とフィリップを再度婚約させるというのは選択肢にはなかった。婚約破棄をなかったことにするには現場に居合わせた人数が多過ぎる。しかもフィリップが私達夫婦も認めているという余計なことを言ったせいで、真実はどうあれ私も婚約破棄を了承していることになってしまっている。王家側が強引に押して婚約を結び、婚約破棄を突き付けてきたにも拘わらず、今度は婚約破棄をなかったことにするというのは余りにも身勝手で横暴な話だ。ローランズ公爵家側からすると、王家はローランズ公爵家を馬鹿にしているのかという話になる。しかもシルヴィア嬢は婚約破棄に対して了承している。当の本人が了承しているのに、王家側がそれを取り消してくれなんて言える訳がない。そんなことをすれば、ローランズ公爵家は王家から離れるだろう」
ローランズ公爵家は建国当初からある家で、建国者の弟が建国に貢献した褒賞に建国者から爵位と領地を与えられたことによって始まった家だ。
過去には王女が降嫁したこともあり、王家との関わりも深い。
現当主は政治の要職には就いてないけれど、過去の当主は宰相だったり、財務大臣だったり外務大臣だったり要職に就いていた者も少なくはない。
歴史が古く、財力も人脈も国内の有力貴族の中で抜きん出ているローランズ公爵家の機嫌を損ねるのは王家としては全く得策ではない。
「また、もう一つの選択肢としてエドワードにシルヴィア嬢を婚約させるということも考えた。フィリップを廃嫡して代わりにエドワードを立太子させるから、エドワードの相手にということだ。しかし、エドワードに既に婚約者はいる。その婚約者と婚約解消してシルヴィア嬢をエドワードに嫁がせるということは今度はその婚約者の家にとって迷惑な話だろう」
「エドワードの婚約者って確かプリシラ・ヴァンチュラ侯爵令嬢だったよね」
エドワードの婚約者は、エドワードが第二王子であることで王位を継ぐ可能性はそう高くないだろうと踏んでそこまで厳選に厳選を重ねて選ばれた訳ではなかったような記憶がある。
ローランズ公爵家との政略的なバランスを考慮して問題がなかった高位貴族の令嬢の中からエドワードが気に入った令嬢を婚約者にすることになったはずだ。
「ああ、そうだ。ローランズ公爵家に迷惑をかけたことは言うまでもないが、その婚約破棄の影響でヴァンチュラ侯爵家にも迷惑をかける訳にはいかない。そうなると、シルヴィア嬢はルークと婚約するのが一番丸く収まる。それなら王家に彼女が搾取されることもない」
「ローランズ公爵閣下から聞いたけれど、そもそも婚約が王家側からのごり押しで決まったものだったしね。ごり押しで婚約を決めたのに、婚約破棄を突き付けて、今度はそれをなかったことにしてシルヴィアの政務能力を利用しようなんて都合良過ぎだ。エリック兄上はそうすることは考えていなかったようだけれど、フィリップはそうすることを平気で考えていたなんて……僕は彼の叔父として情けない限りだよ」
「フィリップは”自分は王家の人間だから何しても良い”と間違った傲慢さを持っている。ローランズ公爵家側の立場に立って考えてみたら、そんな道理は通らないとわかるはずなのに。もう廃嫡することは決定しているから、今更何を言ったところで変わることはないが……」
エリック兄上は憂いの表情を浮かべ、紅茶を飲む。
「それは本人の素質と義姉上の甘やかしの結果だろうね。話も終わったし僕はこれでもう今日は帰る。またね、エリック兄上」
「ああ。また今度な。また連絡する」
僕はエリック兄上の執務室を退室し、行きと同じく兄上の執務補佐官に連れられて城門まで送り届けられる。
こうして僕は王城を後にした。
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