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野原の小さな魔女  作者: 高菜あやめ
第三部 小さな魔女が見る夢

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(4)

 週末、カリンはいつもの野原で、久しぶりにイシュと会った。

 イシュは上機嫌でカリンの隣に腰を下ろすと、早速「学校はどう?」と聞いてきた。


「お友達が二人できました」

「へえ、どんな子たち?」

「ルイーゼとマーリン。ルイーゼは、そばかすだらけで明るくて、すっごく親切。マーリンはちょっといたずら好きで、お勉強が嫌いみたい……でも二人とも面白いの」

「そっか、楽しそうで良かった」


 そう言って微笑むイシュは、さいきん髪を切ったせいか以前よりもずっと大人びて見えた。理知的な茶色の瞳は、相変わらずやさしくおだやかだが、少し引きしまった顎が、以前に増して精悍さを帯びている。


「あの、足の具合はどうですか?」

「近ごろは杖が無くても、ずいぶん歩けるようになってきたよ。だから今日も、ここまでなら歩けると思って持ってこなかった」

「帰り道、あるけど……」

「大丈夫。いざとなったら魔女さんに、おんぶして送ってもらうから」

「えっ!? む、無理です、そんな……」


 本気で焦っているカリンの隣で、イシュは笑いをこらえながら上着のポケットに手を入れた。


「はい、どうぞ」


 小さな包みを差し出され、カリンは期待に目を輝かせた。


「シモンズさんからですか?」

「これは僕からだよ……王都から特別取り寄せたお菓子でね。僕の友達が勧めてくれたんだ」


 カリンは『僕の友達』という言葉に、少しだけ寂しい気持ちになる。イシュはもともと王都からやってきたのだから、カリンが知らないだけで、きっと王都にはたくさん友達がいるに違いない。


(そのうち、王都へ帰っちゃうのかな。そうしたら、もうここには来てくれない。だから今のうちに、たくさんお話しして、楽しい思い出を作っておきたい)


 カリンはそんな胸の内が顔に出さないよう、イシュと一瞬にいる時は特に気をつけていた。


「お菓子ありがとうございます、うれしいです」


 さっそく包みを開けると、花の形をした可愛いらしいお菓子が箱に並んでいる。さっそくひとつ味見しようと手を伸ばそうとしたが、なぜか隣のイシュの手で邪魔されてしまった。


「お礼は?」

「あ……お菓子ありがとうございます、あの、うれしいです」


 カリンは当惑気味に、先ほどと同じ言葉を繰り返したが、イシュは不満げに首を振っただけだった。


「そうじゃなくて。シモンズにしたように、僕にも同じお礼をしてよ」

「同じ、お礼……?」


 カリンはきょとん、と首をかしげると、イシュは悪戯っぽくカリンの瞳をのぞきこむ。


「ほら、シモンズから鞄もらった時みたいに……もっとほら、感動的な風っていうの?」

「あ……」


 カリンはシモンズに飛びついて、キスをした事を思い出し、みるみる顔を赤くした。イシュはクスクスと笑いながら、優美に首をかしげてみせる。


「魔女さん?」

「……やだもん。シモンズさんは特別」

「えっ、どうして?」

「だってシモンズさんは……シモンズさんはその、鞄をくれたし……お菓子と一緒じゃ、変だもん」


 そんな風に苦し紛れに説明しながらも、カリンは『これじゃまるで、高価な物をもらったからシモンズさんにキスしたみたいだわ』と少々悔やんだが、もう後には引けない。

 そっぽをむいたカリンの横顔に、イシュの視線を感じて落ち着かない。すると今度は、いたずらな手に耳の横のおさげを軽く引っ張られた。


「長くなったね。ふふ、猫のしっぽみたいだ」

「は、離してください……」


 カリンは頭を押さえて振り返ると、笑っているイシュに顔をしかめて見せた。

 こんな風に、気の置けないやり取りをしながら、実は一番ききたいと思っていることを、なかなか切り出せないでいた。


(町で一緒にいたウルカって子、イシュのお友達なんですか?)


 そんなこときくのは、なぜか良くない気がした。そんなこと、きいてはきっと良くない。


(どうしてそう思うのかしら?)


 カリンの心の葛藤を読み取ろうとするかのように、イシュはじっと小さな横顔を見つめている。


「やっぱり、今日の魔女さんは少し元気がないね」

「え……」


 イシュはゆっくりと立ち上がると、今度はカリンの手を引っ張って勢いよく立たせた。


「今夜は美味しいもの、シモンズにいっぱい用意させようか?」

「え、え……?」

「僕の所へ夕食においで。週末だし、明日は学校無いから、少しぐらい遅くなっても平気だろう?」






 離宮へお邪魔するのは、これで何度目だろうか。片手で数えられるほどとはいえ、カリンは訪れるたびに緊張してしまう。

 白亜の壁が美しい外観を裏切らず、城内はさまざまな装飾が施され、贅沢で美しい造りとなっていた。


「実を言うとね、今夜はもう一人お客を呼んであるんだ」


 長いダイニングテーブルが中央に鎮座する部屋へ案内されたカリンは、イシュに勧められるまま椅子に座った。テーブルには美しい花が飾られ、壁や天井にかけられたランプが、薄暗くなってきた室内を明るく照らしている。

 やがて廊下から、にぎやかな声が響いてきたかと思ったら、客間の扉が大きく開かれた。


「やあ、カリンお嬢さん……とと、ウルカ様、いい加減ワゴンから降りて下さいよ! これじゃいつスープがひっくり返ってしまうことやら」

「何よ、シモンズがちゃんと支えればいいだけの話でしょ」


 現れたのは料理のワゴンを押すシモンズと、ワゴンの横に足をかけたウルカだった。

 ウルカはようやくワゴン車から離れると、苦笑して頭をかいているシモンズと一緒に、テキパキ食卓の準備を始めた。シモンズは「まったく困ったもんだ」と口では言いながらも、楽しそうに笑っている。


「すみませんね、騒がしくって……吾輩はいちおう辞退したんですがね。ウルカ様が手伝うって、聞かないものですから」


 イシュはシモンズに笑返しながら、小さく肩をすくめた。


「ウルカの気ままは、今に始まった事じゃないからね。お父上のグレナドス公も、ほとほと手を焼かれている事だろう」

「失礼ね、イシュア! あたしほどパパに協力的な娘はいないわよ? 現にうちの兄様たちときたら、そろいもそろって役立たずとふぬけばっか」


 ウルカのしんらつな毒舌に、カリンは目を丸くする。イシュが「ほら、魔女さんがびっくりしてるじゃないか」とたしなめると、そこでウルカははじめてカリンに顔を向け、ニッと口の端を持ち上げた。


「はじめまして、小さな魔女さん」

「は、はじめまして……」


 カリンは緊張で冷たくなった両手をぎゅっと合わせると、おずおずとウルカの勝気な笑顔を見上げた。






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