タカトピンチ! 大ピンチ!
――しかし、ダンクロールがいるということは近くに小門があるということか……
権蔵は腰に手を当て森を見渡した。
小門とは聖人世界のいたるところにランダムで発生する穴のことである。
穴が発生する場所は木のうろや焼却炉の隙間、廃ドアの後ろなどと一貫性がまるでない。
一貫性はないのだが、その中に入り込むとダンジョンへとつながっているのはどれも同じであった。
だが、そのダンジョンの多くは行き止まりになっていることが多い。
しかし、まれにではあるが魔人世界とつながっている場合があるのだ。
まあ、それはいわば並行世界を行き来するための裏道といったところ。
そんな小門がこの森には確かに存在していた。
だが、権蔵は小さな小門を見つけるたびに、これ以上穴が大きくならないように埋めたり壊したりしてきたのだ。
そのかいあって、この森に現れる魔物は電気ネズミといった小型の魔物ばかりだったのである。
――だが、このダンクロール……
ゆうに大人一人分以上の大きさ……
そう、その大きさが問題なのだ……
この中サイズの魔物がいるということは、大人一人が余裕で通れるほどの大きさの小門が出来ているという事を現わしている。
それにはかなりの時間を要する……はずなのだが……
――この森で生活して長いが……それほどまでに成長した小門なんて聞いたことも見たこともないぞ……
もしかして、見落としたか?
いや、休息奴隷になって以来この森でずっと生活をしているのだ……森の隅々まで熟知している……つもりだった。
だが、権蔵の記憶にそんな大きな小門の存在はないのである。
誰かに記憶を消された?
いや、そもそも存在を認識できていない?
あらゆる可能性が存在するが、この森の中に大きな小門が口を開けているのは事実である。
だが、今、それを考えても仕方がない……
――今なすべきことをするのが優先じゃ……
権蔵はカバンの中から人魔検査のキットを取り出すとタカトに投げ渡した。
「タカト! たぶん大丈夫じゃと思うが、一応、チェックしておけ」
「大丈夫って、なんでわかるんだよ! じいちゃん!」
「長年の勘ってやつじゃよwww勘www」
「ちょっと待てよ! もしかして俺がアホとでも言いたいのかよ!」
そう、人魔症は知能が低い生き物程感染しにくいと言われているのだ。
当然、アホであればwwwwwねぇwwwww
そのため権蔵はすでに大笑いをしていた。
「おっ、分かっとるじゃないかwwwwwタカト」
馬鹿にされているのは腹が立つ。
だが、そうは言っても人魔症にかかるのも嫌だ……
ということで、タカトはムッとしながらも、検査を行う。
で、数分後……
タカトは検査が終わったキットを権蔵に向かって無言で投げつけていた。
だが、すでに帰り支度を始めている権蔵はそれをサッと避ける。
そのため、投げつけられた検査キットは弧を描きながら背後の茂みの中へと落ちていったのだ。
というか、権蔵はその結果に全く興味がなかったのであろうか?
「ちょっと! タカト! ゴミはちゃんと持って帰りなさいよ!」
権蔵と違って結果が気になるビン子は茂みの中から検査キットを拾いあげる。
――あのタカトの態度……
もしかしたら陽性の結果に破れかぶれになってしまったのかもしれないのだ。
だが、検査結果を確認したビン子は驚いた。
「あれ、やっぱり陰性じゃない!」
それを聞く権蔵は笑いながら、
「なっ、ワシの言う通りタカトはアホじゃったじゃろ!」
まぁ、言われなくても権蔵には検査結果が分かっていた。
だいたい、タカトの事である。
検査結果が仮に陽性であったとすれば……「みろよ!爺ちゃん! 俺!アホじゃなかっただろwwww」 などと、小躍りしながら反論してきているはずなのだ。
その反論が一切ないということは……陰性に違いない。
要は自分がアホであるという事実を反論できなかっただけなのだ。
だからタカトは検査結果を投げつけることしかできなかったのである。
しかし、その言葉が頭にきたのか、
「俺はアホじゃない!」
顔を真っ赤にしたタカトは立ち上がると怒鳴り声をあげた。
だが、権蔵は相手にしない。
それどころか、カバンの中からロープの束を取り出すと、それをタカトへと投げわたした。
「ほれ! このロープでコイツを運べるように縛っておけ!」
権蔵に相手にされなかったタカトは仕方なしに足元に転がるロープに手を伸ばした。
確かにアホと言われたのは腹が立つ……
だが! しかし!
目の前のダンクロールを仕留めたのは何を隠そう!タカト自身なのだ!
――これほどまでの大物! じいちゃんだって、今まで採ってきたことがないだろうwww
まぁ……森の中の小門は大きくなる前に権蔵が潰しているから、大物なんてそうそう出てこないのが普通だったのだが……
そんなことは、この時点のタカトが知るわけもなく……
「仕方ねえよなぁwwww 爺ちゃんだって、こんな大物、採ったことないしなぁwwwwやっぱ、俺って実は超!スゲェのかなぁwwww」
と、調子に乗ってきたwwww
――だけど、このブタ……大きいよな……
大人二人分ほどの大きさ……さすがにタカト一人でロープをかけるには無理がある。
ということで、
「ビン子ちょっと手伝えよ!」
と、タカトが使った検査キッドをカバンの中にしまい込んでいるビン子に声をかけた。
「ちょっと……タカト!重いっって!」
テコの原理でブタを持ち上げるビン子。
「しっかり持ってろよ! ビン子! 今、手を離したら俺の腕が!」
わずかに空いた隙間に腕を押し込みロープを通すタカト。
「あ……もう無理……」
ドシン!
ぎゃぁぁぁぁぁ!
「ビン子! お前!俺を殺す気かよ!」
「だって、ほんとに重いんだから!」
などと言う事を何度も繰り返していくうちに、ダンクロールの体にロープが巻かれていった。
そして、ついに完成!
「「できたぁぁぁぁあ!」」
二人のの歓声が閑静な森の中に響きわたった。
そこには二本の太い丸太に縛られたダンクロールの姿。
どうやら、この丸太を三人で担いで持って帰ろうというのである。
さすがはタカト君! 頭いい!
だが……
しかし……
なぜ、亀甲縛り?
丸太に吊るされたダンクロールのぶ厚い脂肪がロープに挟まれイヤらしく盛り上がっているではないか。
だが‼安心したまえ! そう!いうまでもなく! このダンクロールはメス!
だから!もうこれは!立派なエロスの芸術といっても過言ではない!
だが……それからまったくエロさを感じないのはなぜだなんだろう……もう……タカトの感性を疑ってしまう……というか、やっぱりアホじゃねぇかよ!コイツ!
「このどアホ! 腰を入れんか。腰を!」
森の中に権蔵の怒鳴り声が響いていた。
「もう! ちゃんと、運んでよ!」
そして、その後ろではビン子の声が右に左に揺れている。
そう、今、三人は縛ったダンクロールを担いで森の中を帰っている最中だったのだ。
だが……一向に前に進まない。
というのも、棒の後ろを抱えるタカトが先ほどから右に左にふらついているのである。
「だいたい!俺はひ弱いんだよ! 分かってる? じいちゃん!」
まぁ、タカトがひ弱いのは先刻も承知。
だが、このダンクロールを持って帰らないことには始まらない。
ならば、どうしてでもタカトには頑張って担いでもらわないといけないのだ。
「ひ弱いのは分かっとる! だが、タカト! ここで頑張れば! 明日はご馳走じゃ!」
「えぇ~~~! ご馳走、今日じゃないのかよ!」
というのも、せっかく大物のダンクロールを仕留めたのだ。
それなのに、ご馳走が出てこないとというのだ……
そうなると……晩御飯は朝飯の残り……確かビン子が作った『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』だったか……
そんなものを食べたりしたら……
「ス……ス……スっパぁぁぁあ!」
と、口の中に何とも言えない酸っぱさが広がったかと思うと……
「キーーン!」
と、ピカピカしチュウ?などと土佐弁による電飾ディスコで踊り狂うような放電刺激が鼻の奥へと突き抜ける!
そして!その後には天を仰ぐほどの激辛が襲ってくるのだ。
「グぎがぁぁぁ! の・昇るトぉぉぉぉぉぉお!」
って、なんで博多弁やねん!
そうなると……もう……飯どころではない……
だからこそ、タカトはダダをこねるのだ!
「今日! 今日がイイ! この肉、食べるの今日がイイ!」
そんなタカトに対してあきれる権蔵。
「お前も知っとるじゃろが! だいたい魔の生気を魔抜きせずに食ったら人魔化してしまうじゃろが! この!どアホ!」
そんな事、タカトだってわかっている……
分かっているけど……なんか納得できないのだ……
だって、こういう時ぐらい……ビン子の前でいい恰好をしたいのだ……
タカトの妄想ではこうなる予定だったwwww
道具屋のテーブルの上に積み上げられたダンクロールの肉!肉!肉!
タカトはその机に足をかけ天にこぶしを突き上げる!
「なぁ!ビン子! 俺って超すごいだろ?」
その前でビン子はキラキラした目でタカトを見上げているではないか。
「うん♡タカトってすごい!超スゴイ♡」
もう、全身から醸し出されるイケメンの雰囲気!
そのわきに座っているじいちゃんだって、こう言うに違いない!
「なにやら男前の臭いが漂ってくるのぉ~www」
(妄想終わる)
というか、そんなタカトの妄想は強制的に終了させられたのだ。
というのも、権蔵が鼻をこすりながら何かつぶやいているのだ。
「なにやらションベンの臭いが漂ってくるのぉ……」
ギクリ!
というのも、タカト君……ダンクロールと対峙した際にションベンを大量に漏らしていたのである。
しかも! いまだに漏らした時のズボンをはいたまま!
ピンチ!
まぁ、確かに大部分がまだ湿っているとはいえ、時間が少し経ったせいで若干乾いてきていた……
そんなものだから、湿ったズボンがタカトの体温に温められて……何ともいえないようなアンモニア臭をぷ~んとあたり一面にまき散らしはじめていたのである。
タカト!ピンチ!
というのも、ションベンを漏らしたという事を権蔵やビン子にバレたりしたら大変な事になりかねないのだ。
そう……
毎朝、起きるたびに……
「よっ! タカトwww 今日はお漏らししなかったかwwww」
「タカト! 使ったティッシュはちゃんと捨ててって言ったでしょ!」
などと、いじられかねない……って、ビン子ちゃんのはいつも言ってる事じゃんw
いやいやwww タカト!ピンチ! 大ピンチ!
――こんな姿、ビン子に見せられね……
せっかく、ダンクロールを倒してビン子にいい所を見せようとしていたのだ。
それが……このままだとションベンを漏らしたという醜態をさらすことになりかねない。
――まずい……何とか誤魔化さないと……
と、解決策を必死で考えはじるタカト。
こういう時、タカトの脳内スパコン腐岳はいい仕事をする!
ピコーン!
すぐさま一つの解決策を導き出したのだ!
「そ……それって、もしかしてビン子じゃね?」
そう! それは責任転嫁!
自分のなしたことを人のせいにする行為である!
まぁ、この状況、自分が漏らしたとバレなければオッケーなのだ!
って、それでビン子に責任をなすりつけていいのかよwww
――いいんだよ!
そもそも、ビン子にいい顔しようとしてたんじゃないのかよwww
――それはそれ! これはこれ! 今は、自分が生き残ることだけを考えるんだ!
だが、当然ビン子も否定する。
「私、おしっこなんてもらしてないよぉ~」
で、権蔵も
「いや、ビン子の方からじゃないの……」
――やっぱり……じっちゃんの鼻はごまかせないか!
ならば、仕方ない!
「そしたら、このダンクロールからじゃね?」
と、ブタに責任を擦り付けようとした。
まさに死人に口なし!
いや、死ブタに玉なし! だって、メスだもんねwww
「どれ……確かめてみるか……」
権蔵はタカトとビン子に指示して、担いでいるダンクロールを地面に下させた。
――もしかして! これじっちゃんがダンクロールの臭いを直に嗅ごうってのか?
そうなったらタカトのウソがばれてしまう!
再び!タカト!ピンチ!大ピンチ!
――ならば!その前に、ダンクロールにションベンをかけてしまえば!
その様子にビン子はドン引きwwww
だって、地面に置いたダンクロールにむかってタカトがいきなりズボンを下し始めたのだからwww
「ちょっと! タカト!やめてよ!」
当然!権蔵も!
「ヨガファイヤァァァァァァァ!」
と、火を噴いた!
権蔵の口から噴き出される炎。
それは、口に含んだ高濃度のアルコールを噴霧して火をつけたものだった!
って、マジで火!吹いてんじゃん!
そう! 権蔵はマジで火を吹いていたのだ!
見る見るうちにあたりの下草を焼いていく。
その様子を見たタカトは絶望に打ちひしがれていた……
「なにしてくれてんねん! このジジイ! クソジジイ!」
そう、ココはタカトがダンクロールに遭遇する前にいた場所……
タカトがションベンでマーキングしたところ。
いわずもがな『レディーカーネーション』や『立チンぼ』、『ベロベロチューリップ』などの魔草花の群生地帯だった。
おそらく……ションベンのマーキングが悪かったのだろう……
「この辺りからションベン臭いニオイがしたと思ったら、これを見つけてじゃなwww」
そういいながら権蔵は黒焦げになった丸いものをグシャグシャと足で潰していた。
「エメラルダ様はおっしゃられておった。これは見つけ次第燃やせとな」
瞬時にタカトは理解した。
それは紛れもなく『ぺっ・ヨーテンカ』。
――あれはマズイ……さすがにマズイ……
『ぺっ・ヨーテンカ』が持つ胞子を少しでも吸い込んだら意識がトリップしてしまう。
しかも、かなりの中毒性(御禁制の『ヒマモロフ』ほどではないが)を有しているのだ。
すなわち、これがいったん胞子を飛ばし始めるとあたり一帯が夢遊病のようになってしまうのである。
そのため、エメラルダは駐屯地が一つ壊滅すると注意を促したのだ。
当然、権蔵はその言葉をおぼえていた。
そして、あたりに生える『ぺっ・ヨーテンカ』を見つけると、火をつけて燃やし始めたのだ。
権蔵は炎が広範囲に燃え広がらないように下草を刈り終わると、タカト達の元に戻ってきた。
「まぁ、これでこの辺りに生えていた魔草花は焼き尽くしたじゃろ……」
やれやれと言わんばかりに腰に手を当て背を伸ばす。
その横で膝を突き涙をこぼすタカト君。
「俺の……俺の……アイナちゃんの写真集が……」
タカトはココに生えていた魔草花を売った金でアイナちゃんの写真集を買おうと思っていたのだ……
それなのに……それなのに……魔草花たちが黒焦げに……
これで当分、アイナちゃんの写真集はお預け……
――ああ……アイナちゃんの写真集『ラブレター』……
そう、それは水着姿のアイナちゃんがM字開脚したレア中のレアな写真集。
それをこともあろうか権蔵によって破かれた?
いや、そもそもギリー隊長の白玉によって引っ付けられていたページである。
それを無理やり開こうとすれば、誰がやっても穴が開く。
――処女のアイナちゃん……見たかったな……
そんなタカトに権蔵がとどめの一言を放つ。
「ところで、タカト……お前こんなところで油うっとっていいんか?」
「え? 何のこと?」
「いや……お前、ションベン漏らしとるじゃろ……早くズボンを替えんとかぶれるぞ……」
――しまった! バレとる!
タカトピンチ! 大ピンチ
「え? タカトが漏らしてたのぉwwww やっぱりなんか臭いと思ってたのよねwww」
と、鼻に手を押し当ててタカトを見るビン子の目がいやらしく笑っている。
マジでピンチ! 大ピンチ!
ビン子にまでおもらしがバレてしまったのだぁぁぁぁぁぁぁ!
ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!ピンチ!
どうする俺!
って、もう、どうしようもねぇ!
ということで、この後、タカトは一切喋ることなく家路についたのであったww




