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エメラルダの傷薬

 とはいっても傍から見る権蔵には、いつもじゃれあっている二人のように見えてしまう。

 なので、

 ――まぁ、この二人は大丈夫じゃろうて……

 と、安心をしたのだが……問題は足元に横たわる犬の方である。

 権蔵は膝をつくと、そっとその体に触れた。

 ――かなり傷が深いの……

 あたりを見回すと目の前には大きなイノシシ、いや魔物のダンクロールが転がっているではないか。

 ――おそらく、こいつの牙にでもやられたんじゃろ……

 犬は聖人世界の生き物。

 ならば、魔物であるダンクロールに傷つけられたら人魔症を発症するのではないのか?

 その疑問は的を射ている。確かに犬も人間同様に人魔症を発症するリスクは有しているのだ。

 だが、長年の研究により知性の低い生き物ほど人魔症への感染リスクは低いと分かっていた。

 だからこそ、聖人世界に存在する『養殖国』では多くの動物と魔物とを掛け合わせて半魔を生み出し、門外での争いに使っているのだ。

 ――というか……この犬……あの半魔の子犬の親か?

 であれば、この犬はすでに魔物と交配したことになる。にもかかわらず人魔症を発症していないのだ。

 すなわち、この母犬には魔の生気に対する耐性が備わっていことを現わしている。

 人魔症に感染してないと分かれば、権蔵が触れることによって二次感染する可能性はない。

 まぁ、それが分かったところで、母犬の傷は一刻を争う。

 ――おそらく、あの子犬は母犬を救ってくれと言っていたんじゃろうな……

 ようやく、子犬の真意に気づいた権蔵はちらりと子犬の様子を見る。

 そこには無邪気にビン子とじゃれ合う姿。

 それはまるで権蔵をこの場に連れてきたことによって母犬は助かるものと確信しているようであった。

 だが、権蔵にこの母犬を救う義理があるというのか?

 そうであるならば、権蔵が母犬を見捨てる可能性だってありうるのだ。

 しかし……

 ――まぁ、あの子犬の奴……ビン子が倒れていることを知らせてくれしのぉ……

 あのままビン子が茂みの中で倒れたままであれば、おそらく、見つけることは困難だっただろう。

 かと言って、権蔵とタカトがが必死に森の中を探したところで、捜索範囲は限られている。

 そう、人手が足りないのだ

 解決方法としては万命寺に頼んで何人かの僧を貸してもらわないといけなくなる。

 そうなると、また、ガンエンに借りができるのだ……

 ――それだけはしゃくじゃな……

 かと言って、ビン子の命の自分のプライドを量ればビン子の命の方が断然重い!

 しかし、コレも今ではただの杞憂でしかない。

 子犬がビン子の存在を教えてくれたのだから。 

 ならば、今度は権蔵が義理を返す番である。

 母犬から手を離した権蔵は肩に背負ったカバンを地に下ろす。

 そして、中に手を突っ込むと一つの小瓶を取り出した。

 それは傷薬。

 コルクを歯でかみ蓋を開ける。

 そして、ビンをひっくり返すと中に入った液体を母犬の体に塗りはじめた。

 母犬は傷薬が傷にしみたのだろうか、少々低いうなり声をあげる。

 その様子にタカトは心配そうに声をかけた。  

「大丈夫かな? じいちゃん……」

 権蔵は顔を上げることなく作業を続ける。

「大丈夫じゃ。この傷薬はエメラルダさまが作られたものじゃからの」

 そう!この傷薬はただの傷薬ではない、

 何を隠そう!第六駐屯地の騎士であるエメラルダが調合した傷薬なのである。

 って、まだ残ってたのかよ! 幼きタカトを助けたときに7本全部使い切ったんじゃ?

 だれが全部で7本といった!

 まだ、奥に残ってたんだよ。


 エメラルダは薬学に長けていた。そんな彼女が作る傷薬は体内の生気を活性化させ傷をたちまちに癒したのである。

 俗にいうハイポーション!

 いや、FFでいうところのエクスポーション! もう!その存在は手に入れることがか・な・り!難しい超レアな逸品だったのである!

 そのため、かなりのニーズが存在する。

 争いの前線である門外の駐屯地であっても数か月待ちの状態。

 当然に一般の店になど出回わることは決してない!

 そんな高級品が、どうして奴隷の身分である権蔵の手にあるのだろうか。

 というのも、権蔵は休息奴隷になる前には第七駐屯地に務めていた。

 その第七の門の騎士 一之祐は第六の門の騎士 エメラルダと仲がよかった。

 まぁ、仲がいいと言っても男女の仲というより何か一つの目的を成し遂げようとする同士という感じだったのであるが……

 そのせいか、エメラルダは第七駐屯地にたびたび訪れては薬の調合を行っていたのである。

 そんな時よく手伝いとして借り出されていたのが手先の器用な権蔵であった。

「権蔵! 今度はこの花を潰して! 念入りに! でも!早く!」

「分かりましたじゃ!」

「今度はこの枝! 皮をむいてゆっくりと煮だして!」

「は……はいですじゃ……」

「次はそのサボテンを粉末に! 細かくよ!細かく!超細かく!」

「エ……エメラルダ様! ちょっと待ってくださいじゃ……」

「権蔵! 遅い! もたもたしないで!」

「いや……さすがにワシ一人では手が足りませんですじゃ……」

「ダメよ! だって、ほかの人に頼んだら余計に手間がかかちゃうじゃない! でも、権蔵だったら私の思った通りの仕上がりにしてくれるでしょ♪」

「そう言っていただけるうれしいのですが……もう少しペースダウンを……」

「え~! だって、ココだと自分の研究室より作業が超はかどるのよ♪」

 まぁ、確かにそうだ……

 ほかの衛生兵が手伝っていたころは、よくエメラルダの怒鳴り声が作業室に響いていたものだった。

 衛生兵が一つの花をもってエメラルダに駆け寄る。

「エメラルダ様! これですか!」

「なにしてるのよ! それはベロベロチューリップ! 薬には使えないわよ!」

 別の衛生兵は棚から枝を取り出すとエメラルダに向ける。

「エメラルダ様! これですか!」

「ちょっと! 立ちんぼなんて私に向けないで! この変態! それも使えません!」

 それをみながらガンエンは笑うのだ。

「お前ら使えねえなwwwwエメラルダ様のご所望はコレですよねwwww」

 と、一つの大きな丸い団子のような形をしたサボテンを手渡すのだ。

「なんでこんなところに『ぺっ・ヨーテンカ』があるのよ! その幻覚作用は依存性がめちゃくちゃ強いのよ!分かってる? 胞子を吐く前に早く焼却処分しなさい! さもないと駐屯地があっという間に壊滅するわよ!」

 と、どいつもこいつも……全く使えなかったwwww


 母犬に薬を塗りながら権蔵はそんな過去を懐かしむ。

「まぁ、昔はよくエメラルダ様こき使われたものじゃwww そのおかげでワシも少しは薬の調合ができるようになったがのwwwそれでも、エメラルダさまが作る薬は別格じゃわい」

 その口角がかすかに微笑んでいるのは、まんざら嫌ではなかったのだろう。

 それほどまでに仲が良かったのだ権蔵とエメラルダは。

 そのため、エメラルダは権蔵が休息奴隷となり内地へと戻ると聞くと餞別とし持たせてくれたのだ。

「ハイ! 権蔵、コレあげる♪」

「これはエメラルダ様が作られた傷薬では……しかも、こんなに大量に」

 権蔵の手には蜜柑箱から飛び出し山のように積み上がった傷薬。

 だが、何度も言うが、エメラルダの傷薬は超高級品!

 売れば一本、おそらく金貨5枚50万円はくだらない一品である。

 それほどまでの超高級傷薬を惜しげもなく犬に使っているのだ。

 そのかいあってか、母犬の容態は見る見るうちに改善していく。

 そもそも野良犬、野生の生き物。

 体力、いや、生存本能はかなり強い。

 塗り終わったころにはすでに立ち上がれるまでになっていた。

 母犬は権蔵に頭を下げると、タカトの足にすりよりはじめた。

 それは、まるで昔を懐かしむかのよう……

 だが、時は戻らない……

 犬であってもそれを理解しているのだろうか……しばらくすると、母犬はゆっくりとした足取りで森の中へと入っていった。

 そして、子犬はというとビン子と権蔵にお礼でも言うかのようにしっぽを大きく振りながら「ワン」と吠える。

「って、俺は無視かい! 無視なのか~い!」

 と、タカトが突っ込みを入れたころには、母犬の後を追うように走り去っていた。


 権蔵は横たわるダンクロールの前に立ちながら腕を組む。

 どうにもあの怪我をした母犬がこの魔物を倒したとは思えなかったのだ。

 それを確かめるかのようにゆっくりと周囲を回り観察しはじめる。

 するとどうだ。ダンクロールの頭に小剣の刃が突き刺さっているではないか。

 膝を突き手を伸ばす。

 どうやら、下あごから突き上げられた小剣が後頭部へと貫通した……それが致命傷のようである。

 しかも、この刃……権蔵が融合加工した小剣の刃ではないか。

 ということは、

「タカトこれはお前がやったのか?」

 権蔵はタカトに尋ねる。

 

 それを聞くタカトは、「当然!」と、偉そうに胸を張っていた。

「ワハハハハハハwwww俺ってすごいだろ!」


 ――バカな。

 権蔵は驚いた。

 というのも、タカトがこのまえ持って帰ってきたカマキガルなどと違いダンクロールは少々手ごわいのである。

 恐れるべきは、その突進力!

 太い後ろ足によって一気に加速された体重がまともに衝突すれば、岩など簡単に砕けてしまうことだろう……

 権蔵はあたりを見回した。

 あたり一面に散らばる大小さまざまな岩の破片。

 おそらく、このダンクロールが崖に衝突した際に砕け散ったものに違いないのだ。

 それほどまでの衝突エネルギー……下手をすると魔装騎兵の魔装装甲ですら簡単に砕け散ってしまいかねない。

 だから、魔装騎兵であったとしてもダンクロールと真正面から対峙するなどといった愚かな行動はとりやしない。(まぁ、ヨークのような脳筋バカなら『俺の辞書に避けるという言葉は載ってない!』とでも言いながら真正面で受けるかもしれないが……そういうやつらは極わずかである。多分……)

 だが、対処法さえわかってしまえばダンクロールは御しやすいのだ。

 というのも、怖いのはそのパワーだけ。

 要は、避けることができればさほど脅威ではない。

 しかも、その巨体の弾道は直線的。一直線に突っ込んでくる脳筋バカなのである。

 ならば、その初撃をかわしさえすれば、がら空きとなった背後に一撃をくらわせることができるのであるwwww

 かわしざまに後ろ足でも傷つけることができれば、もう、後は楽勝wwww

 勢いをなくしたダンクロールはタダの豚となるのである。


 対処法を知っている権蔵はダンクロールの後ろ足をすぐさま確認した。

 だが、後ろ脚は両足とも健在。全く傷つけられた跡がなかった。

 という事は……あの突撃スピードをまともに食らったのか?

 ――確かに……それなら合点がいく……

 というのも、この小剣は権蔵の手によってカマキガルの鎌と融合加工されたものである。

 いくら弱いカマキガルの鎌との固有融合した小剣といえども硬度はそこそこある。

 だからこそ、権蔵には小剣がダンクロールの頭蓋骨ぐらいでは簡単には折れることはないという自負があったのだ。

 というか……タカトが全体重をかけて突き刺したとしてもダンクロールの頭蓋骨を貫けるとは思えないのだが……それでも小剣は折れることはないだろう。

 それが、根元からポッキリと……

 それほどまでのエネルギーが刃にかかったという事を如実に現わしている。

 考えられるのはダンクロールの突撃エネルギー……

 その勢いを刃に受けながら頭蓋を一気に貫通……

 結果、小剣はその勢いに耐えられずに二つに折れる……

 ――あり得る話じゃ……

 確かに騎士である一之祐ならできるかもしれない。

 だが、ココには騎士はいない……それどころか魔装騎兵だっていやしない……

 ということは……タカトがダンクロールと真正面から対峙したという事になるわけなのだが……

 ――いやいやいや……それはありえんじゃろ……タカトじゃぞ…… 

 おおかた、タカトの事である。

 運よく、突撃してきたダンクロールの隙間にでもはまりこみ、たまたま突き出した小剣が下あごにブスリと刺さったというオチなのではないのだろうか。

 ――これなら辻褄が合う……

 そして、そのダンクロールの勢いが小剣の刃に垂直に当たらなかったがために根元からポッキリと折れた。

 ――まぁ、そんなところだろう。

 そうでもなければ、この状況は説明できない。

 ――それとも、別の大きな力でもかかったとでもいうのか……まさかな……



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