裸エプロンの紙袋! すなわち! これ!変態なり!
おそらく、皆さんも経験があることだろう。
椅子の角でつま先をぶつけた時、思わず「いてぇぇぇぇえ!」と飛び跳ねた経験が!
そう、つま先は脂肪組織や筋肉が薄いため痛覚が直接刺激されるのだ!
そのため、とにかく!激痛を感じやすいのである!
ならば! と、タカトはダンクロールの前足の爪先を思いっきり踏んでみた。
「どうだ!」
ちなみに、ブタも人間同様につま先に痛みを感じるのかどうか、作者は知らない……だって、俺……太っているけどブタじゃないもん……
――もしかして……こいつ……死んでいるとか?
何度かタカトがつま先を思いっきり踏みつけても、目の前のブタは飛び上がらなない……
かつて、ブタ野郎は言っていた……「飛ばないブタは、ただのブタだ!」 おそらく、この名言の通り、目の前のブタはただのブタ、いや、ただの屍のようである。
タカトは改めてブタの体を見回した。
するとどうだろうか、ダンクロールの下あごには折れた小剣の刃が突き刺っているではないか!
しかも、その刃先は頭蓋をまっすぐに貫通し、そのまま後頭部へと突き出ていた。
「オイオイ……もしかして、この剣先は……」
タカトは自分の手をのぞき見た。
本来であれば先ほど構えたはずの小剣が握られているはず……
だが、そこにあったのは根元から折れた小剣の束。
そんな束が震える手とともにカタカタと音を立てていた。
「ひぃぃい!」
驚いたタカトは小剣の束を投げ出そうとした。
だが、手が開かない……恐怖と緊張で手の指が硬直して開かないのだ。
タカトは左手で震える指先を一本ずつ開けていく。
そして、ついに小剣の束がカラーンという乾いた音ともに地面に落ちた。
震える右手を左手でしっかりと抑え、状況を整理しようとするタカト。
――このブタが死んだ原因は、頭に刺さった小剣の刃で間違いないようだ……
だが、この小剣の一撃は一体だれによるものなのだろうか?
全く心当たりのないタカト……だが……
――普通に考えたらこの小剣だよな……
タカトは地面に転がる折れた束を拾い上げると、確かめるかのように下あごから突き出ていた刃に押し当てた。
ピタリと合う切断面。
それはまさしくこの小剣の刃と束は元は一体であったことを証明していた。
――という事は……
でも、もしかしたら……と、心配性のタカト君は念のため……もう一度、切断面を合わせてみる。
パズルのピースのようにカッチリと合う二つの剣。
おそらく!たぶんだが!あの時、自分が構えた小剣に、このブタが飛び込んできたのだろう。
そして、全体重をのせた下あごが剣先にブスリ……
偶然とはいえ……タカトの小剣が仕留めたという事実であることは変わらない!
――という事は! このブタ! 俺が仕留めたってことでファイナルアンサぁ~♪
もうwww勝ち誇ったかのように腰に手を当て天を仰ぐタカト!
「はははは! どうだ、恐れ入ったか! ブタ野郎!」
すでに彼の目からは、流した涙が消えていた。
だが……
しかし……
その下半身は、ダンクロールに突撃された際……その恐怖によって漏らしたションベンで大いに濡れていた。
「ちっ! あの兄ちゃん生きてやがったか……」
その声は先ど小石が飛び出した高い木の先から呟やかれる。
そこには屈強な筋肉をまとった男(?)が細く伸びた木の幹にもたれかかって腕を組んでいた。
(?)が付くのは仕方ない……
筋肉のつき方からして男であることは間違いないのだが……
この男(?)、なぜか裸姿にエプロンを身に着けている……それもピンクのフリル付きときたもんだ。
もしかしたら、女なのかもしれないと顔を見れば……紙袋を頭からすっぽりとかぶってその全貌を伺う事が出来ないのだ。
要するに裸エプロンの紙袋! すなわち! これ!変態なり!
そんな変態の前には少女が膝まづき、タカトの様子をじっと伺っていた。
年のころはタカトと同じころか……
だが、これまたよく分からない。
というのも、少女も少女で顔を隠していたのである。
もしかして、こちらも紙袋?
いや違う、こちらはこちらで蝶を模した仮面を顔に着けていた。
そんな少女に紙袋の男が声をかける。
「というか……お嬢、見ましたか……」
少女は顔を動かすこともなくタカトを見たまま小さくつぶやく。
「はい……あの溢れだした生気の量は人の持ちうる量をはるかに越えていますね……」
そう……それは、ダンクロールがタカトに突っ込む直前にまでさかのぼる。
崖下で小剣を突き出すタカト。
そんなタカトに向かってダンクロールが頭を低く下げ大きく足を踏み出していた。
「タカト様!」
木の上でタカトを見守る少女が悲鳴のような大声をあげた。
みるみるうちに加速するイノシシの巨体。
あんなものがタカト様にぶつかれば即死、いや、ミンチになるのは自明の理。
だが、タカト様にあの巨体を防げと言っても無理な事。
ならばよけろと言っても……すでに気を失っていやがる!あの野郎!
そんな状況を、コンマ数秒で理解した少女は、胸の懐に忍ばせていた石を二つ取り出すと、すかさずダンクロールの目へとめがけて投げつけた。
その瞬間……少し、少女の胸が小さくなったような気がするのは内緒の話。
少女の投げたイシツブテはダンクロールの目にヒットする!
だが、その巨体の勢いは止まらない。
それどころか、スピードを落とすことなくタカト様へとまっすぐに突っ込もうとしているのだ。
このままだと……最悪、直撃を避けたとしても、体のどこかにはぶつかることになるだろう。
そうなれば……おそらく、タカト様は大けがを負ってしまいかねない……
それを理解した少女は再び大声を上げた。
「タカト様! 逃げて!」
だが、その声はすでに失神しているタカトには届かない。
もう終わり……
そう少女が思った瞬間であった。
崖壁にもたれかかるように失神しているタカトの体から燃え盛る炎のような気が噴き出したのだ。
その勢いは、まるでドラゴンボールのスーパーサイヤ人!
いや、それ以上の勢いであったのだ。
しかも!
失神しているはずのタカトの左手が砲弾のように迫りくるダンクロールの下あごを弾き上げたのである。
ダンクロールの質量は四tトラックを軽く超えている。
そんな質量に突進の加速度が乗算されているのだ。
それほどまでの巨大な衝突エネルギーを左手の掌底ひとつで弾き飛ばしたのである。
こんな芸当、魔装騎兵でもできやしない……
もし、そんなことをしようものなら、確実に腕の装甲は粉々に砕けてしまう事だろう。
だが! タカトの攻撃はこれだけでは終わらなかった。
撃ちあげられ無防備となったダンクロールの下あごに右手に持つ小剣をブスリと突き刺したのだ。
ブスリ……実はそんな生易しいものではない。
というのも、今のダンクロールの体毛は硬質化されているのだ!
その硬さはダイヤモンドまでとはいわないが、かなりの硬度を有している。
生半可な攻撃など簡単にはじいてしまうのはいうまでもない。
これほどまでの硬度……おそらく、魔装騎兵であったとしても剣を両手に構え全体重をのせて突き刺す、もしくは、かなりの回転をかけて一気に切り裂くぐらいしないと傷が入らないのである。
それが……右手の一振りだけで……
だが、驚くべきはタカトの力だけではない。
突き上げられた小剣はダンクロールの硬質化された体毛を打ち破り、岩のように硬い頭蓋までをも貫通していたのだ。
それでいて、後頭部から突き出た刃先はかけることなく輝きつづけていた。
恐るべしは権蔵の鍛えし小剣……その強度と切れ味は半端ない!
だが、次の瞬間!
その小剣がパキーンという音ともに根元から二つに折れた!
やはり、いかに権蔵の小剣といえども、ダンクロールの巨体から生み出される衝突エネルギーとタカトの攻撃エネルギーの両方を受け止めるだけの容量はなかったようだった。
キラキラと宙を舞う小さき破片たち。
そんな破片を置き去りにするかのように止まることを知らないダンクロールの勢いはタカトを巻き込み崖へとなだれ込んだ!
がコーン!
大きな衝突音と共に、もうもうとした土ぼこりが立ち上がる。
「お嬢……あの兄ちゃんの生気量…… 一之祐さまと同等、いや、それ以上かと……」
一之祐とは言うまでもなく第七の門の騎士のことである。
すなわち、融合国において王に次ぐ身分の者。
その生気量は従える神民たちの生気に応じるためかなり巨大になるのだが……そんな生気の量よりもタカトの生気のほうがはるかに大きかったのである。
いまやそんなタカトはダンクロールの周りで勝利の小躍りを踊っている。
「はははは! どうだ、恐れ入ったか! ブタ野郎!」
気を失っていたと言えども、あのダンクロールを倒したのはタカトで間違いない。
そんな様子を見ながら紙袋をかぶった裸エプロンは言葉をつづけた。
「ただ、お嬢……何か嫌な感じがする生気でしたね……なんというか殺意と言うか……怨念がこもっているというか……」
でしたね……そう、過去形なのだ。
というのも、今のタカトからはあの禍々しく背筋が凍るような生気を全く感じ取ることができなかったのである。
いうなれば、いつものタカト。おちゃらけて実に頼りのないタカトに戻っていたのだ。
あの瞬間……ダンクロールを突き刺したあの一瞬……その瞬間だけ発せられた赤黒い生気。それはまるで気を失ったタカト守るかのようにも見えた。
「あんな生気を体の中に持ってて……あの兄ちゃん、本当に大丈夫なんすかね?」
それを聞く少女はすっと立ち上がる。
「きっと大丈夫ですわ……だって、私のタカト様なのですから……」
「しかしwwwwお嬢wwww見てくださいよwwwwあの兄ちゃんwwwwションベン漏らしてますよwwww」
それを聞いた瞬間、少女は顔を赤らめてサッと後ろを向いた。
「私は見ていません! タカト様がおもらししたところなんて見ていません!」
「でも、ズボンwwwびちゃびちゃwww」
「イサク! もう、それ以上は言わなくても構いません!」
「だって、いまでも水滴がボテボテと垂れてるんですよwww一体どんだけの量を漏らしたらこうなるんでしょうねwww」
腹を抱えて笑うイサクと呼ばれた紙袋をかぶった男。
そんなイサクの腹に少女の蹴りがボコッと入る。
「やかましいわ! 黙れと言っとるやろが! このボケ! ウチのタカト様が小便漏らすわけないやろが! オドレの見間違いや! 言うてみ‼ 私は何も見ておりませんと!」
その少女の剣幕にすぐさま枝の上で正座をするイサク。そして、間髪入れずに頭を下げた。
「はい……お嬢……わたくしめは何も見ておりません……決して何も見ておりません!」
「それでいいんや! あと、帰る前にこの木に印付けときや!」
「印……ですか……いったい何のために……」
「決まっとるやないか! タカト様が帰られた後、あのお漏らしされた土を持って帰るために決まっとるやろが!」
「そんな土持って帰って何するつもりです……お嬢……」
「タカト様の臭いが付いた土やぞ! 一生もんの家宝にするに決まっとるやろが! でも! イサク!お前には分けてやらへんからな!」
「そんな野郎の小便のついた土なんて頼まれてもいりませんよwwwwというかwwwwお嬢wwwやっぱり、漏らしてるのちゃんと見てるやないですかwwww」
ボコっ!
今度はイサクの顔面、いや頭にかぶった紙袋に少女の蹴りがクリーンヒット!
「やかましい! 見とらんものは見とらんのや! 分かったか! 分かったらもう行くで!」
「イエッサー! お嬢!」
と、紙袋の中心をトマトケチャップで大いに汚したイサクと少女の二人は風のように枝から枝へと飛び移ると森の奥へと消えていった。




