WEb小説から始まる恋
私の両親はとても仲が良い。
高校生のころ、サッカー部の部員と女子マネージャーという立場で知り合い、お互い初めての彼氏彼女で結婚するまで別れなかったとのこと。……ケンカはしょっちゅうだったみたいだけど。
ここまでは恋愛マンガのような綺麗なエピソードだが、母が二十一歳のとき私を身ごもり慌てて入籍したらしい。私が中学校を卒業した夜に母からカミングアウトされた。
「当時大学生で母親になるなんて全く想像できなかった。だけどエコー画面越しのあなたを見てとても愛おしくなった。『私がいなくなったらこの子は生きていけないんだなぁ』ってね」
自分中心に考えているところが母らしい。二十一歳というとまだまだ遊びたい時期だろうに産もうと決意してくれたことは感謝している。父はというと高校卒業と同時に働くことになり、それなりに収入があったこともあってスムーズに出産資金を捻出できたようだ。
「あなたの『真緒』って名前はね、『純粋で人との繋がりを大事に思いやりのある優しい子になってほしい』って願いを込めて名付けたの」
「ふーん。お母さんいつもテキトーだから流行のドラマの役名かと思った」
「失礼ね。名付けは親に与えられる最初の試練なんだからめちゃくちゃ考えたわよ」
なるほど。服屋の値札を外さず人に指摘されるまで着続けてたり、ハンドソープと歯磨き粉を間違えたりと、何かとひとりお祭り状態の母だがちゃんと締めるところは締めるようだ。
ちなみにその四年後に生まれた千代は、陣痛が始まってから産まれるまで十五分と時間がかからなかったらしい。
まだ小学生に話すのは早いと判断したのか、彼女がお風呂に入ったのを確認し読書をしている私を呼び止めたのだ。
「どうしてこのことを今話したのかっていうと、義務教育を卒業してこれから高校に入学するじゃない? もしかしたら好きな男の子と出会って付き合うかもしれない」
母の予想外な発言に顔から火が出るほど恥ずかしくなり目線を伏せた。手に持っていたマグカップのカフェオレがユラユラと揺れる。そんな母は驚かせてしまったことを謝罪し話を続けた。
「ゴメンね。でも大事なことだから最後まで聞いてほしい。万が一赤ちゃんができてしまったら、あなたはとても苦労するし赤ちゃんも満足に育たなくなってしまう。私はできちゃった結婚を後悔していないけれど、こうやって人に話すとき多少なりとも驚かれるのね」
「うん、ちょっとビックリした」
「だからあなた、あなたの彼氏、そしてあなたの子どもに不幸になってほしくないから付き合い方には慎重になってほしくて。私のお願い聞いてくれる?」
母は自分を呼ぶ際に『お母さん』と言う。しかし今回『私』で統一したのはひとりの女として聞いてほしかったのかもしれない。それを考えると母の真剣さが伝わってきた。
「うん。わかったよ。まだ好きな人もできたことないけど気をつける」
「ありがとう」
ちょうどタイミング良く居間の扉が開かれ湯上りの千代が入室してきた。上機嫌なのか鼻歌まで歌っている。
母の話を聞いて『私を身ごもったから結婚することになった』とマイナスな感情は不思議と湧いて来なかった。私や千代に隠しているつもりだろうが両親が腕を組んで出かけているのを知っている。実の両親だから気恥ずかしい部分もあるが、私も未来の旦那さんと仲睦まじくなれたらと憧れるのだ。
私は約一ヶ月後に迫る高校生活に胸を躍らせるのだった。
…
……
「何読んでるの?」
学校の昼休み。昼食を食べたあとすぐにスマホを取り出してWeb小説を読んでいるとクラスメイトの寧々から声をかけられた。
第一志望の高校に入学して一ヶ月。それなりに友だちは作れたし、共学なので母の言う出会いに期待したがいまいちピンと来ない。母は強運の持ち主なのかしら。
寧々は返答しないまま自分をぽやっと眺めている私を見て再び声をかける。
「へっ?」
「だからー、何読んでいるのかって」
話は聞いていたのに答えるのを忘れていた。私には聞かれたことを自己完結してしまい、肝心の人と共有しない厄介な癖を持っている。高校生になったら直そうと思っていたのに継続中のようだ。
私はスマホの画面を寧々に見せながら内容を説明する。
「あー、ゴメンゴメン。小説読んでたの」
「真緒って常にボーッとしてるよねぇ。入学式に先生から名前呼ばれても返事しないしさぁ」
「ちょっとそれはもう言わないでよ」
高校生活一日目の失態をまたほじくり返され、恥ずかしさと後悔が再び襲ってくる。それを見ていた母も大笑いしながら父と千代に報告していた。人の不幸を笑わないでほしいな。
「そういう小説って面白いの?」
「うん! アマチュアがほとんどだけど、プロに負けないくらいのクオリティのものがあったりそれを探すのも好きなんだー」
私がWeb小説にハマったきっかけはマンガだ。本屋にふらりと寄るとおすすめとして大量に平積みされていたのが目に止まり、何気なく読んでみると釘付けになってしまったのだ。店側の策略にまんまと嵌ったことは否めないが好きになったものは仕方あるまい。
コミックの巻末にあるサイトをスマホで検索してみると、自分好みの作品が大量に発掘され夕食の時間母に呼ばれるのも聞こえないほど夢中に読み漁った。
「ところでさ、さっき何してたの? いつもお昼一緒に食べてるよね?」
私と寧々は中学は別々だが座席が前後と近いので入学してすぐに仲良くなった。お弁当を持ち寄り昼休みになるたび、お互いの机をくっつけ他愛のない話をしながら食べる日常はホッとする。だが今日は『用事がある』と言い残してカバンを持ち教室を出て行った。寧々の言う通りボーッとしているけど疑問はちゃんと解決したい。
「あぁ、私彼氏できたの。真緒とも一緒にいたかったからご飯だけ食べてこっち来たんだ」
「へっ?」
かれし? 『好きです! 付き合って下さい!』と告白したあと、周りから持て囃されながらも幸せそうにニコニコしている男の子のこと? 昨日までそんな素ぶり全然……
「昨日告白なるものをされましたー」
「誰?」
「二年の先輩! 今度紹介するね!」
告白ねぇ……確かに寧々は身長160cmとちょうどいい大きさだし、顔も愛嬌あってかわいいし、胸も程よくあってうらやましいし、女の子独特の良い匂いするし、何より優しくて頼りになる。もし私が男だったら好きになってたかなぁ。否、なってる。
恋人を作るなんて勝ち負けじゃないけれど、友だちに彼氏彼女ができるとなんだか焦るのはなんでだろう。でも友だちと話している方が楽だし恋愛は小説だけで充分かな、なんて。
今の私には恋なんてありえない。そう思っていた。
…
…
次の日の昼休み。私は寧々に呼び出され二年の教室までやってきた。初対面の人とご飯を食べるなんて緊張する……
「園田先輩! 友だち連れてきました!」
「おぉ、よろしくね」
「初めまして。新田真緒です」
クラスメイトと仲良く雑談しているところに寧々は園田先輩に声をかけると中断し返答した。黒い短髪で健康そうな褐色の肌、彫りの深い顔から笑みが溢れる。いわゆるイケメン。
「話は聞いてるよ。Web小説が好きなんだってね。あ、テキトーに椅子引っ張り出して座って」
「お邪魔しまーす!」
寧々はそう促されると、真っ先に近くの椅子を園田先輩の隣に寄せて座った。私も棒立ちしているわけにいかないので、かわいらしいキャラクターのカバンが掛かっている女子であろう机から椅子を拝借した。
「俺、飯田っていいます! こいつとは同じ部活で最近彼女と別れたばかりです!」
「おい、滑ってるぞ。真緒ちゃん、気にしなくていいからね」
「あ、はい」
飯田先輩もイケメンで茶色の髪の毛が似合っている。彼女と別れたと言っているけれど付き合う気持ちにはなれないなぁ。
ひとりで舞い上がっている飯田先輩に悪いと思いつつスルーすると、カバンからお弁当が入っている巾着袋を取り出した。その様子を見ながら園田先輩は私に話しかける。
「あとメシ食うメンバーで香月ってやつがいるんだけど……」
なんでも香月先輩は大の揚げ物好きで、毎日三食のご飯ほとんどあるお店の串揚げなんだそうだ。私も串揚げ好きだけどさすがに毎日は無理かなぁ……今日の朝にも食べたが『揚げたてが一番!』と言い、昼休みのチャイムが鳴った途端一目散に財布だけを持って教室を出ていったという。
私と寧々という後輩がいても、全く気にする様子のない他の先輩に感謝をしつつお弁当を食べ進めながら雑談に花を咲かせる。
ガラッ
不意に教室のドアを開く音がしたので反射的に目線を対象物に向けた。
「やっぱり『なんじょう』の串揚げは美味すぎる!」
そう雄叫びをあけた青年は白いビニール袋を肘にぶら下げ、何かの串揚げを頬張りながらズカズカと教室内に入っていった。
「毎日そのセリフ今日気飽きたって。みんな待ってたんだぞ」
「悪い悪い。常連の親父に捕まっちまってさぁ。これでも早く切り上げて来たんだぞ?」
この人が香月先輩かぁ……仲良くなれそうかわかんないなぁ。
「君が園田の彼女? 初めまして。香月雄大って言います! あ、食う?」
香月先輩はそう言うと、手に持っていた串揚げを私に差し出してきた。
ひょっとしておっちょこちょいなのかな? この先ちょっと不安かも……





