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幾魔学地下都市の猛城セロは、斬殺探偵なのか。

 カビ臭く、あたし自慢の羽毛も湿気で静電気が貯まる地下ダンジョン。

 蒸し暑くても相棒のセロは紅色のマフラー、鈍色のトレンチコートと安物の手袋を脱ぐ気配もない。

 そもそも、四季がなく寒くも暑くもないこの街でオシャレでしているつもりの伊達気取りがあたしは一番ダサいと思う。

 どうして“第六層”に探偵事務所を構える相棒の猛城たけきセロとあたしが、第二層の迷宮探検なんてしてるか?

 依頼主はダルバン夫人。行方不明の夫の伯爵サマの手掛かりを軍警察も掴めないという依頼を仲介屋が持ってきたからだ。

 ――第二層のご婦人が、直接第六層まで来たりしたらそっちの方が大事件よね。

 あたしたちは第二層の小奇麗な市街地を丸一日探し回り、オンボロ教会の中で今にも割れそうな床下に隠し通路を見つけた。

 まあ、本当にセロが調べてたら踏み抜いたんだけど。結果オーライよね。“あたしを肩に乗せたまま”セロはトレジャーハンターよろしくダンジョンを下っていった。


「なんカ、ボスキャラとか出そうだナ」

「……黙っていろワト。お前のそういう予感はよく当たるからな」

「ワ・ト・サ・ン、ダ!」


 親しき中にも礼儀あり。年上を呼び捨てにするなと、あたしは黄色のくちばしでセロのこめかみを突いた。

 あたしは灰鴉(グレー・クロウ)のワト。口の構造が人間と違うからどうも語尾が面白くなる。それもカワイイから気にしてないけどね。

 埃の剥げた足跡を追って進むと、その男は居た。白い糸にグルグル巻きで。

 ダルバン伯爵はかなりの肥満体のはずだがその男は絞られたようにガリガリ……そのガリガリ男は、小さな声で何か言っている。


「た……けて……」

「ダルバン伯爵か! 俺は探偵! 助けに来た!」

「……ひろ……」

「無理に喋るな! 安心しろ!」

「ぃがう……うひろにヤツ……」


 “後ろにヤツが居る”。

 あたしが反射的にセロの肩から飛び去るのと同時に、加速の乗り切った振り子のような一撃がセロに叩きこまれた。

 防弾、防刃、防魔の加工の施されたトレンチコートは衝撃自体は大して吸収はしない。つまりかなり痛い。

 竜脂入りのヘアワックスで固めたオールバックは汗と衝撃で崩れかけ、セロは初めて今回の犯人……いや、犯モンスターを見る。

 全裸の彫像のような青白い女の上半身に、十本足の蜘蛛の胴体。こいつ、知ってる。


「アラクネー! 太陽に抗う魔人のひとりダ! 気を付けロ!」

「……そうか」


 あ、セロ、本気で痛そう。

 か弱いあたしがひとりで逃げたのは仕方ないことだが、さすがに申しわけない。

 セロはそんなことで怒りはしないが、そんなことを言っている場合ではない。

 血の混じった唾を吐き捨ててセロは立ち上がる。隠しているがかなり無理をしている立ち方。長くは戦えそうに、ない。


「……ワト、(ディー)だ!」

「任せとケ!」


 あたしは体内の亜次元に念を込めてくちばしから刀を射出。セロはいつも通りにそれを“左手”で受け取る。

 刀身は複雑に乱反射して朽ちた遺跡の中を照らす。“D”は馬上槍のように形状で刃がないが、代わりに規則的なミゾの彫られている奇剣。

 あたしの中に収納されている刀たちの中で最も扱いにくく、最も安っぽく、最も異様で、そして最もセロに似合う一本だ。

 蜘蛛に足音がないように、アラクネーの肉体は恐ろしいほど静かに動く。死と同じく。

 人間の口から唾液がしたたり自らの乳房にダラダラと散る。蜘蛛の足の毛が揺れて胞子のような埃を散らす。相対するセロは――消えた。

 アラクネーは人の頭部しか持たないが、蜘蛛のように数多の眼球が有ればセロの動きを捉えることができたか? いや、無理ね。

 甲高い短いな音とともに、セロの“右手”が手袋を引き裂いていた。

 いつも通り鋭利な指輪とゴムベルトが、いや義手の表面を埋める履帯が回転する。

 セロの右腕は義手であり、しかもキャタピラになっている。

 今回も爆発的な加速によって身体を発射するようにスライディングさせ、セロは蜘蛛の真下へと入り込んだ。

 ――決着!


「キャタピラダッシュからノ! 必殺! ドリルブレード、だア!」


 言い切るより早く、セロが左手に持ったドリルブレードが蜘蛛の胴体から真っ直ぐに女の頭部まで貫通、そして粉砕してみせた。

 引きちぎられ、魂を持たない肉片は灰となって風もない地下遺跡に降り積もる。

 掘削工事用のドリルから安全装置を取り外しただけの武器で、並の握力だと敵ではなく使っている腕の方がちぎれる出来損ないの武器。

 そのドリルブレードの刃をマフラーで拭い、丸一日掛けて解決しようとした事件が刀を使って数秒で解決することにセロは溜息ひとつ。


「……これは探偵の仕事じゃないな」

「良いでしョ。他の探偵だったら一緒に食い殺されてたっテ」

「だから、それが剣士としての仕事だって……」


 人語を話す灰鴉のあたしを連れ、マフラーとコート姿の第六階層一の義手剣士……もとい名探偵。それが猛城セロ。

 人探しの仕事を終えて報酬を受け取って館を出ると、“天井”がずいぶん明るかった。日光灯の強さからして今は正午。

 ここは幾魔学地下都市メイヅス。第一層から第九層で成る地底都市。

 なぜ、いつ、誰が建造したのか、あたしでも知らない。各地に数多の魔獣が眠り、空には太陽代わりに電灯が輝く。神秘と科学の合わさる空のない幾魔学地下都市。


「セロ! ステーキ! スキヤキ! トンカツ! 喰ってこウ! 肉ーッ! 肉ーッ!」

「どうして? 帰ればなにかあるだろう?」

「安物は嫌ダ! タコヤキ! ピザ! オコノミヤキ!」


 神秘だろうと科学だろうとお腹が空くのよ。

 ガラス窓が日光灯を反射し、住人は全員ピッカピカの服。上階層では電力税や酸素税が払えなければ下の階層に追放されるので貧乏人はいないのよね。

 よくよくセロは第二層のインテリ気取りの人間やエルフたちが嫌いだと話す。勤労の汗を汚いものだという目が好かないんだって。

 今回も、行きは依頼人が待っているから直通高速エレベーターだが、帰りはセロはいつも第六階層への鈍行の物資運搬用エレベーターへ向かっていた。

 農業階層である第五層まで通じるエレベーターで畜産特有の臭いがする。くちゃいのだ。


「虐待ダ! 肉も食わせズ、こんなウンコ臭いエレベーターに乗せル! 虐待ダ! 人権団体呼んでくレ! 人権……鳥権侵害!」

「何語だそれは。日本語を喋ってくれよ」

「喋ってるでしョ! アタシ以上に日本語喋れる鴉なんか他にいなイ!」

「確かにな。居たらかなり……賑やかそうだ」


 話をしていると数十分。エレベーターが着いたのは牧歌的な第五層。

 ケンタウルスやサテュロスが飛び跳ね、他の階層より何倍か大きく日光灯も最も強くなっている。

 ここが光を塞き止める傘であると感じているのはセロは言うし、その感覚はあたしにも分かる。

 第五層までは光の領域。あたしたちの家がある第六層以下は闇がルールの無法地帯。

 六層へは高価なチケットが必要な高速エレベーター以外は古びれた螺旋階段しかなく、長い階段の途中、トイレの設置された中階で眠る人たちが目に付く。

 上層で税金が払えないが下層では危険だからとホームレスの人……亜人も多いけど、そんな人たちが住んでいる。

 何百段かを下り、薄暮めいた日光灯の下、無秩序に乱立するレンガ造りのアパートメントは、第二層に比べてヒビが目立つ、第六層に帰ってきた。

 天空のないこの地下都市では、区画を星座という誰も見たことのない一二の名で呼ぶのだけど、セロの足が向かっているのは、さそり分界とてんびん分界の境にある自宅ではなかった。はて?


「セロ、そっちはうちじゃないゾ?」

「ダモンのところだよ。アイツの仲介した仕事だからな」

「剣を使う仕事を仲介したクレームよネ」

「業務報告のつもりだが、厭味くらいは混じるかもな、あれ?」


 そこは第六層唯一の喫茶店、カルダモン。

 仲介・情報屋を兼業している第六層でも屈指の立脚地のドアにはCLOSEのプレート。

 セロは諦めたように仕方ない、とばかりにセロは帰宅することにしたらしい。彼はあまり疲れを他人に見せたがらない。体力が限界に近付いてもその兆候も肩の上のあたしだから分かるような小さなものでしかない。

 だけど、ベッドへ行くまでにまだ仕事が有った。事務所のポストに武装配達員が不在票を入れようとしていたのだ。

 鋼鉄の肉体を銀のタリスマンで動かしているゴーレムで、強盗や横領が多い下階層で信頼されているポストマンたち。

 帽子のツバの陰で銀の眼球が光り、セロが差し出した左手の手首の静脈をスキャンする。

 そして、人がひとり入りそうなキャリーバックを置いた。かなり重そうだ。

 配達員のゴーレムくんはセロが渡そうとしたチップを“仕事ですから”とマジメに断って立ち去った。

 ……あれ? 送り主の欄にはカ・ル=ダモン? 情報屋の女の名前だ?


「セロ? もしかして“天使を斬れる刀”とかじゃなイ?」

「そんなの宅配便で送るか? とりあえず“S”をくれ。魔封がしてあるみたいだ」

「ほーイ」


 あたしの亜次元には魔を斬るための刀もある。アマチュアのダモンが付けた程度のならカンタンに外せる名刀がある。

 刀を取り出す間、あたしたちはざわめいた。ふたりに共通するまた忙しくなるという確信めいた予感。

 キャリーバックの中には、サラサラ金髪の女の子が寝ていた。この汚れのなさは天使だ。

 比喩ではなく、かつてセロの家族を殺した種族。天使そのもの。


「斬る刀より先に、仇が見付かったか……?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幾魔学地下都市という単語からしてファンタジー感をびしびし出していて、ファンタジー好きはぐっときました。かつ探偵という単語から推理ものなのかな?と思わせつつ頭に惨殺がつくあたり只者ではない感…
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