乙女ゲームのヒロインに転生しましたが、なぜかタイムスリップしました。
キラキラと輝かしい謁見の間。そこにいるのは国王陛下と宰相、そして一緒に魔王を倒した攻略対象の青年三人と私だ。
三人と一緒に国王陛下の前に跪き、陛下のお言葉に耳を傾ける。
「四人とも、よくやった。そなたたちのおかげでこの世界は守られた」
「もったいなきお言葉です」
四人の中から代表して私が答える。四人で倒したけれど、国王直々に魔王討伐の依頼を受け取ったのは聖女である私で、三人はそんな私を守る存在だからだ。これが一番道理にかなってる。
その後も国王は感謝の言葉を口にしていく。
そんな中、私は密かに大興奮していた。だって、とうとうここまで来たんだ。乙女ゲームのエンディングだ! 興奮しないわけがない!
本当、長かった……。顔をうつむかせたまま、私はそっと息をつく。
私には前世の記憶がある。どんな人生だったとかどうして記憶を持っているのかとかそんな些細なことは置いといて、重要なのはここが前世でプレイした乙女ゲームの世界であるっていうこと。
『泡沫のサンクチュアリ』。一般市民として育った主人公が、ある日突然聖女だと判明して攻略対象である三人の青年と魔王討伐の旅に出る乙女ゲームだ。
魔王討伐の旅ということからもわかるように、結構バトル要素の多いゲームである。けれどちゃんと合間合間に恋愛要素はあって、しかもものすごく濃密で甘ったるくて、かなりヒットしていた。
そんなゲームのヒロインに私は転生した。それに気づいたのは聖女だと認められたとき。その前から前世の記憶はあったけれど、デフォルト名であり現在の名前であるリリーはどこにでもあるような名前だし、一般市民として暮らしていたのでまったく気づかなかったのだ。魔王が復活したと聞いたときも、「ああうんファンタジーな世界ならよくあるよね〜」と軽く思っていた。
そして聖女だと知らされ、ここが乙女ゲームの世界だと気づき、私は絶望した。さっき言った通り、この乙女ゲームにはバトル要素が多い。つまりそれだけ命の危機にさらされるっていうことである。
乙女ゲームとかならいいけど、リアルでそんな、命の危機なんて体験したくないじゃん!?
まあ国王陛下の命令で拒否できるはずもなく、私は三人の攻略対象と一緒に魔王討伐の旅に出て、そしてやっと魔王討伐を果たし帰ってきたのだ。
本当に大変な旅だった。野宿は当たり前だし、死にたくないから訓練も頑張るしかない。恋愛イベントはあったけれど、正直それを楽しむ心の余裕なんてなかった。乙女ゲームはやっぱり当事者にはなりたくないと改めて思った。こんな機会なんて二度と訪れないだろうけれど。
とにかく! 魔王を討伐し! やっと、やっと、エンディングがやって来た!!
なんとか死ななくてものすごく嬉しいし、エンディングではこれまでの旅の過程で一番好感度の高い攻略対象と結ばれることになる。
なにを隠そう、私はそのシーンが一番大好きなのだ。なにせ――
「では、聖女リリー。なにか望みはあるか? 叶えられるものならば一つだけ叶えてみせよう」
来た! 心の中で叫びつつ、私は乙女ゲームにあった通りの言葉を紡ぐ。
「私は神殿に入りたいです」
「…………ほう?」
国王陛下が興味深そうな声を出す。
「この旅で私はいろんな人を見てきました。荒れた農村で食いつなぐ人、働けずに盗みをするしかない人、行き場所がなく、魔物もいる危険な森で暮らす人……。私は、そんな人たちを助けたいと思いました」
「なるほど。だからそんな人を助ける神殿に行き、助けの手を伸ばしたいということだな?」
「はい、その通りです」
「あいわかった。そのようにしよう」
「ありがとうございます」
乙女ゲームの通りに進み、私はほっと胸をなで下ろした。こうしてヒロインは神殿入りすることになる。神殿に入れば、もう結婚できなくなる。
けれど。
「して、護衛の三人はどのようなものを望む? 可能な範囲で叶えてみせよう」
ここで、一番好感度の高い攻略対象がヒロインを妻にしたいと望むのだ。信念を貫きたいヒロインとちょっと喧嘩するけれど、国王陛下が特例として神殿入りしても結婚していいと認めてくれる。そうしてハッピーエンドを迎えるのだ。
さて、ここで私を望んでくれるのは誰なのだろう? 個人的には推しである魔術師のロイドがいい。けど彼との恋愛イベントはあんまり起こらなかったから……王太子のアルバート? 彼との恋愛イベントはほかの二人より多かった気がする。
そんなことを考えながら待っていると――
「陛下」
一番に声を発したのは王太子のアルバートだった。ドキドキしながら彼の次の言葉を待つ。
「私は貴族からも寄付金を集めることを望みます」
どうやら彼ではなかったらしい。その後なにやら難しい話をする王太子と国王陛下の声を聞き流し、私はきゅっと手を握りしめた。
彼じゃなかったのならば魔術師のロイドがいい。彼はとにかく見た目が好みなのだ。私が今までやったことのなかった乙女ゲームを手に取ったのも、パッケージにいる彼がものすごく好みだったからである。まさに一目惚れ。彼とハッピーエンドを迎えるためだけにゲームを買ったのだから!
どうか、どうか……と願っていると、やがて王太子と国王陛下の話が終わった。「では、残り二人はなにを望む?」
「国王陛下」
次に声を発したのは王太子の幼馴染みで騎士のランドルフだった。彼はかなりのマッチョで、一部からは絶大な人気を得ていたらしい。私はタイプではなかったけど。
彼は嫌だ。だってでかいし圧が強いし、彼の前に立つと食われる寸前の草食動物のような気分になる。そんな人と結ばれたくはない。
そんなことを思っていれば、彼は無事別のことを望んでくれた。よかった。
となると、残りは一人。推しである魔術師のロイドだ。私は、彼と、結ばれる。
ああ本当によかった、幸せ。この過酷すぎて何度が死にかけた旅を無事終えられて、本当によかった……。
「国王陛下」
彼が声を発し、私はいつでも声を発せられるよう喉を湿らせる。チャンスは一回、彼が私と結婚したいことを望むとすぐにそれを断るのだ。そんなに難しいことではないからなんとかなるはず。
ああ、それにしても自分が推しに求められているって、本当に幸せ……。
「私は昇進を望みます」
…………あれ?
ありえない言葉が聞こえ、私は呆然とした。
その後あれよあれよという間に私は神殿入りした。結婚の許されない巫女になり、今はほかの巫女たちと一緒に伸び伸びと暮らしている。
「こんなはずじゃなかったのに!」
王都にある神殿、その敷地内にある森で私は一人叫ぶ。どうしてこうなった。なんで誰とも結ばれなかったの!?
「……やっぱりあれかな、イベントに対しておざなりすぎたかな……?」
はあ、と深いため息をつく。
旅の間、私は生きるために必死だった。だからこそ攻略対象の三人が遊びに誘ってきても、さほど重要じゃないと思ったのなら断っていた。
だって死にたくないじゃん? だったらがむしゃらに訓練とかするしかないでしょ? 遊びに行く心の余裕なんてなかったんですよ!
世にある乙女ゲームにはバッドエンドとかノーマルエンドとか、逆ハーエンドとかがあるという。私はロイド単推しだったからロイドと結ばれたあとはそのほかのエンドをやらなかったけど……もしかしたら私はイベントフラグを折りすぎてノーマルエンドを迎えてしまったのかもしれない。
ああなんということ。必ずハッピーエンド迎えられると思っていたのに。なんで気づかなかったんだ私のバカ!
「……とりあえず後悔しても仕方ないし……」
やるべきことをやるしかない。
つまり神殿の巫女としていろいろやるのだ!
……結婚できないのはつらいけど。いやでも、うん、前世でも結婚はあんまりよくないものだって言ってる人だっていたし。うん、頑張ろう。
そう思ったときだった。
「ん……?」
視界の端でなにかが光った気がする。そちらに視線を向けると、墓石のような石がなぜか虹色に輝いている。
「……なにこれ?」
こんな現象、このファンタジーな世界に転生してからも一度も経験したことがない。なにが起こっているんだろ?
とりあえず誰かを呼ばないと。
そう思い、くるりと踵を返したまさにそのとき。
光が勢いを増し、視界が白く染められ――
――気づいたときにはまったく知らない場所に立っていた。
……なにが起こった?
慌てて周囲を見回す。たぶんどこかの街の裏通り。魔物に襲われて寂れてしまった街特有の空気が漂っている。
でもさっきまで神殿の森にいたはずなのに、どうしてこんな場所に?
「たぶん、あの光が原因だろうけど……」
それでもどういうことなのかわからず、首を傾げていると。
声がした。荒々しい足音に罵声、そして子供の悲鳴。
バッと勢いよく背後を振り返る。そこにはこちらへ向かって逃げてくる十歳くらいの少年と、それを追いかける男たち。男たちの手には捕まえられたと思われる少年と少女がいた。
……ん? あれって……。
私はすっと目を細める。逃げている少年になんとなく見覚えがあるような気がした。けど、いったいどこで見たのかわからない……。
「――あっ!」
思い出した。思い出したけど、どういうこと!?
どうして魔王が小さくなっているの――!?





