転生
少年の乗る汽車は地獄へ向かっている。しかし少年は地獄とは何なのかをまだ知らない。知っていることはなにもない。頭上にある小さな車窓から見える弱く白い光と、照らされる疲弊した大人たちの顔と、コートの内からのぞく母の丸々とした脚と、そばにいる肌の白い弟が見えるだけだ。まだ地獄ではない。
お兄ちゃん、あげる。
一緒に母のコートの内にいた双子の弟が宝石のように輝く眼差しを兄である少年に向けて、手のひらのそれを渡す。それは炭のように乾ききったジャガイモ。かつては体に栄養を運ぶ食べ物であったが、今は口にふくむと貴重な水分を吸収しつくす砂と同じ。
お前はいらないのか?
いらない。
そうか、じゃあもらうよ。
少年はそれでも弟から乾いたジャガイモを譲り受ける。実際に口にふくむかどうかは別にして。彼の善意だけを体に取り込んで。ここが天国だと錯覚するまで善意のみを咀嚼する。
汽車は昼夜を問わず走り続けている。少年は立つことしかできない狭い家畜運搬車に乗って何日経ったのか分からなくなっている。小さな車窓から見える白い光だけが昼か夜の時間を告げる。忙しない汽笛や激しい揺れは延々と引き伸ばされる時間だけを告げる。
これからどこに行くの?
弟は母のコートの袖口を引っ張る。退屈と疲労がないまぜになった顔を少し上げて母に聞く。
お仕事よ。
母はそれだけ言う。言葉は続かず汽車の揺れだけが続く。沈黙と退屈は手を取りあって彼女たちの言葉を奪い去り、虐殺し、冷たくしていく。殺された言葉たちを唯一の頼りにしていた少年は、支えを失い、汽車の揺れとともにふらつき、めまいが襲う。手に収まっていたはずのジャガイモは、視界の外、足元に転がり、少年はそれを踏んづける。乾いた破砕音がする。
大丈夫か?
少年の肩に、トン、トン、と誰かが触れる。少年は声の主を目で追う。視界に、地獄の底から這いあがってきたようなやせ細った男が入る。目のくま、煤けた頬、黄色の肌、すべてが少年とは違って見える。少年はせり上がる言葉を殺しつつも男に尋ねる。
この汽車は、どこへ?
地獄界さ。
しゃがれた男の声には渇きと寒さが含まれている。少年はその声の悪寒に震え、あたたかい母の脚を抱きしめる。母の震える小さな声が響く。
子どもたちを怖がらせないでください。
すまない。
だが、子どもとはいえ、ここが我々の知っていた人間界ではなく餓鬼界で、地獄界まで目と鼻の先という事実を知らせないでおくのは、酷というものじゃないかね。
酷とは何ですか。私の苦労も知らずに。
母の言葉が小さくかたまり、鉄砲玉のように飛んでいく。冷たく、すべてを貫くその玉はしゃがれた男の喉元に飛び込んでいく。少年は玉の行く先を確かめるため男の顔を見る。男の表情はまったく変わらない。
ああ、それは確かだ。
だが、この先のことは誰よりも知っている。この列車に乗る二千人全員が、どこかで助かるという恩赦妄想に捉われているということも、右と左、単純な選択が運命を変えるかもしれないことも、鬼に見える人々が角度を変えれば普通の人々に過ぎないことも、これが最終的解決と言われていることも。
これはどうにも抗えぬ、運だけが頼りの地獄界なのだ。
本当にやめてください。子どもたちの前ですよ。
まあまあ、待ちなさい。私がいま話すことは、何も難しい話ではない。輪廻転生。この概念を覚えておくのだ、少年たちよ。それは地獄に対する身構えになる。
少年の目からは、その男から後光が差しているように見える。窓からの一筋の光が男に当たり、逆光で顔は真っ黒に染め上げられる。後光の神々しさと、口から出る聞いたこともない言葉の神秘さと、逆光で見えなくなった不明瞭な輪郭を少年は気にする。
おじさん、その話、聞いてみたい。
ああ、分かった。じゃあ話そう。
インド哲学において輪廻のことをサンサーラと、英語ではリインカーネーションと呼んでいる。それは宗派によって様々な意味合いを持つ。
そして転生について、ジャータカの白鳥の物語にはこう書かれている。
死んだ菩薩は知恵をもったまま白鳥に転生した。白鳥は人間界にのこした貧しい妻と娘たちのことを思い、金になる羽根を一枚ずつ与えていく。そんな物語だ。
白鳥がどのような思いで家族のことを見たか、そのあとどうなったか、それは別の機会で知ればいい。
私がいま言ったことは、そのような転生が、この家畜運搬車に乗る二千人全員に起こる。それはなんら不思議なことではないということなのだ。
僕にもその転生はある?
もちろんだとも。思想や精神は死後も人々に伝わっていくからな。
母親は黙って聞いている。だが、ため込んでいた息を吐き出し息子たちをコートの内へと寄せる。
ご高説、どうも。しかし、あなたの言うことは妄想甚だしいと思います。
いいですか、アレックス、ツヴィ。あの人の言葉を聞いてはいけません。
耳は母のやさしい抱擁で閉ざされる。少年の世界は深海のように静寂が落ちる。
少年は暗い静寂のなかで白鳥を想像する。死んだ自分が白鳥に成り代わって母や弟のことを、SSに連れ去られてから見なくなった父のことを、楽しく我が家で暮らすそんな三人を窓越しに空から眺める。
あらゆる障害のない飛翔は大地の息吹を浴び、広大な地球を想像し、この世のすべての自由を獲得する。
だが、その想像はあらゆる沈黙と同時に霧散し、崩落し、遠のき、消えた。
家畜運搬車の動きが止まる。突如開け放たれた扉からは光が入り込み母、少年、弟、おじさん、そこにいる人々すべてを一瞬で包み込む。少年はそのまま白鳥になって飛び立てるものだと少しだけ考える。
だが光には影が入り込む。慌ただしい靴音とともに陽気で聞き慣れない言語の声が次々と耳に忙しなく入ってくる。アウス、アウス! その声に押し出されるようにして、少年たちは母とともに外へ出る。おじさんの姿はもう見えない。
そこには湿り気を帯びる土があり、真っ青で今にも落ちそうな空があり、体を冷やす空気があり、鉄条網がある。少年が少し上を向けば大勢の人々の疲れ切った頭、機関銃と監視塔、サーチライト、バラック、樺が見える。
ここはどこ、お母さん?
少年の問いに母は答えない。何度目か分からない沈黙だが、耳には別の音が入り込んでくる。それは音楽。『美しく青きドナウ』。少年はその曲名を知らないが、その音楽のもつ明るさ、陽気さ、壮大さ、爽快さを耳で、肌で感じ取る。
だが同時に少年は違和感を覚え騙されないよう身構える。いま見える景色の人工的で露悪的な冷たさと、音楽の陽気さは相容れず母と同じ不信感を生んでいると直感する。
そして少年の弟も同じく不安そうな顔をする。
君たちは双子なのかね。
聞き慣れない男の声がする。目の前にはその声の主がいる。
奏でられたワルツを背景にその高身長の男は銅像のように直立し背筋を伸ばして立っている。完璧に着こなしたSSのフィールドグレーのコートに白手袋という格好は、ボロのコートを着ている少年たちとはちがう別世界の人間に見える。同じ人間であるかどうかも今は疑わしい。
そんな男に母が答える。
この子たちは双子です。
おやおや、双子! 素晴らしい。
ところで、と続く男の言葉に、母は悪夢を見てうなされているような顔つきになる。
少年たちの出生、髪の色、血縁、生まれ方、名前、年齢、性格、喋る言語……あらゆるプロフィールを瞬時に聞き、母は即座に答えていく。
満足したのだろう。男は母の顔から目を背ける。存在しないものは見えない、とでも言うかのように。
この可愛い双子たちを私に預からせてください。安息日にまた会えます。さあ、あなたは右へ。
母は少年たちを抱擁し頬に涙をためてささやく。
さよならなんかじゃ、ないからね。
少年たちの頬には母の涙の跡が残る。温かみのある涙。だが吹きさらしの土地の風でその温かさはすぐに持っていかれる。母とともに、右へ。
その先には不穏に黒い煙が上がっている。たくさんの番犬が牙をむき吠えている。
しかし少年たちは左へ連れていかれる。
門が見える。
ARBEIT MACHT FREI (働ければ自由になる)
アーチの看板。なぜか上下が逆さまになった「B」。
私はここの医師だ。そうそう、これから私のことは『おじさん先生』と呼びなさい。いいね?
その『おじさん先生』の目は、この世で見てきたどんなモノよりも冷たく、生気なく、少年たちだけを捉えている。それは決して何もかもを手放そうとしない、例え命であっても、子どもの華奢の臓腑であっても、すべてを私物に置き換えてしまう、完全な意志を備えていた。
地獄はこの先にある。
――僕は起きる。
荒げた呼吸と、とめどなく流れる涙と、早鐘と打つ鼓動と格闘して。
時計の秒針をすぐ視界に入れる。一秒、二秒、三秒……。これで少しは落ち着く。
僕はすぐにスマホに触れ、この世界がどこにいるのか、見終えたばかりの夢と別離するために画面をつける。
日本、西暦2020年、4月――
落ち着く頭脳とともに僕は正常さを取り戻す。
ここが僕の正しく息苦しい世界で、あれは夢。
そう思いたい。
でもこの実感だけはいつも消えない。
僕には双子の弟がいる。
あのとき、死に分かれた弟が。
どこかに。





