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5-2

「……嫌な夢を見てしまったわ」


 回帰後の世界でも、同じ歌劇を観に行く約束をしている。

 今日がその当日で、また以前と同じ思いを味わうかもしれないという不安がこんな夢を見せたのだろう。


 アデリナは沈んだ心をどうにかしたくて、ベッドから起き上がると、まずは用意されていた洗面用の水で顔を洗う。


 朝食をいただいて、午後のティータイムまでは普段どおりの生活を送る。


 セラフィーナもヴァルターも日中はとくに用事がないらしい。アデリナは暇つぶしの読書などをしてみたが、いまいち集中できなかった。


(セラフィーナ様、お元気そう)


 回帰前はこの日に風邪を引いたセラフィーナだが、いつもどおりすこぶる元気だった。

 館で過ごすときの日課である庭でのお茶の席に、めずらしくヴァルターもいた。


(ヴァルター様って顔に似合わず甘党なのよね)


 ティータイムの準備は、この日もアデリナが行う。

 チョコレートやタルトなど、彼の好みに合わせたものを多くお皿に盛りつけてもらい、それらをトレイに載せて、庭まで運ぶ。


「それにしても、お兄様にしては気の利いたデートプランですわ。『ある伯爵夫人の純愛』はとても評判がいいみたい」


「……私だって婚約者への義務というものを色々考えているんだ」


「ウフフ。義務という言葉が残念ですけれど、頑張ればユーディットよりも素敵な男性になれますわ」


「知るか」


 冗談を言い合って、相変わらず兄妹の仲はいい。

 さすがにこの時間になれば、セラフィーナの体調が急変することもなさそうでアデリナも一安心だった。


(ヴァルター様とのデートなんて……ほとんど記憶にないわ)


 正直、だんだんと期待をふくらませてしまっている自分を認めざるを得ない。

 少し浮かれたアデリナがヴァルターたちのいるテーブルに近づくと、なにか緑色の物体が二人の背後で蠢いているのに気がついた。


「へ、蛇!?」


 アデリナが声を上げるのと同時に、蛇が飛び跳ねまっすぐにヴァルターへと向かっていく。ヴァルターは振り返るも、セラフィーナを遠くに押しやるので精一杯だった。


「ヴァルター様!」


 アデリナは叫び、同時に障壁を展開していた。ヴァルターに噛みつく寸前のところで蛇が見えない壁にぶち当たる。

 けれどそれで蛇を追い払うことはできなかった。


「……へっ?」


 事もあろうに、壁に当たった蛇は奇妙にその身をうねらせ、アデリナのほうへ飛んできたのだ。

 ヴァルターが立ち上がり、駆けつけようとするがアデリナの防御壁に阻まれ、瞬時に動くことが叶わない。


「障、へき……」


 予想外の動きに焦ったアデリナは、もう一つ障壁を作るだけの簡単な作業を失敗してしまう。次の瞬間、腕のあたりを噛まれ、痛みが走る。


「うぅ!」


 やがて蛇がボンッという音を立てて一瞬で丸焦げになった。

 胴体部分は真っ黒い灰になり、アデリナを噛んでいた頭だけがしばらく残るも、やがて力なく地面に落ちた。

 冷静なヴァルターが、空気の流れを読んで、壁のない方向から攻撃魔法を放ったのだ。


「アデリナ! 障壁を解除しろ。セラフィーナは周囲の警戒を。一匹とは限らない」


 ヴァルターに命じられ、アデリナは慌てて彼らを取り囲むように築いた障壁を消し去った。彼はすぐにアデリナの近くまで駆け寄ってくる。


(私ったら……なんというまぬけな失敗をしてしまったの)


 主人たちを障壁で守ったところまでは正しい。

 けれど、回帰後は一度もヴァルターと共闘していなかったのが災いとなり、彼の動きを妨げたのは明らかなミスだ。

 しかも、築いた壁で跳ね返ってきた蛇が自分の近くに飛んできてしまうのだから運が悪い。


(でも大丈夫、都には毒蛇なんていないもの。ちょっと痛いだけだわ)


 腰が抜けてしまったのか、アデリナはその場にへたり込む。

 もう蛇は離れているはずなのに、なぜか痛みが引かない。それどころかだんだんと激痛に変わっていくし、腕が真っ赤になっていった。


「な……なんで、噛まれたところ……赤くなって……。それに、身体が痺れ……」


 毒蛇だったと、なんとなく察した頃には景色が二重三重に見えていた。


「アデリナ!」


「……ティータイムが終わったら……歌劇を……ドレス、着替えなきゃ……」


 激痛で意識が朦朧としてきた。

 アデリナはヴァルターに支えられながら、このままでは観劇に行けなくなるかもしれないということばかりを考えていた。


「今度こそ……一緒に……」


「アデリナ! どうした!? しっかりしろ」


 真剣なまなざしでアデリナを気遣うヴァルター。

 いつかの光景に似ていて、涙がこぼれた。


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