転生殲騎ネクロトルーパー 再生の翼と、死喰の牙
異世界召喚というものがある。
魔王を殺す為の苦肉の策だ。
魔王を殺し、世界は平和になった。
めでたし、めでたし。
さて。
この勇者たちをどうしたものか。
◆
帝国から数十キロ離れたところに、リヴチェスタという土地がある。
数百年前に魔王が討伐され、海魔が減ってから交易都市として急激な成長を遂げた場所だ。
帝国が支配するハシェル大陸と、東の海を越えた先にあるハイベリア大陸の国々、様々な人種の人々が訪れ、年中賑わったのだそうだ。
後に大陸間戦争と呼ばれる戦争が始まるまでの間は。
◆
リヴチェスタの夜空をいくつもの光が、美しい輝きの軌跡を描きながら飛び交っていた。
光の軌道は縦横無尽。互いに引かれあうように幾度も交わり、激突する。
激突の度に激しい光と炎が迸り、鉄と血が虚空に撒き散らされる。
流星などでないことは誰の目にも明らかであり、何であるかはこの世界【シャン】で生きる者ならば知っている。
その正体は、かつて魔王を殺す為に製造された兵器――その応用発展型だ。
記憶を奪った異世界人の脊髄に、鎧装蟲という魔物を植え付けることで完成する生体兵器。
"転生体"と呼ばれる者たちによる戦闘が繰り広げられていた。
赤、蒼、緑――彼らが放つ光の色は様々で、その数は少なくとも20騎は越えている。
乱戦だった。
彼らは現行の魔動力式航空機では不可能な、直角の軌道変更を多用しながら、互いの背後や側面を執拗に狙い合う。
それが転生体同士の戦闘における基本だ。
<ここだ>
蒼と緑の光――蒼の転生体と緑の転生体。
混迷する戦場の中、一対一の勝負にもつれ込んでいたうちの一騎、蒼い転生体が勝負に出た。
猛禽類のような翼を持つ非ヒト型の騎体。その騎体全体に刻まれ、発光する蒼白の紋様の輝度が強まり、全身を構成する生体装甲に変化をもたらす。
直後、雲間より漏れる月光で生体装甲を煌めかせ、身を捻り反転するその姿は、一瞬前とは全く異なっていた。
それにはヒトと似た首があり、腕があり、脚があった。
同時に。
ヒトにあってはならぬ多関節構造の尾があり、一目で凶器とわかるスパイクやツノを備えている。
遠目からならば鎧をまとった騎士のようだと表現できなくもないが、その実態はあまりにも禍々しい全身刃物の異形。
これが転生体の標準戦闘形態、ネクロトルーパーだ。
この形態に移行すれば空気抵抗は増大する。しかし、彼らはそれを活用した特殊な機動が可能だ。
増大した空気抵抗と魔素への干渉――これらを手足を動かすことで操作し、運動エネルギーへと変換。より複雑な戦闘機動へと転用するのだ。
ただし速度は犠牲になる。
無暗に多用すれば背後や側面を晒しかねない諸刃の剣だが、蒼の転生体は理想的なタイミングでそれを用いた。
相対する緑の転生体は数秒前に同じ機動を行った直後。速度回復が間に合っていない。
詰み、だ。
<いや……! ぁ、あたしはこんなところで――>
自身の状況を理解し、緑の騎体が怯えた声を発する。
転生体にヒトの声帯は存在しない。
声は空気の代わりに大気中の魔素を伝わる信号として出力される。
それは、心理的状態を如実に反映するものだった。
追い詰められた者の怯えは戦闘空域の大気をほんの僅かに波立たせただけだ。
蒼の転生体はそれを逃さず、確信する。
ここが俺の勝機だ、と。
<ロックオン>
蒼の転生体は標的の僅か上をとりながら、流れるように後方へと回り込む。
背後をとるために減速する蒼と、逃れる為に加速を試みる緑。
ヒト型と非ヒト型。
ふたつの騎影の相対速度が一致する直前、蒼い転生体の右肩部ウェポンラックが展開。
展開した肩部装甲の隙間より、蒼と白で彩られた剣――その柄が前方へ突き出される。
鮮やかな寒色と陶器のような艶やかさをもつそれが、剣だと初見で認識するのは難しい。
近接呪法殲刀、ペイルディヴァイダー。
この武装は、魔素を流し込まれることで刀身を形成する仕様だ。
右肩部で待機するその柄に、蒼き転生体の刃同然の鋭さをもった五指が添えられる。指先から流入した魔素が、柄に彫り込まれた溝を蒼白い輝きとして伝い、内部の魔石ユニットを励起する。
刀身はまだ形成しない。魔素を節約する為、斬撃の瞬間にのみ行うのが定石だ。
<ひ、ぃ、いや――やだ、やめッ――>
命乞いの声は唐突に途切れた。
閾値を越えた恐怖と絶望が、刃に先んじて心を断ったのだ。
そこに容赦なく必殺の一斬が撃発される。
<魔技――極天絶牙>
蒼き雷光が閃いた。
◆
標的を両断し、血と生体装甲の欠片を飛散させながら。
蒼の転生体は、再び空戦特化の非ヒト型――ドラグーンへと移行。緑の敵騎を屠った勢いのまま地上へと降下していく。
既定の戦闘時間である2時間は超過している。
魔素のリチャージにかかる30分を地上で過ごす必要があった。
<――はァッ、はァッ、はァッ……!>
地表を目指す蒼い騎体の"内側"では、ひとりの少年が荒く息を切らしていた。
少年の名はタスク。彼がまといし、蒼の転生体の名を《ガルム》。
3年前、自分たちが住む大地のことを【地球】と呼ぶ異世界から、この世界【シャン】に召喚された異世界人。
そして、脊髄に鎧装蟲を埋め込まれ、転生体という異形の生体兵器になり果てた者だ。
<最悪だッ……>
敵が手ごわく、消耗したのは事実だ。
まだ上空で戦っているであろう僚騎らがタスク=《ガルム》よりも強力な者たちで、彼らがかき乱してくれたからこそ"裏"をとることができたのだ。
殆ど損害を受けなかったのは奇跡だろう。
だが、タスクの胸に渦巻く不快感はそれが理由ではない。
彼の固有スキル発動によるものだった。
<あの緑のやつ! 自殺なんかするなよッ! そんなことしたって――アンタを追い込んだ学校のガキどもは、何も感じないんだぞ……>
転生体は基本能力とは別に、何かしら固有のスキルを身に着けている。
炎や水流を自在に操る攻撃系もあれば、遠くに自身の声を届けたり、加速したりと、千差万別なのだが。
タスクの固有スキルは他に例を見ないものだった。
殺害した相手の記憶――その一部が強制的に流れ込んでくるのだ。
他に例を見ないハズれスキルだ。使い道が分からない。
垣間見る記憶は様々で、その法則性も不明。
ある時は家族/友人/恋人など、大切な人々との思いでであり、ある時は趣味の知識であり――最悪の場合、トラウマのようなつらい経験や、【前世】での死に関する記憶が克明に流れ込んでくる。
否が応でも、人殺しをしていることを実感させられた。
(転生体は、人間じゃない)
俺自身も……、と心の中で吐き捨て、地上に降り立ったタスクは《ガルム》を除装する。
風にかき消されるように異形の装甲が解けると、黒い野戦服に身を包んだ小柄な黒髪の少年が現れた。
最も魔素の消費が少ない形態となったタスクは、吐き気を堪えながら近場の建物に身を隠す。
教会のようだった。
十字架が象徴なのはスキルで垣間見る【前世】と同じだが、信じる神は違うようだ。
ともかく、偶然降り立った場所に対してタスクは苛立つ。懺悔しろとでもいうのか、と。
「懺悔なんてするかよ。殺さなきゃ、俺が殺されるんだ。罪悪感なんて――」
「――君は悪くないよ」
その気配を、彼は感知することができなかった。
「……え」
戦場にそぐわぬふわりとした声色。タスクは慌てて声のした方に目を向けた。
視線の先には月明かりが薄く差し込む礼拝堂。奥には巨大な御神体が鎮座していた。
「たすくん、こっちこっちー。上だよー、上っ」
タスクは、見上げた先の少女が見知った者だと気づくのに数秒を要した。
普段戦場で目にする陽気な彼女とは、異なる雰囲気を身にまとっていたからだ。
透き通るように白くきめの細かな肌は、薄闇の中で浮かび上がるとどこか艶めかしく。
腰まで伸びた艶やかな髪は月明かりを受けて黄金に輝き、深く澄み渡る海色の瞳には星の輝きが宿っているかのようで。
神など信じないタスクだったが、思わず一瞬だけ女神の降臨と誤認していた。
女神ではない。
華奢な身体を包んでいるのはタスクと同じ野戦服。
行動も罰当たりだ。頭がなくなった御神体の上に、頭の代わりに座り、ぶらぶらと細い足を遊ばせている。
「生き残ることに、神の許しが必要かな? っていうか――」
いたずらっぽく微笑みながら、彼女はゆっくりと桜色の唇を動かした。
「君は、私との約束を果たすまでは生き残らなきゃダメなんだから。――約束を守る意志は正義。万国万世、共通でしょ?」
約束。
少し前のことだ。
自身のスキルに心を壊されかけたタスクは、彼女に救われたことがある。
その見返りに彼女はひとつ、願いを口にした。
――この戦争が終わったら。
――君のその手で、私を殺してね。
――そして……。
少女の名は《フェニックス》。
帝国軍最強――否、世界最強の転生体。
数百年前に魔王を殺した勇者たちの生き残り。
固有スキル"再生"を持つ少女は、願った。
――眠る私に、私が何者なのかを、囁いて。
転生体に【前世】の記憶はない。
だが、ここに唯ひとり、それを引き出せる者がいた。
タスクは思う。
やはり最低の、ハズれスキルだと。





