ダンジョンとヒモ
ヤドカリ亭は、夜になると冒険者のたまり場になる。
ダンジョン探索から帰って来た冒険者たちが、肉クズが浮いた塩味のスープをすすりながら、今日はどこで何と戦っただの、どれぐらい儲けただの、そんな話ばかりしている。
うまい儲け話が欲しい、なんてボヤいているやつらもいる。
そこに颯爽と現れるのがこの俺、トラヴァスだ。
「なあ、宝石孔雀って知ってるか?」
俺が狙ったのは、二十代の男が数人集まっているテーブルだ。
「誰だよ。おまえ」
「聞いてくれよ。俺はこの前、ダンジョンの四層を歩いていたんだ。その時に、全身に宝石をジャラジャラつけた孔雀を見つけたんだよ」
「本当か?」
男たちは俺を見つめる。
「ああ。正確な位置はここでは言えないけどな。何度か偵察に行ったが、最近は同じ辺りにいるようだ。あれを倒せば、大金持ちだな」
「……へぇ?」
反応は上々だった。
男たちは半信半疑といった感じだったが、聞こうという気になったなら、こっちの勝ちだ。
「ガラス玉じゃないのか?」
「本物の宝石さ。鉄の剣がスパッと真っ二つだよ」
よくわからないが、宝石はよく切れるらしいからな。そう言っておけばいい。
男たちも、宝石については俺と同程度の知識しかなかったのか、そういうもんなのか?、とささやきあっている。
「で? どうしてそんな事を俺たちに教える? 黙って一人で金持ちになればいいじゃないか」
「実は……」
俺が本題に入ろうとした時、酒場に乗り込んできたのは態度のでかいバカだ。
「なんだぁ? トラヴァス。また詐欺の前振りか?」
カスナス。俺のことを目の敵にして、いつも邪魔してくる。
「詐欺? こいつの話は嘘なのか?」
「ああ。どうせまた宝石ジャラジャラの話だろ?」
「……どういうことだ?」
「こいつはな、先月、剣を折ってから、ずっとこんな詐欺師みたいなことやってんだよ。おまえらも気をつけな」
カスナスはニヤニヤと笑う。
「おいカスナス。そもそも、あれはおまえが……」
「はいはい。また嘘でちゅかー」
くそっ。
元はと言えば、俺が剣を失ったのはカスナスのせいだ。
武器がなければダンジョンには潜れない。俺は冒険者としてやっていけない。
俺はカスナスに弁償を求めたが、カスナスは金がないと言って拒否した。
それだけじゃない。
カスナスは、剣が折れたのは俺自身に責任があり自分はその場にいなかったと吹聴して回ったのだ。
俺は正攻法で協力者を募る事も出来なくなった。
この状況から、どうやってやって建て直せって言うんだ。
今夜の「営業」を諦めた俺はヤドカリ亭を出てネヒナの家がある貧民街に向かった。
ネヒナの家は建物と建物の間にある、今にもつぶれそうな小屋だ。扉を開けると、笑顔のネヒナが俺を待っていた。
「トラヴァス。おかえり」
「ただいま」
「もうすぐ夕食ができるよ。食べるでしょ?」
「ああ」
ネヒナは職人街の工房で服作りをしている少女だ。
生まれた時からこの町に住んでいた。数年前に親が死んでしまって、それからずっと一人暮らしをしているらしい。
ネヒナは小さな手で木べらを持ち、トマトと玉ねぎの入ったスープ鍋をかき混ぜている。
その光景を見ていると、ホッとする。
少し傾いたテーブルを二人で囲む。
ネヒナの料理は暖かくておいしい。ここにいる時だけが、生きているような気分になる。
「今日はね、青い色の服をたくさん作ったの。おばさんにね、仕事が早いって褒められて、後を継がないかって言われちゃった」
「そっか。ネヒナはがんばりやさんだもんな」
「えへへ……」
俺が頭をなでてやると、ネヒナの顔は花のようにほころぶ。
「トラヴァスはどうなの?」
「うん? ああ、今日はダンジョンの三層に行ったんだ」
俺はとっさに作り話でごまかす。
剣のことはネヒナに話していなかった。
「ダンジョンの三層の北側は水路みたいになってて、水の中から足の生えた魚が出てくる」
「その魚と戦ったの?」
「もちろんだ。その魚は口から水を吐いて来て、辺り一面水浸しになる。足元は苔の生えた岩だから、濡れると滑るんだ。もし転んだりしたら水の中に引きずり込まれてしまう」
「うわぁ……。いつも、そんなモンスターと戦ってるんだ。トラヴァスはすごいね」
「ああ。俺はいつかダンジョンの謎を解き明かして見せる」
俺は勢いで、決して果たせないだろう宣言をしてしまう。
たとえ偽りの積み重ねだとしても、この優しい時間だけは失いたくなかった。
食事が終わったら寝るだけだ。
屋根の隙間から月明かりが差し込むだけの暗い部屋、俺とネヒナは小さなベッドで眠った。
翌朝。
俺が目を覚ました時には、ネヒナはもう服を着て、朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはよ……」
ネヒナはケホケホと咳をする
「大丈夫か?」
「うん。今日は調子いい方だから……」
この町は人が多い。朝の時間は煮炊きで煙まみれになる。
体が弱いネヒナが暮らすには向かない町だ。
朝食は昨日のスープの残りと石のように固いパン。
空になった鍋は俺が洗う。
「ね、ね、これ見て?」
洗った鍋を拭いていると、ネヒナが古びた木の箱を俺に見せる。
「なんだ?」
「じゃじゃーん」
ネヒナは箱のふたを開ける。
箱の中に詰まっていたのは何枚もの銀貨。その輝きに、思わず息をのんだ。
「……これは」
「お金、一杯たまったの」
ネヒナは得意げに笑う。
「随分、あるんだな」
「何年も掛けて貯金したからね」
「そっか……」
これだけの金額が俺の手元に会ったら、いい剣が買えるだろうな、と思った。
「あとちょっとがんばれば、一緒にこの町を出ていけるね」
「え?」
考えてもいなかったことを言われて、俺は戸惑った。
「忘れちゃった?」
ネヒナが心配そうに俺の顔を見上げる。
そう言えば、随分前にそんな話をしたような気がする。
というか、言い出したのは俺だったかも。
「ああ。忘れてないさ。お金が溜まったら、こんな町なんておさらばだ。約束だからな」
昼。
金持ちが集まる中央地区に行って、食事中の旅商人を相手に大げさな話を聞かせて回る。
奴らは人がいいので、食事をおごってくれたりもする。
だが、奴らは商人というだけあって強かだ。俺みたいなのに大金を出すことは決してない。
昼飯時が終わって、俺は中央地区を離れた。
あてどなく街を歩く。
どうしたらいい? どこにいけば金が手に入る?
気が付くと、ネヒナの家の前に立っていた。
頭に浮かぶのは朝に見せられた銀貨の詰まった箱。
あの金があれば、剣を買える。金を使ってしまったらネヒナは悲しむだろうか?
剣さえあれば、きっとすぐに返せる?
そうだ、俺ならできる。できるはずだ。
だが、また剣が折れたら? 今度こそ、どうやって金を用立てたらいい?
「くそっ……」
俺は貧民街を離れた。
もし俺が金を使い込んでしまったら、ネヒナは俺を見捨てるだろう。
そして本当に服作りの職人のドラ息子と結婚する事を選んでしまうに違いない。
それだけは嫌だった。
どれほどバカにされようが構わない。だがネヒナを失うのだけは耐えられない。
夜のハシバミ亭は、冒険者のたまり場になる。
今夜、俺が目を付けたのは、端の方のテーブルで料理を食べている変な男女の二人組だ。
特に女の方。巨大なカマを担いでいる。なんだあれは?
本来ならこんなやつは相手にしたくないのだが、そろそろ手段を選べなくなってきている。
「なあ、宝石ドラゴンの話を聞きたくないか?」
いつもと同じように営業を開始する。女の方が俺を横目でにらむ。
「あなた、何を言っているの?」
「聞いてくれよ。俺はこの前、ダンジョンの五層で見たんだ。全身に宝石をジャラジャラつけたドラゴンを……」
「ありえないわ。うろこが宝石のドラゴンは存在しない」
なん、だと?
男が聞き返す。
「本当に? っていうか、辞典のモンスター、全部覚えてるの?」
「ドラゴンだけね。リストにあるのはレア種を入れて27種類。宝石をドロップするドラゴンは一匹もいないわ」
辞典? リスト? 何の話だ?
まさか、ダンジョンに出没する全モンスターのリストがどこかにあるのか? そして、この女はそれを暗記している?
「フードゥルドラゴンとかは、緑色の石を落としたような……」
「あれは魔石、宝石じゃないわ」
「じゃ、じゃあそれだ」
よくわからないが、俺はその話にのる。宝石と魔石の区別なんて知らん。
「そのドラゴンは炎をはいた?」
「ああ、もちろんだ。鉄も溶けそうなぐらいの……」
「はい残念。フードゥルドラゴンは雷属性よ。炎は吐かない」
ひっかけかよ!
一番ダメな相手だった。俺は諦めて、帰ることにする。
「待てよ。トラヴァス」
だが男に呼び止められた。
「何で名前を?」
「昨日の夜は、僕たちはヤドカリ亭にいた、って言えばわかるかな」
「最初から全部知ってたのか」
「ああ。なんでこんな嘘をついてるんだ?」
「それは……」
結局、俺は全てを話した。
剣を失った経緯、カスナスとの間にあった事。
「剣があれば、戦えるのか?」
男に聞かれ俺は頷く。
そうだ、剣さえあれば、こんなことはしなくていいんだ。
「じゃあ、一緒に倒しに行こうか? 全身魔石だらけのドラゴンを……」
「え?」
「君も、見返したいんだろ、あいつを」
「そうね。それも面白そう」
二人は俺に笑いかける。
だがなぜだろう。その笑みは、まるで獲物を見つけた悪魔のようにも見えた。





