蚊の魔王に転生したのでスキル『コピー』で魔界を塗り替えていきます!
これは、夢……? 何もない黒い空間。身体の感覚はなく、目を開けているのか閉じているのかさえ分からない。だが思考はできる。夢の中で夢だと認識できるとは不思議な感覚だ。
いや、それどころではない。俺は仕事中に寝てしまったのか。確かコピー頼まれてたし早く起きないと。
…………これどうやって起きるんだ?
『コピー?』
『え……うん。コピーしなきゃ』
突如聞こえてきた声に思わず返してしまった。
遂に幻聴が聞こえてくるとは。疲れすぎて虫の息だよ。
『虫?』
なんなんだ、うるさいぞ。
まだ仕事は残ってるんだ、起きなければ。
『それより、起きないと』
『承知した』
『……はあ? てゆーか、誰……?』
幻聴にしてはやけにしっかり返してくるな。もしかして同僚が起こそうとしてるとか? 頑張れ、もっとやる気出して起こしてくれ。朝弱いんだから。
そう思った瞬間、身体の感覚が一気に戻ってきた。よかった、これで起きれる。
目を開け、辺りを見回す。そこは、森の中でした。
ここで一句。
『えええええ えええええええ えええええ』季語は『えええ』だ。春の訪れを感じさせる。
なんてふざけている場合ではない。なんで森? 寝てる間に森まで来ちゃったの?
どんなホラーだよそれ、木からコピー用紙作る気だったの? バカなの?
落ち着け福島仁23歳。あだ名福神漬け。まずは状況を把握するんだ。
まず身体。翅が二枚に細長い体型。足は六本で長く、二本の触角がふさふさしている。そして、口の先には針がある。
なんだこの身体は!? 虫、虫になっているのだ。今更だが目線が低すぎる。気づけよ。
意味が分からずため息をついた。文字通り虫の息である。やかましいわ。
まだ夢の中なのだろうか。どうせ羽虫になったのだから、飛んでみようかな。
翅を動かし飛び上がる。想像よりも簡単に身体が宙に浮いた。そうか、身体が軽いから飛びやすいのか。
優雅に飛んでいると、翅からぷーーーんと高い音が聞こえてくる。
まさか。この音は聞き覚えがある。ありすぎる。
認めたくない。認めたくはないが…………この特徴的な羽音、間違えようがない。
俺は、蚊になってしまった……?
いくら夢の中だからって蚊にはなりたくなかった。どうせならトンボのように、すいすいと飛んでみたかった。
いやトンボでも嫌だわ。なんで虫なんだ。
虫? ああ! あの時、聞こえてきた声は虫に反応していた。まさかあれに関係があるというのか。
それならあの時鳥の息とか言っておけばよかった。鳥の息ってなんだ。
まだ夢は覚めないのかと思いつつ、森の中を飛んでいく。何を探しているのかって? 食料だよ!
お腹が空いて死にそうなのだ。夢の中なのに。
なんて思っていると、キノコを発見した。真っ白で綺麗なキノコだ。
…………これ食べられるのかな。キノコに関しての知識とか無いんだけど、この色はダメでしょ。
しかし仕事詰めで夕飯を抜いた状態の今、俺の空腹ゲージは限界に達しようとしていた。
どうせ夢なんだし、毒キノコを食べたっていいじゃないか。聞けば、毒キノコの毒は旨味成分ということもあるんだとか。
普段食べられない毒キノコ、その味を確かめてやろう。
いただきます! キノコの上に着地し、針を笠に突き刺す。ストローのようにちゅーちゅー吸うと、キノコの汁が口の中に流れ込んできた。
にっが!!
ありえないくらい苦い。これ、味覚が人間のままなのでは? そりゃ毒とか関係なく生のキノコはアカンでしょ。
うぇぇと唸っていると、脳内に知識が流れ込んできた。
『毒をコピーしました』
…………うん? 毒なの? というか何だこの感覚、毒の使い方が一瞬で理解できる。
使いながら吸えば毒を注入することができるのか。痒くなる成分が含まれた唾にも毒を入れられる……えぐいな。
そしてコピー。やはり蚊になる前に聞いた声が関係しているようだ。
おっ、こっちの草はどうだろうか。どうせならいろんな汁を吸ってやるぜ。
『回復をコピーしました』
まさかの薬草! ちょっと苦いが、体力が回復していくのを感じる。
そして使い道は……血を回復薬として使える、ね。やっぱり血を吸うのか。
ふと思い出したのだが、吸血する蚊はメスなのでは? 女の子になっちゃったのこれ。これが噂のTSか、興奮してきたぜ。
『解毒をコピーしました』
続いて解毒草もコピーしたぞ。これで毒を治せるね!
どうせだし、この世界を冒険してみよう。今の俺は蚊だ、街に出れば誰にも気づかれることなく女の子の血を吸うことができる。
そして、更衣室とか女風呂とか……天才過ぎてやばいぞ! そうと決まればさっさと森を抜けよう!
夢、覚めろと言ったな、あれは嘘だ。夢、覚めるな!! ビバ夢! ビバドリーム!
夢はでっかく、身体は小さくだ!!
* * *
街がない。
しばらく探索したのだが、どこにも街が見当たらないのだ。
そもそも、ここは日本なのだろうか? 遠くに見える山は富士山には見えない。日本にあそこまでの高さの山はなかったはずだ。
すると、ざわざわと音が聞こえてきた。声?
「きゃっ! やめて!」
い、今の悲鳴は!! これは黙ってはいられない、急いで声のする方向へ飛ぶ。
「ギヒヒ、諦めるんだなァ。運がよかったぜ、サキュバスは高値で売れるからなぁ」
「い、いや……」
そこまでだ! と叫びたくもなったが、声出ませんでしたね。それよりサキュバスって聞こえたんですけども? テンション上がってきたぁ!
声は出ないが目は見える。茂みからぷーんと出てきて、騒いでいる男女を確認した。
そこには全身が緑色の怪物と、ピンクのツインテールで露出の高い服を着た背中から黒い羽根がついた少女がいた。
コ、コスプレか……? だとしてもあんなに小さな女の子が? これは止めるべきだよな……うん。
「さあ来い!」
「いや!!」
ズルズルと引きずられていく少女。追いかけなくては!
緑色の怪物、おそらくゴブリンを追いかける。すると、森の奥に集落のようなものが見えた。
そのまま奥の大きな家まで連れていかれる。コスプレ……じゃ、ないよな。集団でゴブリンのコスプレをする人たちとか聞いたことない。いても関わってはいけない。
「魔王様、子供のサキュバスを捕まえて来ました! こいつは高く売れますぜェ」
少女を捕まえたゴブリンは家の中にいるゴブリンにそう言った。
魔王だと? うーん、確かに村長って感じで羽の装飾とかつけてるけど、魔王ではないような……
「ギッヒヒヒ、馬鹿を言うな。売る前に、できることなんて沢山あるんだからなァ! ヘッヘッヘッ!」
「ギッヘッヘッヘ!」
笑い方統一しろよ。なんてツッコミを入れている場合ではない。ゴブリンは少女の服に手を掛け始めた。
もう我慢ならん! 少女の両手を掴んでいるゴブリンの首筋に乗っかり、針をブスリと刺した。
ちゅー! まずい……と言いたいが、なぜだろう、美味しい。蚊だからかな。
おっと、毒も忘れずにつけておかないとね。ペッ!
『ゴブリンをコピーしました』
ゴブリンをコピー? こ、これは……! ゴブリンがこれまで経験したこと、その力、全てを自身にコピーしたのか!
力が湧いてくるのを感じる。少し吸っただけなのに、血を大量に獲得した感覚。ゴブリンの血液までコピーしたのか!
それに知識も入ってくる。ほうほう、ここは魔界なのか。魔界!? うん、後で確認しよう。
「チッ、蚊が飛んでますぜ」
「ああん? どこにいんだよ」
「ほら、そこに……! ぐ、ああ!?」
「!? どうした、おい!」
突如ゴブリンが苦しみ始めた。毒が効いてきたね。
それっ! この魔王ゴブリンの血も吸っちゃうぞ! ブスっとな、それちゅーっとな!
『ゴブリンキングをコピーしました』
『魔王適性が強化されました』
ん? 魔王適性?
ふむふむ、この世界では魔王が沢山いるのか。魔物の王はみんな魔王だもんね。あくまでこの周辺のゴブリンの王ってわけだ。
それで、強化? もしかして、俺って初めから魔王適性があったの? それなら、魔王らしいこと何かできないかな?
「が……! なんだァこりゃあ!」
同じように悶える魔王ゴブリン改めゴブリンキング。
俺が今できることを考える。すると、脳内の検索から『召喚』スキルがヒットする。
なんとこの身体、大量の知識から検索エンジンのように探し出すことができるようだ。
「召喚!」
召喚を発動させると空間に血が湧きだし、ゴブリンの形に変わる。
色も変わり、完璧にゴブリンの姿へ変わる。二人目も召喚した、今度はゴブリンキングだ。
「なんだァ!?」
召喚したゴブリンが二人を襲う。
毒で無抵抗になったゴブリンに、召喚したゴブリンが剣を…………
「ちょ、たんま!」
召喚したゴブリンの動きが止まる。よかった、操れる。
「参ったか!」
「ヒィ! って、蚊…………?」
「このゴブリンは俺が動かしてる。負けを認めたら命だけは取らないでおいてやるぞ!」
「な、にィ……?」
「解毒もできるぞ?」
しばらくの葛藤の後、流石に命が危ないと感じたのか、諦めの表情をした。
「わ、わかった! オレの負けだ!」
こうして、ゴブリンキングに蚊が勝利するというありえない状況になった。
よくわからないけど勝利だ!
…………ところで、この夢っていつまで続くの?





