NTR息子、母の七光りで異世界の暴君となる
大学の卒業式を終えた翌日。
唐突に就職先から内定取り消しの電話を受け、僕は自宅で途方にくれていた。
業績不振という訳でもないのに、あまりに理不尽だ。
どうしたものかと思い悩んでいると、玄関で呼び鈴が鳴った。
出てみると、男物の黒いスーツを着た、小柄でスレンダーな女性が立っていた。
彼女の名は甘粕さん。大学の英会話サークルにOBとして出入りしていた人で、職業は警官だ。いわゆるキャリア組で、三十前にして階級は警視である。
「お久しぶりです。どうしました?」
「本職の用事。君のお母様の事で、大事な話があるんだ」
僕の母は十二年前、買い物に出かけたまま、何の前触れもなく失踪した。警察には捜索願いを出してあるが、手がかりはまったくないまま現在に至る。
父は、母の失踪がDV被害による物ではないかという心ない中傷を、親類や隣近所から受けた事で心を病み、僕が高一の夏に自殺した。
ようやく、警察が母の行方をつかんだのだろうか。
だが、甘粕さんの所属は確か公安だ。公安とは、過激派団体とか外国のスパイを監視・摘発する部署で、行方不明者の捜索とは畑違いである。
……あからさまに不穏だ。
「母は、公安が扱う様な事に巻き込まれたんですか? まさか北朝鮮とか……」
「会って話を聞いて欲しい人がいるんだ。一緒に来て」
僕は促されるままに、甘粕さんのAMGに乗り込んだ。
詳しい事は着いた先で話すと言い、彼女は車中でずっと黙っていた。
*
連れて行かれた先は警視庁だ。
応接室に通されると、中で待っていたのは、癖のある長い金髪に碧眼の、若い白人女性だった。服装が珍妙で、近世ヨーロッパ風の軍服に見える。まるで、ベル※らのオス※ルだ。
その口から流暢な日本語で語られた事情は、正気を疑う内容だった。
彼女の国は異世界の王国で、魔王軍と称する、化け物の勢力に侵略されていた。そこで、魔王に対抗できる異能力を持つ〝勇者〟を、日本から召喚した。それが僕の母だったのだという。
十一年にわたる戦争の末、敵城での決戦で、母は魔王と相討ちとなったのだそうだ。
はっきり言って妄想にしか聞こえなかった。だが、警視庁という場所で、公安の警察幹部立ち会いの下に語られたという状況が、真実味を補っている。
「この人が言っている〝異世界〟とか〝魔王〟とやらが事実だという事は、確認したのですよね?」
僕は半信半疑のまま、自分の隣に座っている甘粕さんに念を押した。
「政府が非公式に、現地調査したんだよね。信じがたいだろうけど、おおむね本当だよ」
とりあえず事実と認めた上で、僕は頭の中で内容を整理し、少し考えた後に口を開いた。
「つまり、この人の国の勝手な都合で、母は拉致されて戦争にかり出され、命を落とした。そういう訳ですね?」
「拉致ではありません。勇者様の召喚です」
オス※ルもどきは訂正したが、僕は無視して甘粕さんにまくし立てた。
「罪に問えないのですか? 何でこの人は、こんな立派な応接室で、堂々と話しているんですか? 取り調べ室がふさわしいのでは?」
犯罪者として扱うべきだという僕の主張に、オス※ルもどきは顔をひきつらせた。考えてもいなかったのだろう。
一方、甘粕さんは落ち着いて、淡々と事情を僕に説明する。
「怒って当然と思うよ。だけど、拉致事件の被疑者として扱うには、異世界の存在を公表しなきゃいけない。世界の常識がくつがえる訳だから、慎重に、当面は伏せたいというのが政府の方針なんだ」
「被害者の遺族である僕の意向は、考慮されないのですか?」
母が拉致されて死んだなら、僕としては国の都合でうやむやにする訳には行かない。
「安易に免責はしないから。責任追求については、あくまで留保だよ」
「勇者様のご子息様から、私共に死を賜るのでしたら、大いなる名誉です」
「名誉? ふざけるな!」
甘粕さんから〝留保〟という言葉を聞けたのは良かった。だが、オス※ルもどきが自己陶酔気味に続けた一言を聞き、僕は切れそうになった。
思わず立ち上がろうとしたが、甘粕さんに手で制止され、僕はやむなく座り直した。
「君はどうしたい?」
「母の失踪について、〝異世界からの召喚〟によるという事実を世間に公表する。それに関わった連中を、日本の司法で裁き、罰したいのです!」
甘粕さんに意向を聞かれ、僕は、拉致犯を日本で罰するべきだと強く主張した。先方の事情がどうあれ、僕にとっては犯罪だ。
「死んで償えと君が言えば従うそうだし、その方が早いと思うよ?」
「名誉だとか言われたら、罰になりませんよ。それに、このままでは、父があまりにみじめです!」
甘粕さんが冷徹に指摘するが、殉国者気取りの自己満足を満たしてやっても意味が無い。
それに真実を明らかにしなくては、親類や隣近所から受けている、亡き父への誤解は晴らせない。
「お父様が亡くなられた経緯も調べたよ。だけど政府としては当面、異世界との接触について公表を控えたいんだよね」
「僕が納得せずに暴露しようとしたら、口封じでもされるのですか?」
「解ってるなら、そうさせないでくれるかな?」
甘粕さんは表情を消し、僕の目をじっと見つめる。この人がこういう顔をする時は、完全に本気だ。
「質問を変えます。僕に何を望んで、この席を設けたのですか?」
被害者の遺族とはいえ、どういう反応を示すか解らない僕に、国が事実を伝えたという事は、何かをさせたい筈だ。
答えたのはオス※ルもどきだった。
「ご子息様は現在唯一の、我が王国の王位継承権者なのです。つきましては新たな王として、即位して頂きたく」
「はあ!?」
予想外の申し入れに、僕は驚きの声を挙げてしまった。
「勇者様は、先代の国王陛下と契りを交わされ、魔王を倒した暁には、共に王国を再建する事を誓いあっておいででした。ですが決戦の際、お二人は魔王と相討ちとなり、王家の血筋が絶たれてしまったのです。他の王族の方々は、勇者様召喚の前に、戦死や暗殺でことごとくが身罷られ…… 」
オス※ルもどきはとんでもない事を語り出した。契りって…… 要は不倫…… いや、重婚!?
「つまり母は、王妃の地位に目がくらみ、父と僕を捨てたと?」
「い、いえ、その様な! 勇者様の名誉の為に申し上げれば、魔王軍との戦いにご協力頂く為、やむを得ず故国での記憶を封じさせて頂きましたので。決して不貞という訳では……」
僕の詰問に、オス※ルもどきは慌てて釈明した。母は記憶を奪われて、異世界の王に身を任せたのか。
よくも息子の前で、そんな話をいけしゃあしゃあと。
「仮に母が死ななければ、記憶を戻される事なく王妃として異世界で生涯を過ごし、僕も真相を知る事がなかった。王位継承権者がいなくなった事で仕方なく、日本にいる遺児の僕と接触を図った。虫のいい話ですね」
「おっしゃる通りです……」
僕が言い切ると、オス※ルもどきはうつむき、消え入る様な小さい声で認めた。
自分の発言が、僕に対して残酷で非礼極まった内容だと、ようやく理解したらしい。
だが、新たな疑問も出て来た。
「母の様に召喚して記憶を奪い、操り人形に仕立てれば良かったのに。そうしなかったのは?」
「召喚の秘術は、王家の血筋が濃い者しか行えないのです」
「なら、あなたはどうやって日本に?」
「魔王が開発していた、日本への〝門〟を接収し、恒久的な通路として私共の手で完成させたのです」
「門?」
「虜囚とした魔族を尋問したのですが、勇者様の故郷たる日本へ赴き、ご身内を人質として捕らえようと画策していたらしく……」
僕が甘粕さんの方を向くと、黙って頷いた。裏は取れている様だ。僕を見つけて人質にしても、記憶を封じられた母には効果がなかっただろうが……
「王になれば、民に重税を課して酒池肉林にひたろうと、気に入らない奴を次々と賎民身分にしようと、僕に従うのですね?」
「仰せのままに。背く者あらば直ちに首を刎ねましょう」
脅すつもりで言ったのだが、僕の期待に反し、オス※ルもどきは法悦として服従を示す。まるでカルトの狂信者だ。
「やる気になった?」
僕の言葉に、甘粕さんは満足そうに頷く。これで、政府が僕に望んでいる事の察しがついた。
『政府は僕を、傀儡政権の王にしたいのですか?』
オス※ルもどきに聞かれたくないので、英語で甘粕さんに尋ねると、彼女ははっきりと認めた。
『手つかずの市場、資源、労働力、そして未知の技術である魔法。どれも、落ち目の日本が復活する為に欲しいんだよね。異世界の存在公表は、属国化にメドがついた後』
日本が王国を属国化したいなら、彼等が神聖視する僕の存在が不可欠だろう。だからこそ、僕はここに呼ばれた。
既にお膳立ては整っていた。後は、神輿の僕を据えるだけだったのだ。
『僕は大学を出たての素人ですよ?』
『私も出向で、日本の顧問団長として一緒に行くから大丈夫』
甘粕さんは政府から派遣される顧問のトップらしい。抜擢されたのは、僕の個人的な知り合いという理由だけではあるまい。
異世界の存在を公表する前に、王国の属国化を迅速に進めるには、強引な手法が必然となる。反対派を押さえ込む為、公安としての職能が評価されたのではないか。
『こいつらの事、憎いよね? ご両親の命の代償として、生かさず殺さずしぼり取ろうよ。日本人二人の命は、王国の連中全員よりもずっと、重いんだからさ』
甘粕さんは表情を消して僕の瞳を見つめ、決意を促してきた。





