異世界で新装開店♪~イケメン黒猫と女子高生錬金術師の雑貨屋さん~
学校への登校途中。
視界の端に見えたのは、道路を渡ろうとする黒猫──と、路地裏から一旦停止もせずに出てきた車だった。
轢かれるって、直感したんだよね。
だからかな……無意識に体が動いちゃった。
助けなきゃって思ったの。
危ないって、あの時は頭に無かった。
車に気づいて固まってしまった黒猫を、走りざまに抱えて、間に合わないと思ったから歩道に向かって投げちゃった。
「あの子……大丈夫だったかな」
そんな呟きを、私は森の中でため息と一緒に吐き出した。
黒猫を放り投げた直後に、どんっという横からの衝撃があって──宙を舞う黒猫の、金色の瞳が見えて──空が見えて──物凄く痛くて──痛みが無くなって。
死ぬんだなって、あの時は自覚したの。
そしたらやっぱり死んでて……。
何故か神様だっていうおじーちゃんの前にいた。
「次に生まれ変わるとき、何か欲しいものはあるかね?」
そう言われたから即答したの。
ぶきっちょな私でも、簡単に可愛い小物やアクセサリーが作れる魔法が欲しいって。
従姉のお姉さんが雑貨屋をオープンさせて、お店を見に行ったときステキで。
私もあんなお店出したいなぁ~って思うようになったの。
それでいろいろ頑張ってたんだけどさ。なんていうか……絶望的だったのよね。
「分かった。お主の願い、叶えよう」
おじーちゃん、そう言ったのよ?
なのにどうして──
「私、春風さくら17歳のまんま森の中にいるのよぉ~! しかも制服なんだからあぁぁぁ」
あぁぁぁ……あぁぁぁ……っと、森の中で木霊する私の声。
はぁ……これって夢なのかなぁ。
黒猫助けたところからずっと夢なのかも。
目が覚めたらきっと病院のベッドよね。うん。
早く覚めて早く覚めて早く覚めて。
──ガサガサ。
すぐ近くの茂みから音が聞こえて、なんだろうと思って見てみると。
そこには緑色のきもぃ小人がいた。
うん。
夢だねこりゃー。ふふふ。
「ゴギャアァァァッ」
「嫌あぁぁぁ~っ」
緑色の肌ってだけでも気持ち悪いのに、なんか太い木の棒振り回して走ってきたよぉっ。
しかも一匹じゃないの!
逃げる瞬間に見た時に、五匹ぐらい見えた!
「もうヤダ。なんなのここっ。夢なら早く覚めてよぉ~っ」
こういう展開って、死んじゃうんじゃないの?
夢の中で死ぬの?
さっき死んだ夢見て、また死ぬのぉ~?
「誰か助けてっ」
「俺が助ける!」
──え?
ガサりと音がして、茂みから今度は──褐色肌の男の人が出てきた!?
颯爽と現れたこの人。手にはファンタジー漫画さながらに剣を持っていて、その上カッコいいの!
「俺の後ろにっ」
なんて言われたら、素直に「はい」って従うしかないでしょ?
「ギギッ」
緑色の肌をした小人はそのまま襲ってきて……。
怖くて目をぎゅっと閉じていたら、すぐに「もう終わった。大丈夫だったか?」という男の人の声がした。
恐る恐る開いた目で見えたのは、緑色の肌の小人が、キラキラと光になって消えていくところ。
「え……消えてる。やっぱり夢だから?」
「はぁ? 何を言っているんだ。これは夢じゃない。現実だ」
げんじ……つ?
いやいや、またまたそんなぁ~。
「だ、大丈夫か。さくら?」
「……へ?」
「いや、大丈夫かと聞いているんだ。頭でも打ったのか?」
「ち、違うんです。あ、あの……私の名前、どうして知っているんですか?」
そう尋ねると、褐色肌のイケメンお兄さんがはっとなって後ずさる。
な、なにこのお兄さん。なんだか怪しい。
急に視線を泳がせ始めたし、なんか物凄く都合の悪そうな顔してる。
「どうして知ってるんですか。やっぱりこれ、夢ですよね! だからあなたは私のこと知っているんだわ。そうに違いない!」
「ち、違うっ。これは夢じゃない、現実なんだ! いいか、お前は元の世界では死んでいるんだ。死んで、お前の願いを神様が叶えてくれたんだ」
「神様?」
「じーさんだ」
「おぉ、あのおじーちゃんかぁ──え?」
あれは夢じゃなくって、正夢?
いやいやそうじゃなくって、夢じゃなく現実──うえぇぇぇい!?
「げげげげ、現実っ」
「だからそう言っている。とにかく森を出るぞ。ここにいたら、また襲われるからな」
「まま、待って。現実だとして、あなたが私の名前を知っている理由になってない。全然なってなーいっ」
「ぐっ。気づいたか……。と、とにかく行くぞっ」
強引に私の手を掴んで歩き出すお兄さん。
褐色肌で、黒髪で、着ている服も真っ黒。唯一瞳の色だけが……。
「金色の目……。猫みたい」
ぼそりと呟いたその言葉に、お兄さんがビクっと反応する。
ギギギっと音が出そうな感じで、隣の私へと顔を向けてきた。
瞳の色だけじゃない。
ふふ。なんだかあの時の黒猫みたいに真っ黒ね。
「い、行くぞっ」
「うん」
彼に手を引かれながら森をどんどん進んで行く。
何が何だかまだよく分からないけれど、今はこの人についていくしかないよね。
「ねぇ、あなたの名前はなんて言うの? 私だけ名前がバレてるのって、ズルいと思うの」
「ズ、ズルいのか?」
「うん。ズルい」
即答するとお兄さん、困ったような恥ずかしいような顔をした。
「……クロ」
「くろ?」
黒猫のようなお兄さんの名前が、クロ?
「い、いや。クロードだ。俺は……訳あってお前を探していたんだ。ずっと──」
「え……」
真っすぐ前を見たまま、お兄さん──クロードは私にそう言った。
「い、今は話せないっ。とにかく俺が守ってやるから、森を抜けるぞっ」
「う、うん。分かった」
お、俺が守ってやるだってキャァーッ。
な、なにこれなにこれっ。きゅんってするんだけど!
やがて私たちは森を抜け、広い原っぱへと出た。
遠くに何か見える。万里のなんとかみたいな壁?
それを見ていることに気づいたクロードさんが「あれは町だ」と教えてくれる。
「そこに行くんですか?」
「あぁ。魔物がいない、安全な場所だ」
「魔物……さ、さっきの緑色の?」
「そうだ。あれはゴブリンと言って、雑魚だ」
雑魚なんだ……。
「お前、神様に何か力を貰わなかったか?」
「え、力?」
クロードさんは頷き、神様から特別に選ばれた魂には、ちょっとだけ力を授かって生まれ変われるのだと。
でも私、生まれ変わってない……。
「クロードさん、私……」
「さんは付けなくていい。なんだかこそばいからな」
「う……じゃあえぇっと……ク、クロード」
「なんだ、さくら」
ひゃあーっ。
男の人を呼び捨てにするのだって恥ずかしいのに、そんなスマイル顔向けられたら、めっちゃ恥ずかしいっ。
落ち着くために深呼吸っと。
……ふぅー。
「あのねクロード。私、生まれ変わってないの。生前の姿のまま、ここにいるの」
「あぁ、そうだな。そういうのを異世界転移って言うらしいぞ」
「そ、そうなの? 異世界転移でも不思議な力って、貰えてるのかなぁ」
「どうだろうな。お前、神様に何かお願いごとをしたか?」
お願いごとというか、欲しいものはあるかと聞かれたから──ぶきっちょな私でも、簡単に可愛い小物やアクセサリーが作れる魔法が欲しい──とは答えたんだけども。
そのことをクロードに伝えると「あぁだからか」と返ってきた。
「なにが『だから』なの?」
「お前は『ぶきっちょな自分でも』と答えたんだろう。つまりそれは、今の自分ってことだ。それで転生じゃなく、転移になったのかもな」
「おぉ! なるほど~。それで?」
おじーちゃんは願いを叶えるって言ってたわ。
あ、じゃあ私って、小物作りの天才になったの!?
あぁ、早く作ってみたい。試してみたい。
どんな風に作るんだろう。どんな物が作れるんだろう。
作りたいという気持ちが胸いっぱいに広がって、そしたら体がほわぁっと暖かくなってきた!?
それに体が光りはじめた!?
「ク、クロードッ」
「魔法? いや……錬金術か!?」
「れ、れんきん? いやぁん、これ、どうやって止めるの~?」
「直前に何を考えた?」
何って、何か作りたいって、そう思ったんだけど。
「小物を作りたいって、思ったの」
「小物? なんだそれは」
「えぇっと、アクセサリーみたいなもの」
「なるほど。分かった、これで何か作ってみろ」
そう言ってクロードは綺麗な石をポケットから取り出した。
緑色の、まるで翡翠のような宝石……かな?
あは。蛙にしたらすっごく可愛くなりそう。
受け取りながらそんなことを考えると、手のひらに載せた瞬間、それが変形し始めた。
そして私の掌には、イメージした通りの可愛い翡翠色の蛙がちょこんと座っていたのでした。





