秘密結社"国営"悪役代行係
少年は勇者に憧れた。
国のために戦い皆に称えられる、
そんな勇者になりたかった。
少年は努力をした。
誰よりも強くなろうと鍛錬を欠かさず、
素質もあってか彼は強くなった。
そして少年は青年になり、
勇者を志した彼は、国のために戦う身となった。
彼の想いとは、全く違った形で。
* * *
定食屋の暖簾を右手で押し上げ、僕は言う。
「おっちゃん、スライムスープ定食ひとつ!」
店の奥から聞こえてくる「あいよっ」という威勢のいい声を聞き、僕は後ろを振り返る。銀色で短髪の青年と、赤色の髪が胸ほどまで伸びた女性。僕の同僚のエルトとリルがそこにはいた。
「いつも思うがグレイ、お前よくそんなゲテモノ食えるよな」
エルトがやれやれといった様子でそう言うと、メニュー表を見るためにしゃがんでいたリルが返す。
「それは好き好きじゃない? そもそもエルトくんが食べなきゃいい話だし。あ、私は唐揚げ定食5人前で!」
立ち上がって彼女が元気よくそう言うと、エルトはため息をつく。
「だとしてもリル、てめえは食いすぎだ。そんなに食ってるとまた増えたって嘆くことになるぞ」
「ちょっとエルト、それどういう意味よ!」
そう言い、リルはその眼差しをキッと鋭くエルトに向ける。
「まあまあふたりともそのくらいにしておきなって。それよりもエルトもなにか頼みなよ」
このまま放っておいたら延々とケンカを続けそうだったのでさすがに仲裁して、話を別のものにすり替える。
「それくらいわかってる。ええっと、……日替わり定食ひとつ、お願いします」
僕らが勤務している会社から歩いてすぐのところにある定食屋、慣れ親しんだ店主の了解の声を聞き、僕たちは隅っこの円卓に座る。
「いつものことだけどさ、私は今日も仕事なかったよ。二人はどうだった?」
「僕もなかったよ。……なんかこれでいいのかなとは思うけれど、ないってことは平和ってことだしいいんじゃない? ……いいんだよね?」
リルが小さな声で言い、僕が返す。その声は僕らが聞こえるかどうか、ギリギリの音量。
そう。彼女が言うとおり、今日は出勤はしたものの昼休みになる今の今まで仕事という仕事を一切していない。……というかすることがなかった。
僕らの話を聞いたエルトが、こめかみを少し掻きながら、少し言いづらそうにしながら言う。
「あー、それだがもうすぐ仕事はいるぞ」
「えっ……エルト、マジ? そんなの聞いてないんだが」
エルト、そして僕も小さな声で会話を続ける。
「ああ、まだ全体には伝わってなかったか。ほら、俺はシナリオ書いてるだろ? だから先に回ってくるんだよ」
「どれくらい書き上がってるの?」
「だいたいは書き終わってる。もう少ししたら討伐隊編成して、事前に付近の魔物を弱体化させておく。……まあ、どのみちどこかの誰かさんのせいでシナリオが壊れるんだけどな」
「うっ……」
鋭い目つきで睨みつけながら、エルトは僕に向かってそう言った。
思わず目を逸らせてしまう。
「その……ごめんな……」
「まあ、想定外の事態が起こることは仕方がないし、それも含めて収拾をつけるのが俺の仕事だからな」
エルトはそう言ってくれるが、それでもやっぱり申し訳なく思ってしまう。
少し重い空気が僕たちの間に流れていると、その雰囲気を割り砕く気さくな声が聞こえるた。
「おうおう、兄ちゃんたち。仕事でなんかあったのかい? まあ、とりあえず注文の料理だぜ」
そんな声と共に、両手で超大量の唐揚げの乗った皿を持った店主と、二人分の定食を持った奥さんが来た。
「ありがとうございます」
「わあい! 唐揚げいっぱいだぁ!」
「……いつ見ても思うが、よくその量を食えるよな」
エルトのその声に、店主も「その量を食うやつはそう見かけねえなァ」と言い、ハッハッハッと笑っていた。ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしたリルだったが、再び唐揚げに視線を戻す頃には明るい表情に戻っていた。
「さて、それいじゃあいただきます!」
そう言って僕はスプーンを手にスープをすくう。青緑色した半透明の液体。食欲を減退させそうな見た目はしているが、これが結構うまい。
「エルトもひとくち食べてみる?」
「絶ッ対にいらん!」
「あははははは! 言うと思った」
スライムはさっきエルトが言っていたようにゲテモノに分類される食材で、僕だって緊急事態のときに初めて食べるまでは口に含もうだなんて思いもしなかった。このメニューも、店主の懇意で置いてもらってる。僕以外に頼む人、いるんだろうか。
そんなことを思いつつ、ください僕はもうひとくち口に含み、スープを飲む。パンをちぎって食べようとした、そのとき。
歓声が聞こえた。
「キャアアアアア! 勇者様よ!」
「こっち向いてー!」
「かっこいいー!」
店に入ってきた人物が誰なのか、即座にハッキリした。この国で勇者と祀り上げられているような人物はひとりしかいない。
キレイな顔立ちに金髪。王家の紋章が刻まれた鎧に見を包んだ青年。勇者エリオットだ。
絵に描いたようなイケメンの存在に、多くの女性が歓声を上げ、
彼の登場に、僕は慌ててフードを深くかぶる。
その様子を不審に思ったのか、リルが声をかけてくる。
「いきなりどうした?」
「いやー、ほら、いちおう俺ってさ、顔合わせてるじゃん? いつもとは違う格好とはいえ、……さ?」
「全く、グレイは心配性だな。……まあ、バレてここで問題事が起こるよりかはマシだが」
僕は彼らと絶対に顔を合わせないように、彼らに背を向け、食事を続けることにした。
「っていうか、監視はどうしてんだよ。ここ会社の近くなのに近づいてきてるって連絡入ってないぞ」
「たぶん会社には入ってんだろ。……俺らが外にいるから情報が回ってきてないだけで」
僕の愚痴に、エルトがそう返してくる。
「それより、平静を装うんだぞ。あくまで俺たちは一般人だ。一般人を演じるんだ」
「一般人を装うのはいいんだけどさ、アレほっといてもいいの?」
リルがそう言う。僕もちらっと様子を見て、ついでに聞き耳を立てる。
いつの間にか、どうやら勇者がチンピラたちに絡まれているようだった。……チンピラの主張曰く、どこかでナンパで引っ掛けた女たちが勇者のせいでそっちに釣られてしまったかららしかった。
「ほっとけほっとけ。俺たちが下手に手を出すのはまずい。それに、あれくらい自分でなんとかしてくれないと困る。まあ、こっちから意識がそれるから丁度いいんじゃないか?」
「んー、でも、かなり負けそうだけどいいの?」
「ハアッ!?」
エルトが大きな声でそう言って、慌てて手で口を塞いていた。
今なら注視しても大丈夫、そうリルに言われたので僕も様子を見てみる。
エリオットは自信満々ではあるものの、チンピラの攻撃をモロに食らっていたり、彼の攻撃は全くチンピラに効いていなかったりと、周りがざわつき始めるほどに劣勢であった。
「1人と3人で、人数差はあるけどさ。さすがにチンピラ相手に負けたとなると勇者の箔が落ちる……よな?」
エルトがそう小さく言う。リルが頷く。僕も頷く。
「つまりだな……これはやらないといけないってことだよな」
また、頷く。
「…………ハァ、臨時の仕事ってことか」
「安心して、手当は出すから!」
リルがグッと親指を立てる。エルトはため息をつく。
「そういうことじゃないんだよなぁ……ったく。いいか、俺たちは絶対にバレてはいけない。今からチンピラどもをなんとかするが、あくまで勇者がやったかのように見せかける。……いいな?」
僕らは互いに目を見合わせ、僕とリルは言う。
「了解」
* * *
勇者を知っているだろうか。
類まれなる力と多くの加護を受け、
悪を退け、民衆を守る。そんな存在。
――を、知らぬ間に演じさせられている、そんな存在。
その目的は勇者に集まる民衆の支持を、その勇者が事実上「勤めている」と言っても過言ではない国家への支持へとすり替え、王権政治による不信感を和らげるというものだ。
しかし、これには決定的な問題点がある。
それは、勇者がその存在を民衆に認められるのは明確な滅するべき悪がいる場合である。
そう、恒常的な悪の存在が必要なのである。
そこで、我々の出番である。
恒常的な悪役として存在し、勇者が勇者でいられるようにサポートする。
勇者たちの討伐対象をあらかじめ弱体化しておき、勇者が安全に戦えるように。また、我々が彼らの敵として立ちふさがり、わざと負ける。
必要に応じ、国王の了解の上で姫の誘拐なども行う。
これを知ったからには、もう退くことはできない。
改めて、弊社への入社に深く感謝する。
以下、弊社における制約について記す。
《秘密結社 国営悪役代行係 入社要綱より抜粋》





