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架空未来怪異譚


 “2035年、世界史上類を見ない少子高齢化によって我が国は、減り続ける労働力の代わりとするべく、AI技術の発達を急いだ。


 結果、必要な労働力を大幅に減らす事に成功する。

 今や、凡ゆる場所に機械化が行き届き、人間のする事といえば、一部の者が機械の統制を行う程度。


 つまり、人がほとんど必要なくなった。

 幾ばくかの優秀な人材だけで事足りてしまう。


 ならば、それ以外は不必要なのか……


 新たな問題の対策に、国は出生前診断に着目した。

 生まれた後に、優秀かそうで無いかを選別するとなると、人権が邪魔をする。

 ならば形式上、人と認めていない時点で選別を行えるように、技術を発展させてしまった。

 

 こうして、どこの病院でも診断が行われていった世の中。

 ーー堕胎した多くの子らは丁重に葬られる。

 だが、悲しきかな、どんな時代になろうと不法投棄は無くならない……“

 

***


 この山を訪れるのは、大量の人骨を棄てに来る無人のトラックだけ。ここに人間が来る事は滅多に無い。


 なのに、俺の目には男と子供の姿が映っていた。


「パパ、ねぇ、ここ入っちゃだめな場所じゃないの……」

 

 とても怯えた声だ。

 震える子供は痩せこけて、背丈も低い。

 ガラの悪い親らしき男は、肉付きの悪い子供の手を無理矢理に強く、強く、引っ張って山の奥へと進む。


 発せられたのが問い掛けだろうと、振り返らず男は先を急ぐ。


「うるさい、何でお前は良い子にしてられないんだ」

「ーーご、ごめんなさい」


 会話は端的に済まされ、以降は2人とも無言で歩き続ける。


 この先にあるのは、あの大穴のみ。彼らは俺の狩場へ何用であろうか?


「はー、着いた。へぇ、そうか確かにここならバレないな」


 覗く穴には千は下らない者の骸が、無造作に棄てられ、中央に溜まっている。所々、処理の甘かった遺体からは、鼻を突く悪臭が放たれていた。

 人であれば吐き気を催すだろう光景を見て、何故かご機嫌な顔を浮かべている男。


 カカッ、そうだ、子供よ。男の手を強引に振り解き、自由となった両手で口元と鼻を覆い苦しむ……その姿こそが正しい。


「ーーおい、こっちに来い」


 子供は、これから何をされるのか、怖くて仕方ないと言った顔をしている。

 しかし、男の恫喝的な声に逆らえない。逆らえばもっと酷い目に合うと分かっているのだろう、今にも気持ち悪さと恐怖で泣き出しそうな目のまま、男の元へと歩み出る。


 そして穴と男を前にし、子供はただ震える。


 ここに、気は熟したと思わさんばかりに、男は勢いよく子供に走り寄り、隠し持っていた包丁で腹部を突き刺した。

 そして笑いながら、痩せこけた子供を易々と穴へ投げ棄てた。


 恐怖と驚愕により、子供は抗えずに穴の底へと落ちていく……。

 その落下を眺める男が何かを叫び、足早に去っていった。


 ーー本当に可哀想だ。この穴は子供が抜け出すには深すぎる。それに、出血も酷かった。


 あぁ、あの子供は確実に死ぬだろう。

 死んだその時は、喰らってやろう。

 生きたまま新鮮な肉を味わうのも悪くは無いが、無駄な労力をかけるくらいなら、俺は死肉で構わない。

 

***


 ーー僕は親に殺される


 味わった事ない痛みがお腹を襲い、これは死に至る痛みだと証明するように、血が溢れ続けている。

 殴る蹴るのいじめの方が、マシに思えるくらい痛くて、辛くてたまらない。


 落下の勢いが無くなり、身体が完全に骨に埋まる。しかし、落下は止まれど、流れる血は止まってはくれない。


 最悪に痛くて、助けて欲しくて、なのに、頭は余計な事を考えるのをやめてくれない。


 ママやパパが優しかった頃を思い出し、でも最後に浮かぶのは、びりっけつで終わった運動会の日、パパが言ったあの言葉。

 「ーーあ? 生まれてきてごめんなさいだろうが! お前なんかを育ててやってるのに、優秀な奴らに何もかも負けてるとかふざけてんだろ、少しでも期待した俺らが馬鹿だった。

 若かったから、俺もあいつも勘違いしてた。人間やれば出来るってな……。結果はどうだ? お前は何一つとして他に勝るものがない。なのに努力もしない。勉強も出来なければ運動も出来ない……ゴミにも程があるだろ!!

 ああ、お前なんて生まれるべき人間じゃなかったんだ。こんな事なら、金なんて気にせず堕ろせば良かった。

 なぁ俺らに謝れ、謝って、どっかで死んでいなかった事になれ」


 つまり、そうゆうこと。

 僕は生まれるべきじゃなかった。

 言われた時は怖くて、何も言えなかったけど、すぐに謝るべきだった。

 今からでも遅くないかな……

 許してくれるかな……

 もうつらい、くるしいよ、しにたくないよ。


 まだパパが近くにいるかもしれないと、この声が届くかもしれないと信じて叫ぶ。


「もう、ママとパパにいわれなくてもちゃんとする。もっともっとがんばって何でも出来るようにするから。

 ごめんなさい、ゆるして、たすけてください、お願いします。

 

 本当に、おんなじ間違いは2度としません。ゆるしてください

 出来なかったこと、勉強も運動もぜんぶがんばるから


 ぜったいぜったいに、優秀なみんなに追いつくから、約束する。


 あしたから、今日までと違うひとになるから、

 ぜったいに負けないって、勝たないとしぬと思って、精一杯やって


 パパとママに生んでよかったって思わせるようなきもちでやるからーーーー助、けて」

 

 僅かに残された力を振り絞り声を荒げて、それで終わり。あるのは現実を突きつけるような静寂。その静けさは僕の心に留めを刺すように、この言葉を引き出させた。

 

 パパ、ママ……生まれてきてごめんなさい…………

 

 ーーでも、こんなのは、おかしい。


 ふと、劣る頭でも引っかかった事があった。

 僕はこんな世界に生まれたいと思ったことは無い。

 誕生の瞬間に、もしも僕がどうするかを決められたなら、間違いなく生まれてこない事を選ぶ。

 

 なのに、産んだのは誰だ?

 僕みたいなゴミを産んだのはぁぁああ゛ーーーー!!


 ーー疑問はここに怨嗟へと変わる。


***


 そろそろ頃合いか……。辺りを飛び回った後、見通しの良い木に止まり、先刻、子供が捨てられた穴を眺める。

 すっかり日は沈み、夜の帳が下りている。だが問題はない、人と比べて俺達は夜目がきく。

 

 先程から人語を語る俺は鳥だ。その中でもカラスと呼ばれる種類に当たる。

 昔は群れで生活をしていたが、頭の良かった俺は、日夜ゴミを漁る生活に耐えられなかった。

 もっと良い生き方があるのではないか、都会で生きるよりも良き地があるのではないかと、その果てにこの山へ辿り着いた。

 仲間を誘ったが、「狩りの技術が落ちる」とか「気味が悪い」と言う。此処で生きる方が楽な筈、この骨に群がるものどもを、油断してるうちに喰らう楽な作業だ。


 たまに、処理が甘く骨に付いたままの肉を喰らう内、ただでさえ良かった頭は一段と賢さを増した。今じゃ人間の言葉さえも理解出来る程に。それを断るとは愚かな奴らだ。

 

 ーーカカッ、話が逸れたな。さて子供を喰らうとしよう。


 黒翼を広げ木から飛び立とうとした時だった……全身を激痛が走る。痛みでバランスが崩れた体は、地面へ真っ逆さまに落ちていく。

 落下の間も翼を広げ姿勢を立て直そうとするが、突如、顔が膨張を始め、それは叶わなかった。

 成す術もなく地面に叩きつけられるも、全身を引き裂くような痛みのせいで、その程度の痛みは気にもならない。

 

 ーーーードクンッ


 どうにかして、自らに起こった事態を把握しようと、這いずりながら、先刻刺された子供の血で出来た血溜まりへと向かう。


 よどんだ血面に映っていたのは、人の面。能面のような無機質で薄気味悪い笑みを浮かべる、鳥とは似ても似つかない顔だ。

 目に飛び込んできたこの光景に絶句する。が、その暇さえ許されない。


 既に胴体までもがカラスの物ではなかった。一回りも二回りも膨らんだ己の肉体。黒い羽毛は残っているも、二度と空を飛ぶ事は出来ないだろう太い獣の腕。尾羽は変貌し、蛇の頭蓋が生えている。


「■■ァー、■■■ァァ゛ーー」


 余りにも様変わりした姿を嘆き、声を出そうとするが、親しんだ鳴き声すら俺には残されていなかった。

 それもそうか、人の言葉を理解する鳥が普通であるはずがない。きっと、あの肉を喰らった罰か何かだろう。


 ーードクンッ

 

 地に落ちてから、聞こえてくるこの音はなんだ……。何かの鼓動のようで不気味だ。

 だから、未だ痛み続ける体をその発生源……骨が棄てられている穴へと向けざるを得ない。


 すると、穴の縁に見えたのは、這い出ようとする青白い手。

 その異常な光景を目にして、俺は逃げ出す事も出来ないでいる。


 ーーいやだ、まだ死にたくない

 

***


 “即ち、あの場の誰も気付く事が出来なかった。


 意思なき子らにも魂はあり、成仏もできずあの場に留まっていたことを、

 恨むことも出来ず、何色にも染まらなかった魂は、1人の異物によって怨嗟に染まり、怨霊へ変わったことを、


 人は気づけない、魂を認識する器官がないから

 鳥は気づけない、その肉を喰らい混ざり合ってしまったから

 機械は気づけない、魂を観測する機能を持ち合わせていないから


 そして、世界は気づけない、科学に否定され滅びてしまった存在が、この世に生まれ直したことを……”


 ※この物語はフィクションであり、実際の世界は歩まない架空の未来です。

 

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