慣れないダンスをニューゲームと共に
「……マトモに撃ち合ったら勝てないな、これは」
「それはいつものことだろう? だって君は――」
……残りの言葉を聞こうともせず、僕は相手との距離を縮めるために踏み出す。
その動きに、一瞬反応が遅れるものの――
「炎獄!」
炎の海が目の前に広がる。
環状に発動するこの術式は、その派手な見た目からは想像がつかないほど高度な術式だ。
……あまり狭すぎても、広すぎても術式を発動した意味を成さないからだ。だからこそ、それを戦闘中に見極めることができるというのは優秀な魔術師の証と言えるだろう。
そんなことを思いながら、身体強化だけで炎の環を突っ切る。
こういうときは――――強行突破だ。
「……熱いなあ、流石に」
服があちこち焦げた気がする。学院の制服はある程度の魔法防御がされていて、ちょっとした魔術なら防ぐことができる。……が、これは防げなかったらしい。
「いくらなんでも突っ切ってくるとは思わなかったよ。――さすがはルクス・ティールといったところか」
「これぐらいならなんとかなる。それより服のほうが心配だ。高いんだよコレ……」
「……もう君を魔術師と呼んで良いか分からないね」
「そりゃどうも」
いや、別に褒めてないんだけどね……と言わんばかりの顔でしれっとトラップ術式を地面に仕込みつつ、後ろに下がり僕との距離を取る。地面からの魔術的な感触と勘を頼りにトラップを避けつつ、僕は彼との距離を詰めていく。
その二人の周りには誰もおらず、そこには魔術師と魔術師、一対一の真剣勝負だけがあった。
スリサズ魔術学院の修練場。普段は学院生に広く開放しているそこも、深夜ともなると人は居らず……こういった私的な用途にも使えるというのはもっぱらの噂ではあったが。
それにしても、こんなに激しくやりあっても様子すら見に来ないあたり、学院側も黙認しているということだろう。
「――!」
無詠唱で放たれる石弾の術式。不規則に放たれたそれを曲芸のようなステップで躱す。
今まで範囲攻撃的な魔術やトラップ術式といった「相手を近寄らせない」魔術で優位に立とうとしていたが、ここに来て一気にスタイルを変えてきた。
発動と同時にこちらへ飛翔してくる石の塊は攻撃魔術にしては単純なものではあるが――単純であるがゆえに十分すぎる性能をもつ。
と、息をもつかせずに石弾の術式が連続して放たれる。
術者によって無限とも思えるほどのアレンジが行われた石弾。その魔術は一見何が付与されているのか、どんな効果をもたらすのかなど見切るのは難しい。――だから避ける。できる限り被弾しないように。それを他の魔術の起点とされないように。
不規則なリズムで発射され続ける石弾。その間を縫って術者の――エイワズの懐へと走り込む。魔術による身体強化は十全で、ほんの少しの加速だけすればいい。……いくら相手も魔術で身体能力を強化しているとはいえ、人間である限り限界はある。認識と認識の隙間――――そこに付け入る隙がある。少なくとも、こういった近接戦闘の経験が少ない魔術師であれば。
石弾と、避けた先にあったはずのトラップ術式――そのすべてを躱され、距離を詰められたことに気がつき、防御術式を貼ろうとするが――遅い。
こちらはもう、準備ができている。
「――――!」
一気に加速し、5メートルの距離を懐まで詰め、無詠唱で石弾を無防備な身体に連続でぶち込み、防御魔術の発動を確認しつつ蹴り飛ばす。
鳩尾に防ぎきれない一撃を食らった彼は、意識を手放した。
「いい試合だった。ありがとう」
「こちらこそ」
そう言って起き上がる対戦相手に手を差し伸べる。アルフレッド・エイワズ――この学年で一番とも言える魔術師に。
「これでも戦闘には自信があったんだけど」
「……強かったよ、間違いなく。炎獄といい足元のトラップといい。エイワズはこの学年で最高の魔術師だろう」
本心から言ってるか? と笑う彼に曖昧な笑みで返す。
「……今度は君の魔術をじっくり見てみたいね。こんな勝負なんかじゃなく」
「まあ――機会があれば、な」
この学院に居るんだ。機会なんていくらでもあるさ、と。
そう言い残し彼は去っていった。
誰も居なくなった訓練場。その真ん中に寝転び天井を見上げながら考えにふける。
「君と一度戦ってみたい」と言われ、特に何か用意することもなく「いつでも良い」と言ったらトントン拍子で決まってしまった模擬戦闘。――模擬戦闘といっても実際は殺し合いの領域に足を踏み入れていたし、決闘と呼んで差し支えないだろうけど――ひとつでも間違えていればこちらが負けていてもおかしくなかった。
炎獄の完成度といい、近接戦闘に持ち込ませないようにできるだけ距離を取る戦術といい、それが通用しないと感じたらスタイルを変える戦闘への執念といい――学院に通う生徒としては完成されたレベルの魔術師だった。
綱渡りで行きあたりばったりの脳筋戦闘でなんとか勝つことが出来たものの、次にやれと言われれば難しいだろうし……今はまだ良いとしても今後通用するとは思えない。
なんでこんな苦労しなくちゃいけなくなったんだろうな……と。自分の置かれた境遇に少しだけ思いを馳せた。
「世界最強」と言われていた魔術師たちが居た。
魔王討伐の際、三人だけで前線に立ちつづけた異次元の存在たち。魔王直属の部下である魔将をほぼ全員蹴散らし、魔王まで討ち取ってしまった「伝説」の体現者たち。――その伝説は後世まで語り継がれ、いつしか魔術師たちの憧れとなっていった。
剣術に魔術を応用させた近接戦闘を得意としていたギルベルト、治癒術式と補助魔術を極めていたフィーナ・ソウェイル、そして大規模な魔術の行使を得意としていたルクシア。魔術師たちの頂点とも言える存在。
……その三人が実際に存在したのは約三百年も前の話だ。そしてその魔王とその軍勢を倒した四人の魔術師――伝説として語り継がれるのは三人だが――その中でも、特に大規模な魔術の行使に秀で、破滅の魔術師とも言われていたほどの俺はある魔術を生み出した。
――「転生」
記憶や自我を持って生まれ変わることのできる、運命を書き換える術式。死に際になると自動で発動するように設定したそれはうまく機能したらしく、大掛かりな実験としては成功の部類に入ったのかもしれない。
ただ、ひとつのミスを除いて。
* * *
人――とくに魔術的な素養がある人間はいくつかの魔術的な体質に分けられる。それは生まれつきのもので、変えることのできない不思議な部分のひとつだ。
前世の俺は魔術師としては苦しい戦いをしていた。……高火力な魔術を発動するために必要な「マナ」を身体に取り込むのが難しい体質だったからだ。
文字通り命を削って魔力に変えて戦うことも多く、とにかく魔力の補充に悩まされていた。だから、生まれ変わるならもっと楽に強くなりたかった。――「マナを取り込みやすい体質」に生まれ変われるように。
ただ、理を捻じ曲げ転生した罰というかなんというか……今の世界ではマナを取り込みやすい体質は魔術師としては三流以下の体質になってしまっていた。
……三百年という年月は残酷だ。
魔王が消えてから徐々にマナが世界から減っていき――大規模な魔術の行使どころか戦闘で使われていた多くの魔術の行使が難しくなってしまうほどに――マナの存在は薄れてしまった。
もちろん、完全に無いわけではないので生活で使うような簡単な魔術はマナによって行使されているが……戦闘向けの魔術はほぼすべて体内にある「オド」によって行使するようになっていた。
そんな世界でマナの取り込み効率がよい体質など役に立つ訳もなく。今ではただのハズレ体質として忌み嫌われるまでになっていた。
貴族はそんなハズレ体質の子を成さないよう、徹底した血の管理を行っているのだが……転生した貴族家――地方の子爵家ではあるが――そこの先祖が今やハズレとも言われている体質で相当な武勲を上げて陞爵されたそうで。まあ、なんというか。……先祖返りだからどうしようもない、と。家からも、学院からも期待されていなかった。
そして、今。そんなハズレ体質の転生魔術師はこんなあだ名で呼ばれていた。
「ステゴロ魔術師」と――。





