落ち着いたロンドン
翌日。平日なので、一時間だけログインする。まぁ、現実の一時間だからこっちでは一日なのだけど。
こっちではあれから一ヶ月近く経っている。だから、何かしらの変化があってもおかしくない。
「まずは新聞の入手からかな。後、下宿の家賃も払っておこう」
年単位で借りるので、一年分を先に払っているけど、大体十五日くらいで一年が経つので、定期的に更新しておかないと、いつの間にか契約が切れているという可能性が出て来る。引き落としとかだと楽なのだけど、そんなシステムはない。導入して欲しい。
そんな事を思いながら、更新を済ませて外に出ると、前よりも人の往来が多くなっていた。その服装が全く異なっているため、それがセレファイスの住人達である事が分かる。
「ヴィクトリア女王陛下とクラネスさんの交渉は上手くいった感じかな」
こういうところを見ても色々と察する事が出来るけど、ちゃんとした情報が欲しいので、新聞を売っている人を探して入手する。
新聞の内容には、ヴィクトリア女王陛下の快復とセレファイスの王であるクラネスさんとの交渉の結果が書かれていた。
しっかりとロンドンの自治を認めつつ、こちらの世界での暮らしに順応できるようにサポートを受けるという形になるらしい。ロンドン側は、工業製品の共有をする形らしい。
「そうだ。浄化機を設置しておかないと」
まだ環境汚染には至っていないけど、確実に悪くはなっているはずなので、これの設置はしておきたい。そのための交渉をするために、ワトスンさんの力を借りようと思い、ホームズさんの下宿にやって来た。
「こんにちは」
「ん? ああ、君か。何か事件か?」
「いえ、環境汚染とかの問題を解決できる機械があるので、その設置をしたいなと思ったんですが」
「ふむ。交渉するには自分の信用度が足りないという事か。そういう事はワトスンが適任……いや、ワトスンを頼りに来たという事だな。だが、今は診療所で仕事中でな。このくらいなら僕でも出来るかもしれん。話を付けにいこう」
こちらの言いたい事を全て当てて、ホームズさんが付いてきてくれる事になった。交渉する先は、工場を取り仕切っている工場長だ。私が何も言わなくてもホームズさんはテキパキと交渉をしていき、浄化機の設置許可を取りなしてくれた。
「そんな小さな装置で空気が綺麗になるんか?」
「はい。ここから出て来るものが空気中に含まれる有害物質を除去してくれます。工場の煙突に置いたら、ちゃんと機能すると思います」
「ふむ。有害物資を出ないようにする研究もしているところだが、それまでの間出し続けるのもどうかと思っていたところだ。設置を頼む」
「はい。ありがとうございます」
私は【熾天使翼】を広げて、煙突に向かっていく。その煙突に設置して、落ちないように金属を操作して接合し機能させる。こうして有害物質の除去が始まる。
「これで少しはマシになるかな」
設置を終えた私は地上に降りる。すると、周囲から物凄い注目を集めていた。霧がなくなったら、どこからでも見えるようになっている。私が羽を三対も出して飛んでいるから、注目の的になったみたいだ。
やっぱり、こういう人間がいないところだったから、かなり異質な存在として見られるって感じかな。
「設置終わりました」
「お……お、おう。ありがとうな。そうか。嬢ちゃんが霧を晴らしたっていうのは本当なんだな」
ホームズさんの交渉でその事を伝えたからなのか、工場長も知っていた。まぁ、あの時【反転熱線】を放った瞬間も【熾天使翼】だったし、霧もなかったしで目撃はされていたから、これが答え合わせになったっていうのもあると思う。
「偶々ですよ。許可をくれてありがとうございました」
「いや、こっちも助かる。ありがとうな」
これで工場長とは別れる。
「ふむ。あれから聞く機会を失っていたから訊くが、最後にモリアーティを消したあの光は何なんだ?」
二人になったところで、ホームズさんがそんな事を訊いてきた。結構いない時間があったし、諸々他にも起きていたから、訊くに訊けなかったみたい。
「えっと、【反転熱線】っていうもので、私の中の光の力と闇の力を融合させて、全てを消滅させる熱線にして放ったものです」
「……意味が分からんが、触れると消滅するものという事か」
「そうです。断罪の剣での存在の消滅は出来ませんでしたが、物理的に存在するのなら、【反転熱線】の方で跡形もなく消し去れると思ったんです。見た感じジェームズ・モリアーティが復活しているって事もないですから、他にジェームズ・モリアーティに力を貸す存在がいないって事ですよね?」
【反転熱線】の説明をしたので、今度はこっちも確認しておきたいと思っていた事を訊く。
あれから一ヶ月近くも経っているので、ジェームズ・モリアーティが復活していたり、他の怪物が出て来ていたりしていないかが気になっていた。
「ああ。モリアーティ自体も復活していないからな。力を貸す存在は、今君の身体に入っているという者だけだったのだろう。モリアーティ由来で出て来た化物も既に君達が討伐してくれたので全部のようだ」
「そうでしたか。それは良かったです。それじゃあ事件の方もあまり起きなくなりましたか?」
「いや、それはない。霧がなくなったとしても結局は人間だ。事件は起こる。そうだ。一つの事件が解決したぞ。君も関係ある事件だ」
「私も……バネ足ジャックですか?」
「ああ」
結局何もなかったなと思っていたバネ足ジャックの事件が無事に解決したらしい。この感じだとただの人が事件を起こしていただけなのかな。
「奴は霧という状況を利用して犯行をしていた。君も霧のせいで見失ったと言っていただろう?」
「はい」
「そもそも人間が垂直跳びで何メートルも飛べる訳がない。どれだけ鍛えたとしても、屋根までは不可能だ。そう思っていたが、別の達人なら話は別だ」
「え? もしかして跳んでいるように見せ掛けて、凄い勢いで壁を登っていたとかですか?」
「その通りだ。壁際で大きく跳び、凄まじい勢いで上っていた。実際に見たから間違いない。霧で視認性が悪いという事もあり、君でも騙されてしまった訳だ。こうして霧がなくなれば、簡単に捕まる」
「はぁ……若干拍子抜けですね」
「事件というのはえてしてそういうものだ」
バネ足ジャックの最後も呆気ないものだった。私が跳び上がっているように見えていたのも、霧による視界不良から来た勘違いだったみたい。まぁ、解決したならそれで良いか。




