傘にぶら下がって
走り出したのと同時に、アカリの身体に力が入って、より密着した。少し走ると背中に強い風を感じ始める。そして、それは暴風へと発展した。私の走る速度が上がり、普段よりも速い速度になる。ステータスが下がっていなければ、もっと容易く走れたけど、現状だと、足を縺れさせないように走るので精一杯だ。
「……もっと勢いを足そうか」
「えっ!?」
アカリが驚く声が聞こえるけど、それを無視して、さらに加速するために、下り坂では普通しないような大股で、加速していく。縺れないように意識しつつ、どんどん加速していくと、すぐに暴風領域を突破。崖が見え始めた。
「アカリ、しっかりと掴まってね!」
「うん!」
アカリがしっかりと掴まっている事を信じて、上体を支えている方の手を放し、日傘を掴む。そして、地面の終わりで思いっきり踏み切った。私達の身体が、空中に飛び出す。先程までの勢いもあって、思ったよりも飛距離が出た。走り幅跳びで言えば、世界記録を大きく超えていると思う。
浮遊感から一転、重力を感じ始める。
「~~~~~っ!!」
アカリが声にならない悲鳴を漏らす。それを聞きつつ、日傘を広げると、落下の慣性を感じる。左肩が外れるかと思う衝撃だ。日傘は、まだ生きている。アカリは、この間に身体の向きを変えて、私の右の方に移動する。それを受けて、すぐに、アカリの腰に手を回して、しっかりと固定した。
落下の速度が落ちるけど、アニメなどで観るようなふわりとした感じは一切なく、落下速度は速い。
「これは、ちょっとヤバイかも」
「ギリギリで、手を放して。私の方でも受け身を取ってみるよ」
「生き残れるかな」
放物線を描いて落下する私達は、悪路の途中に着地する事になる。その中から、なるべく着地しやすい場所を出来る限り選ばないといけない。どこに下りるかを見極めていたその時、私の耳に微かに声が聞こえてきた。
「【ウィンドカーテン】【ウォーターウォール】」
風の幕のようなものを通ると、落下速度が少し落ちる。次に、水の壁に侵入して、また落下速度が落ちる。日傘が水の抵抗を受けて、さらに落ちる。それでも、落下速度が速いのは変わらない。ただ、先程までよりも、かなりマシになっていた。
これなら着地出来ると判断して、アカリに手を放すと伝えようとすると、その前に身体に衝撃が走った。その原因は、人に受け止められたからだ。私とアカリを一遍に受け止めたその人は、難なく着地して、地面に下ろしてくれる。
「相変わらず、無茶が好きみたいね」
呆れたような声でそう言うのは、黒いボブカットと黒い瞳をした女性だった。ただ、最大の特徴は、そこではなく、頭部から生えた三角形の猫耳と腰付近から生える細い猫の尻尾だった。初めて近くで見るけど、獣人のプレイヤーだ。
私は、その姿に、少し見覚えがあった。そう言っても、ワンオンの中で出会った人じゃない。
「もしかして、ゲルダさん?」
「そうよ。全く……空から何か降ってくると思ったら……あなた達二人の容姿を聞いていて良かったわ」
そう言いながら、私達の頭を撫でてくれるゲルダさんは、フレ姉のギルドのサブマスターをしている人で、フレ姉の幼馴染みだ。つまり、私の小さい頃からの知り合いでもある。
「でも、どうしてゲルダさんが?」
「ちょうど洞窟の探索から、一時的に帰ってきたところよ。全く、フレイには連絡しないでおいてあげるけど、あまり、こんな無茶をしちゃ駄目よ。傘で下りてくるなんて、どこの乳母兼家政婦を目指してるんだか」
「?」
何の事を言っているのか分からないので、首を傾げざるを得なかった。
「例えが古すぎたわね。そこまで世代の差はないと思っていたけど、地味にショックね」
「ゲ、ゲルダさん……」
小さな声で、誰かがゲルダさんを呼ぶ。その人は、ピンクの長い髪をした小柄な女性で、小さな杖を両手で握りしめて、こっちに駆け寄ってきた。
「ピニャ。さっきは見事だったわ」
「あ、あ、ありがとうございます!!」
ピニャさんは、顔を真っ赤にして頭を下げる。ピニャさんは、他のゲームでもフレ姉のギルドに所属しているプレイヤーで、私もゲームの中で何度か会った事がある。
「お久しぶりです、ピニャさん。先程は、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「はわわわ、ハ、ハクさん、アカリさん。ど、どど、どういたしまして!!」
声の音量が大きくなったり、小さくなったりしている。ギルドに入ってからマシになったと聞いたけど、人付き合いが苦手なのは、変わらずみたいだ。私と違って、直そうと努力しているところは尊敬出来る。
「お~い、ゲルさん! こっちに安地があったっすよ!」
下の方から、男性の声が聞こえる。下を見ると、全身鎧を着た金髪の男性が手を振っていた。多分、あの人は、ギルドメンバーのランサスさんだ。いつもあんな感じだったし。
「って、おっ? ハクちゃんとアカリちゃんか!? 久しぶりだな!」
そう言ってランサスさんは、大きな声で笑う。ランサスさんも相変わらず元気な人だった。その後ろには、ローブを羽織って、眼鏡を掛けた青髪でインテリ風の男性が立っていた。ランサスさんと一緒にいるから、多分同じギルドメンバーのアーサーさんだと思う。無口な人で、あまり話した事はない。でも、嫌われている訳では無い。その証拠に、こっちに手を挙げて挨拶された。
私とアカリも頭を下げて、挨拶を返す。そして、隣にいるゲルダさんの方を向く。
「フレ姉とは、別行動なんですか?」
「そうよ。複数の入口を発見したから、班分けして行動しているの。私達は、そこの入口から調べていたのよ。でも、一パーティーじゃ無理ね。奥に行けば行く程、モンスターの数が増えて、手が足りなくなるわ。恐らくだけど、この洞窟自体がレイド用のもの。複数パーティーの協力を前提としたものだと思うわ……っと、ちょうど良いわね。フレイからメッセージが来たわ」
ゲルダさんはそう言って、フレ姉から送られてきたであろうメッセージを読み始めた。
「向こうも私と同じ結論に至ったみたいね。二パーティーもいれば十分だそうよ」
「二パーティー……私達二人じゃ、無理だね」
「ね。大人しく入口で、レベル上げをしているだけにする?」
さすがに、二人で二パーティー分の仕事をするのは、不可能だ。そんな事が出来たら、三体のシャドウ相手に負けていない。
アカリの言う通り、入口で一体のシャドウ相手に戦うのが一番有意義だと思う。
賛同しようとした瞬間、私よりも前にゲルダさんが口を開いた。
「それなら、私達と一緒に行くのはどうかしら? フレイからも言われているでしょ?」
「ただ付いていくだけにはなりたくないので」
「ええ。そこは考慮するわ。アクアを誘えば、あそこのパーティーも付いてくるでしょ。後は、私とフレイが、あなた達と同じパーティーに入れば解決よ」
「えっ……それって、大丈夫なんですか?」
アク姉に連絡する事は、ひとまず置いておいて、フレ姉とゲルダさんがパーティーを抜けて、私達のパーティーに入るというのは、どう考えても向こうのパーティーに迷惑だ。だから、そんな事をして平気なのかは確認しないといけない。
「大丈夫よ。うちの面子は、私達がいないくらいで崩壊する程弱くないわ」
「そうだぞ。ずっと、姐さんとゲルさんがいるわけじゃないんだ。俺達だって、二人がいなくても戦えるっての」
近くまで登ってきたランサスさんが、ニカッと笑いながらそう言う。確かに、常にフレ姉達が一緒にいるわけじゃないので、それだけでやっていけなくなるという事はないのかも。
「そ、そうです! だ、大丈夫ですよ!」
ピニャさんは、少し手を震わせながらそう言い、後ろでアーサーさんも頷いていた。
「分かったわね。アクアからも返信が来たわ。パーティーメンバーも全員賛成で、こっちに合流してくれるみたいよ」
いつの間にかゲルダさんが、アク姉に連絡していた。こういう時の行動の早さは、フレ姉と似ている。
「フレイにも連絡しておいたわ。今頃、全速力で戻って来ているんじゃないかしら。まぁ、元々合流して情報の摺り合わせをするつもりだったから、連絡しないでも、そろそろ戻って来る予定ではあるけど」
「それじゃあ、お言葉に甘えます。アカリは、それでも良い?」
「うん。私は良いよ」
アカリからも許可を取った。成り行きでだけど、私達は、フレ姉とアク姉と一緒に探索をする事になりそうだ。




