いざ上級エリアへ
山を登る上で、私達はもう一度頂上を見上げた。そして、颪を浴びて、また身体に変な感覚が襲ってくる。鳥肌が立つという面では、ただ単純に寒いだけかとも思えるけど、正直、鳥肌が立つ程寒いというわけではない。
「やっぱり変」
「何が?」
「この風だよ。何かぞわぞわとする」
「全然分からないや。それって。【吸血鬼】が関係していたりしない?」
私が持っていて、アカリが持っていないもの。その中でも最たるものは【吸血鬼】だろう。アカリが、真っ先に指摘したのも分かる。
「って事は、この風に聖属性が関わっている?」
「かもね。エルフの血と同じようなものだから、変な感じだけで済んでいるとか」
「それって、この前の慣らしがなかったら、ダメージを受けてるって事? そんな闇の住人に嫌がらせめいたことする?」
「そもそも【吸血鬼】に進化すると思ってなかったとかは?」
「あんな意地悪な設定にしたから?」
「うん」
アカリの言っている事は、あり得ないと切り捨てる事が出来なかった。その理由としては、【吸血】から続いているハードルの高さだ。常人に、あの不味さは耐えられないだろうし。
「確かにね。でも、闇に属するのは、【吸血鬼】だけなのかな?」
「そればかりは分からないなぁ。でも、まぁ、ダメージがないなら良いんじゃない?」
「せっかく良い場所なのに、気持ち悪い」
「我慢我慢。ほら、山の様子を確認しよ」
「分かったよ」
アカリと一緒に山への一歩を踏み出す。敷かれた山道などないので、険しい岩道を歩いていく。
「ゴツゴツしてるし、上手く歩きにくいね」
「本当にね。モンスターの気配もあるけど、山の表面っていうより、山の中?」
慣れない【感知】でモンスターの場所を探ると、山の表面にいるというよりも山の中にいるという方が納得のいく気配の配置になっていた。
「うん。気配は、山の中にある。考えられるとしたら、山の中にいるゴーレムか、山の中に洞窟があって、そこにモンスターがいるかだね」
「それなら洞窟かな。ゴーレムだと、ここから転げ落ちそうだし」
「それはそれで脅威だけどね」
「確かに。取り敢えず、目指すは山頂で、洞窟があったら中に入ってみるって方向で良い?」
「了解」
アカリからの了承も貰えたので、山の頂上と洞窟を目指していく事に決まった。
自分の身長程もある段差を乗り越えつつ登っていく。
「あっ……」
アカリが声を零したので、アカリの方を見る。アカリは、ある方向を見ていたので、その視線を追う。すると、そこには山に開けられた穴が存在した。どこをどう見ても洞窟の入口だ。
「よく見えたね」
「うん。月明かりがあるから、ある程度は見えるよ。ほら、行ってみよ?」
「うん」
私達は、その洞窟の入口に向かった。取り敢えず、すぐに中に入る事はせず、中を覗き見る。
「あれ? 意外と明るい?」
アカリの言う通り、洞窟の中は、そこそこ明るい。あの双刀の隠れ里に向かう真っ暗な洞窟は全く違う。明るい理由は、壁にあった。壁自体が発光していて、周囲を照らしている。照らしている壁は、少し奥から始まっているので、洞窟を覗かないと明るさを確認する事は出来なかった。
「どう思う?」
「松明を持って戦闘する事が困難だと考えた制作者が、壁を発光させる事で視界を確保した」
「つまり、片手が松明で塞がった状態では、勝てないであろうモンスターが出て来るって感じだね。本当に厳しい戦いになりそう」
「準備は良い?」
「いつでも」
私達は頷き合って、洞窟に脚を踏み入れる。そこで一つ気付いた事があった。
「あっ、気持ち悪い風が止んだ。ふぅ~、気分良い!!」
「ああ、颪だったから、洞窟の中には風が吹かないんだね。ハクちゃんが、元気になってよかった」
「別に気持ち悪いだけで、元気がなかったわけじゃないけど」
「そんなだったかな?」
「そんなだったよ」
アカリの目からは、私は元気がないように見えていたみたい。確かに颪の気持ち悪い感覚に辟易していたけど、特に元気がないつもりはなかったのだけどね。まぁ、心配してくれていたみたいだから、ちょっと嬉しいかな。
「ハクちゃん、そろそろ」
「うん。分かってる」
洞窟を歩いていき、とうとうこの山のモンスターの近くまで来ていた。モンスターの索敵範囲に入ったようで、こっちに向かってきているのが分かる。洞窟の道の先からこっちに来たモンスターは、人型のモンスターだった。黒い身体に剣を握っている。名前は、ソードシャドウというみたい。
名前と見た目で判断するに、剣を持った影というところかな。
「夜霧の執行者の中身かな?」
「あんな感じなの?」
「まぁ、だいたい」
黒い霧的な感じだったから、見た目が影のソードシャドウが若干似ている感じがしなくもない。
ソードシャドウは、私達を目視して、速度を上げた。あの身体に目があるのかは疑問だけど。
「アカリ!」
「うん!」
私は、すぐに血刃の双剣を構える。多分、やろうと思えば、あの身体を吸う事は出来るけど、操血で操れるかどうかは微妙だ。さらに言えば、【血装術】の効果範囲に当てはまるかも疑問だ。
だから、別の方法で武装する。血刃の双剣の柄頭を親指で押す。すると、私が握っている柄から棘が出て来て、私の手のひらを貫く。出血状態になった私から、血を抜いて、【血装術】を発動する。
これが、私がラングさんに頼んでいた血刃の双剣の機構。自分で自分を刺すのに一々刃を使うのではなく、手軽に出来るようにしたいという考えから、付けてもらった。三度血を取って、二つを【血装術】に使い、もう一つを自分で飲んで回復した。
その間に、ソードシャドウがすぐそこまで来ていた。大きく振りかぶって、剣を振り下ろしてくる。私とアカリは、左右に分かれて避けた。
すぐに攻撃に移ろうとした瞬間、ソードシャドウの剣が跳ね上がって、私の方に振り上げられた。私は、左手の短剣で受け流しつつ、右手で斬りつける。斬った感触は悪くない。ソードシャドウを構成している影が斬れて割れたけど、次の瞬間には、影が間を埋めて元通りになった。一応、肉体的な実体はないけど、きちんとダメージは通るみたい。そこだけは安堵した。
でも、他に問題がある。それは、ダメージの通りが悪いという事だ。さすがに、上級エリアともなれば、そう簡単にダメージを与える事は出来ないみたいだ。
ソードシャドウは、再び振り上げた剣ではなく、空いている左手で殴ってきた。ギリギリのところで身体を反らして避けたけど、予想外の攻撃にびっくりした。
私に集中していたソードシャドウの背後から、アカリが細剣を突き刺して、上に斬り上げる。ソードシャドウの上半身から頭頂部に掛けて、ぱっくりと割れるけど、すぐに元に戻る。
この攻撃でアカリの方にヘイトが移ったのか、ソードシャドウがアカリの方を向く。その隙を突いて、身体を回転させ、ソードシャドウが持っている剣を思いっきり蹴った。
すると、唯一完全な実体を持つようで、思いっきり吹っ飛んでいった。
ソードシャドウはその剣を追って走り始める。
武器を持っていないその状態は、私達にとって格好の的だ。高速移動で近づいて、膝を斬り裂く。それでも、ソードシャドウの動きは止まらない。部位攻撃による行動阻害は効かないみたいだ。なら、ひたすら攻撃をし続ける。
アカリと左右で挟んで攻撃をしていると、ソードシャドウが剣を拾う。その動作に繋げて、剣を振り回してくる。何とか攻撃を防いで、後ろに退く。
この攻防で、ようやく二割削れたくらいだ。ブラックレオパルドなら、既に倒しているか七割くらい削れているくらい攻撃したはず。改めて、耐久力の高さを実感する。
「どう?」
アカリから短く訊かれる。何を訊かれているのかは明白なので、普通に答える。
「あの剣をひたすら蹴り飛ばせば、一方的な攻撃は出来るけど、下手に飛ばすと他のモンスターのところに行きそう。普通に正攻法で勝てるようになるのが、第一目標だと思う」
「了解」
この会話を待ってくれたのか、こっちを警戒していたのか分からないけど、会話の終了と同時にソードシャドウが突っ込んでくる。
私が前に出て、ソードシャドウの突き攻撃を双剣で受け流す。その私の後ろからアカリが飛び出す。
「【スプラッシュトラスト】」
アカリの連続突きで、ソードシャドウの身体が穴だらけになる。技後硬直で固まるアカリの前に出て、振り下ろされるソードシャドウの攻撃を受け止める。
「重っ……【アタックエンチャント】」
さっきから受け流してばかりだったから、真っ向から受け止めてみて、その攻撃の重さに驚かされた。力を上げて、アカリが動けるようになるまで耐える。
技後硬直が解けたアカリも加わって、ソードシャドウの剣を弾く。
「【スピードエンチャント】」
速度を上げて、連続で攻撃をしていく。息もつかせない程速く攻撃していくと、ソードシャドウは、剣を使って攻撃を防いでいた。その防御も間に合わない程の速度になると、ソードシャドウは防御をやめて、蹴りを入れてきた。お腹に直撃する直前に、硬質化で固めておいたので、吹き飛ばされはしたけど、ダメージは最小限に留める事が出来た。
吹き飛ばされた私と変わるようにして、アカリがその首を斬る。斬ったところで、首を切り離せる訳じゃないので、すぐに元に戻ってしまう。
アカリはお構いなしに、頭の原形が留まらないくらいに細剣で突く。そんなアカリを両断するために、ソードシャドウが横薙ぎに剣を振る。
すぐさま、間に割って入った私が剣を受け止める。
「【クロススラッシュ】」
アカリの剣が、ソードシャドウを十字に斬る。そこで、ソードシャドウのHPが残り一割になる。
私は、渾身の力で、ソードシャドウの剣を弾き、ソードシャドウに一歩近づく。
「【双月】」
双剣を振り下ろして、ソードシャドウを斬り裂く。【執行者】の効果もあって、ソードシャドウを倒す事が出来た。
上級エリアで初めての戦闘は、ここまでのどの戦闘よりも遙かに苦戦する結果となった。




