殺人事件 ①
テレビをつけると、今日もあまりいいニュースはないようだった。
『今日未明、絵州市〇〇で男性が遺体で見つかった事件について、男性の身元が判明しました。亡くなっていたのは市内在住、職業不詳の渡辺一郎さん―』
チェックのシャツワンピにスキニーデニムという出立ちの凪は、隣のフード付きのパーカーにチノパンというスタイルの弟を見やった。
洸も凪を見返す。別に姉弟でなくても、この場合お互いが考えていることが同じだと予想するのは簡単だった。
―この服装、間違いじゃね?―
2人が連れてこられたのは、絵洲駅前ではよく知られた中華料理店。
絵洲市内で最も高いビルの最上階にあるその店は、『市内で最も高い場所にあるレストラン』を謳っているが、お値段の高さも有名である。
丸いテーブルを囲むのは、凪たち姉弟と、西崎、本郷、そして国会議員の伊達守清友だった。
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「伊達守さんが、一度会いたいそうなんだ。都合、つけてくれないか」
西崎から初めての着信に、かなり動揺しながら電話に出た凪は、その言葉の意味を理解するのにしばらくかかった。更に、
「できれば洸も一緒に」
の言葉に
「はぃ?!」
若干かすれた声が出る。
洸が個人的に西崎に会っていたこと、神代翔太のことを伝えていたことも、凪はこの時、初めて知った。
この後、速攻で怒りの電話を洸にかけたことは言うまでもない。
ただ、そこで更に、
「オレ、時々未来が見えるんだ」
との弟の告白を受け、怒りを通り越して、頭が真っ白になった。
「情報過多にもほどがあるでしょうが!!あんた、何考えてんの!!」
怒鳴りつけながら、内心、嘆息した。完全に洸の作戦勝ちだ……
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そうして今日、半ば諦め半ばヤケクソの気分で待ち合わせ場所に辿り着くと、連れてこられたのがこの店だった。
(事前情報……聞かなかったあたしが悪いのか……?)
西崎と本郷はスーツとまではいかないが、ジャケットスタイルで、この場でも浮いていない。
(こういう店に来ると知っていれば、我々ももう少しまともな格好を……)
隣の席の洸をチラチラ見ながら思ったが、そこで自分はともかく、弟がこんな場所に相応しい服など持っていないことに気がついた。
まあ、伊達守議員は2人の戸惑いなど一笑に伏し、
「そんな堅苦しいお店じゃないから」
とは言ってくれたし、現在のテーブルが少々、重たい空気で満たされているのも、2人のせいではなかった。
2日前、絵洲市で事件が起こっていたのである。
「先に嫌な報告をさせてもらうよ」
食事がある程度澄んだところで伊達守が切り出した。
そこまでの間、洸の能力のことや、翔太のこと、凪の翼のことなど、話すことはいろいろあったのに、伊達守が敢えて突っ込んだ話にせず、当たり障りのない話ばかりしていることに、全員が気付いていた。
まずは心置きなく食事を、という伊達守の配慮だったらしい。
「元太さんが、今頃警察に行っているんだよ」
深く一呼吸ついた伊達守はそう切り出した。
誰も何も言わなかったが、全員息を飲んで目を見開いた。
「おとといの殺人事件のことは知ってるね?」
それが、おとといの早朝、繁華街のはずれにある工事現場で男性の死体が見つかった事件のことだと、凪はすぐに分かった。
ジーズ・バーからも歩いて行けるくらいの場所だ。
首には絞められた跡があり、死後まだ数時間しか経っていなかったという。ネットニュースには首が完全に折られ、不自然な形に曲がっていたなどという、ちょっと胸が悪くなるようなことまで書かれていた。
凪が知っているのは、その後男性の身元が分かったというところくらいまでだが、身近で起きた事件だけに興味はある。ただ、それにジーズのマスターが関係していると……?
「被害者の渡辺一郎さんは、元対策室の職員だ。それも須藤の直属の部下だった人なんだよ」
思わず凪は本郷と顔を見合わせた。
少なからず、須藤の事件の関係者ということか。まさか、また身近で対策室の職員が絡む事件が起きるとは。
「高野くんの妹さんからは、何か連絡あったかな?」
伊達守が凪と本郷を見比べる。
(そうか、愛凪ちゃんと一緒に仕事してた人なんだ。じゃあ、もしかしてあの時、鮮昧にも……)
本郷と一緒に首を振りながら、凪は愛凪の歓迎会で対策室のスタッフたちが鮮昧を訪れた時のことを思い出していた。
(あの時は、いきなりウィンガーの人が来てビックリして……とにかくあんまり目を合わさないようにしてたからな〜)
自分がウィンガーだとバレない自信はあったものの、意識して接客を避けていた記憶がある。一緒に来ていた須藤の部下の桜木隼也は当時、凪のルームメイトの未生と付き合っていたが、凪はあまり好きではなかった。だから、余計にテーブルに近づきたくなかったのは確かだ。
(そう言えば、あの時一緒に来てた女の人が須藤の共犯で指名手配されたけど、まだ捕まってないんだよな……その他に確か男の人が2人いたっけ……)
そのうちの1人が今回の被害者の渡辺という人物なのだろうと推測したが、顔などは一切思い出せなかった。
「実は渡辺さん、須藤の事件の後に個人的に事件を調べていたらしい。元太さんにも話を聞きに来てね、須藤がどんな話をしていたかとか聞いていったそうだ。それが、また一年ぶりにジーズに現れた。事件のあった夜、殺される1時間ほど前のことらしい」
「1時間?」
西崎と本郷の声が重なって、2人はチラリとお互いを見ていたが、誰も笑わなかった。
伊達守も重々しく頷く。
「そう。ジーズを出て間もなく、殺害されたことになるんだよ」
伊達守は事件の報道の後、すぐに元太から渡辺が自分の店に来ていたことを報告されたという。
その後、繁華街の防犯カメラに渡辺が映っていたことにより、周辺の店に警察が聞き込みに来たらしい。
話を聞いた元太は自ら警察に出向いたという。
「下手に知らないふりをするより、早めに名乗り出た方がいいと言ってね。僕もそれには賛成した。もちろん、不当に拘束されたりするようなことがあれば、対処する」
最後の一言には、断固たる響きがあった。
「警察には、以前渡辺さんが須藤のことを探りに来たことは伝えるはずだ。今回はただフラリと立ち寄って、世間話程度で帰ったことにする」
「帰ったことにする?」
真っ先に身を乗り出して言葉尻を捉えたのは洸。凪は隣でややのけぞりながら弟を睨んだ。
伊達守は小さく洸に頷いてみせた。
「渡辺さんは、元太さんが安西莉音ちゃんの父親だと気づいたらしい。須藤の身辺を調べるうちに、須藤が仕事以外に絵洲市内で起きたウィンガー関連の事柄をいろいろ調べていたことを知ったようなんだ。それで―野宮先生の偽りの姿も知った。そして、元太さんや僕が、そのことを知っていることもね」
伊達守は小さくため息をついた。
「須藤が野宮先生の正体にたどり着いていた節はない。だが、渡辺さんは須藤の足跡を追ううちに、そこにたどり着いたようだね。それ自体は問題ではないんだが……ここから少しややこしい話になってくる」
ノックの音に、伊達守は口を閉じた。




