花火大会 後編
どこかでちょっと立ち止まって、桜呼ちゃんに連絡を入れようと思った。
人混みに流されながら、道路沿いのコンビニを目指す。
「今日は行けない」と言ったところで、ここから引き返すのも大変そうだけど、この辺りならなんとか裏道もわかる。
コンビニの駐車場に辿り着き、人の流れから離れてホッと一息つく。だけどその途端、
「おう、水沢!」
低いがよく通る声に、あたしは飛び上がった。
振り返る間もなく、西崎音十弥はあたしの隣に立っていた。
まるで、待ち合わせしていたかのようなタイミング。そして、
「ちょうどよかった。行こうぜ」
当たり前のように、連れ立って歩き出そうとする。
……なんで、こうなるんだ……
「浴衣じゃなかったんだ」
さっとあたしを、頭から足まで見下ろして、西崎は言った。
ああ、あの時そんな話もしていたな、と思い出す。
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話の流れであたしも花火を見に行くことになって、なぜか参加メンバーがカウンターに集まっていた。コミさん、ミミちゃん、西崎に本郷。そして、ずっとワイングラスを手放さない桜呼ちゃん。
「せっかくだから、浴衣着ない?うち、着付けもセットのレンタルやってるよ」
桜呼ちゃんは花火大会のメンバーが確保できると、俄然やる気になったのか、カウンターの中のあたしに身を乗り出して、そんなビジネストークを始めていた。
正直、浴衣って暑そうなんだよね。歩くのも大変そうだし。混雑の中、浴衣を着て歩くことに、あたしは魅力を感じられない。
「あ、私、着たい!」
「私も、着ようかなー」
コミさんとミミちゃんが乗り気になって、話に入ってきたので、あたしはやんわりとその話題から抜けたのだ。
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「浴衣って、歩きづらそうだから……」
「ああ、そりゃそうだよな」
かすかに不満そうなその言い方に、あたしはちょっと反発みたいなものを感じた。
「西崎も着なかったんだ」
あの時、男性陣にも桜呼ちゃんは声をかけていた。
「オレのサイズに合うやつなんて、ないだろ」
西崎は、左の口角だけ上げて、ニヤッと笑う。
そうね、全くその通りだけど、余計にイラッとしたわ。
「そもそも、和装が似合わないんだ、オレ」
でしょうね。190センチの身長もだけど、小顔で、手足が長くて。体型そのものが日本人離れしている。ウエスト、あたしの胸の高さとほぼ変わらないんじゃないだろうか。
「はは……なるほど」
仕方ないから、笑っとけ。
そして、あたしは人の波に戻り、花火大会へ向かう覚悟を決めた。
「しかし、すげぇ人だな。昔からこんなだっけ?」
西崎は歩きながら、周りを見回している。
「何年か前から、ネットでも生配信されるようになって、そこら辺からかえって混むようになったらしいよ」
これは、ルームメイトの未生ちゃん情報。
あたしの視界はすっかり人で塞がれ、見回したところで、今いる場所すらはっきり認識できなくなってきている。
隣にいたはずの西崎が、斜め前方に離れつつあった。
ここではぐれたら……いや、はぐれてもいいんだけど、大人だし。いや、でもちゃんと待ち合わせ場所まで行けるか?あたし……
振り返った西崎が視線を下げて、あたしを見つけた。
そうだよ、普通にはあんたの視界にも入らないような身長だよ。
なんとかついていこうと、人の間をすり抜ける。
途端に、右の手首が掴まれて、
「おぉうぁ?!」
変な声が出た。
「離れないように、つかまってろ」
いや、違うだろ。あたし、掴まってるわけじゃない。掴まれてるだけだ。
それでも、振り払うのもどうかと思ったし、何よりちょっと動揺もしていたと思う。
「ふい」
おかしな返事をしてしまった。
それにしても……相変わらず、ガサガサした手だな。
心の中でそう呟いてから、あれ?と思う。
―相変わらず?
ふっと、目の前に炎が見えた気がした。
闇の中に舞う火の粉……ざわめき……ああ!
急にあたしは思い出した。
**********
小学5年生の時の、登山合宿。
夜にはお約束のキャンプファイヤーがあった。そして、クラスごとの出し物。
出し物といっても、どのクラスも火を囲んでみんなで合唱する,というのが定番で、ほとんど屋外合唱コンクールの様相だ。
ただ、あたしたちのクラスは当時メチャメチャ流行っていたダンスミュージックを選曲していた。
他のクラスも、ちょっとダンスを入れたり、上手な子数人だけでハモリをするパートを作ったりと、趣向は凝らしていたけど、あたしたちのクラスはダンス担当と歌の担当に分かれ、ダンスチームは最初から最後まで踊りっぱなしだ。
練習は他のクラスにバレないように、放課後の教室を締め切ってやっていた。
歌にしろダンスにしろ、大勢の中に隠れていられるならどちらでも良かったけど、あたしは最初、歌を選んだ。
仲良しだった、さやちゃんとたまちゃんが、歌にすると言ったから。
ところが、歌の希望者が多すぎて、何人かダンスチームに回らなくてはならなくなった。
「水沢さん、ダンスできるよね、こっちに入ってね」
当時からクラスのリーダー格だったコミさんにそう言われては、あたしに断れるはずがない。
あたしたち、1組の出番になった。
風はなく、キャンプファイヤーの炎は赤く、高く舞い上がり、その先から生まれ出でくる火の粉がきれいだった。
そんなのに見とれていたから、小走りに配置について隣を見た時、
「え?」
思わず声が出た。あれ、人の配置……違う……
「1組の出し物を始めます。僕たちは―」
学級委員の本郷が喋り始めている。スタンバイしなきゃならない。
両隣の人と手を繋ぐ。
西崎音十弥と手を繋いだのは、この時が初めてで、この時だけだったと思う。
(なんで、西崎―!!)
最初にあたしが確認したのは、さやちゃんとたまちゃんのいる場所。
西崎推しの2人、あたしが西崎と義務的処置とはいえ、手を繋いだなんて聞いたら後から何を言われるか分からない。
幸い、歌パートの2人はキャンプファイアーの炎のちょうど向こう側のようでホッとした。手を繋いでいるのは、最初の部分だけだ。
(めっちゃ、ガサガサした指だなぁ)
ホッとしたあたしから、次に出た感想がそれだった。
(ピアノ、習ってるんだよな〜、この指でピアノかぁ)
小学生ながら、ひどいギャップを感じたのを覚えている。
反対側に繋いだ、ミミちゃんの手がふわふわ、しっとりとしていたせいもあり、それは妙にあたしの印象に残ったのだった。
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人ごみの頭の隙間から、すっかり暗くなった空を見上げつつ、やけにハッキリとそんなことを思い出していた。
多分、西崎は覚えてもいないだろう。わざわざ話題に出すまでもないし、前の人の足を踏まないように歩くだけで精一杯で、喋る余裕もない。
「あっちの方がすいてそうだ」
西崎が、右の方を指差す。
頭一つ、周りより高い西崎は、あたしよりも混雑してないルートを確保しやすいようだ。
黙って頷き、引っ張られるままに進んでいく。
それにしても、あのキャンプファイアーの時、隊列が乱れたのはなんでだったんだろう?―いや、そう言えば、終わってから保健係のミミちゃんが……
忘れていた、というより覚えているつもりさえなかった記憶が、やけに鮮明に甦る。
ちょっと足を引きずった、小柄な男子を先生のところへ連れて行くミミちゃん。それは……
場面が巻き戻るように、入場シーンが脳裏に浮かんだ。
そうだ、あたしの後ろで誰かがこけて、それで―
「いい、いい。そのまま並べ!」
小声で言う西崎。助け起こされながら、列の端っこに並んだのは、なさけなさそうな、泣き出しそうな顔をした……
「室田くんか……」
思わず漏らしたあたしの声に、
「室田か……」
低い呟きが重なった気がして、あたしは西崎を見上げた。
かすかに、苦笑が浮かんでいた気がしたけど、気のせいだったのだろう。
ドォン!!とお腹に響く音がした。
サアッと、夜空に赤やピンク、黄色の花が開く。
おおおっと、周りからどよめきがあがった。
「時間になっちまったな」
西崎が笑いながら、あたしの手を離し、前へ押し出す。指差す先に、いつものメンバーと、なぜか洸がいた。
「あ!ねえちゃーん!!やっと来たー!」
笑顔で振り返った洸の背後で、次々と花火が上がる。
ドォーン!!パァーン!!という音にかき消され、
「なんで、あんたがいるの!」
という、あたしの声は届いていない。
「いいから、行こうぜ」
低く笑う西崎の顔が、花火の光に照らされる。
ドン!ドン!ドン!パン!パン!パン!
音が鳴り響く空を見上げれば、光の花で埋め尽くされていた。
「わぁ〜」
思わず、声が出る。さすがにこの距離だと音と花火のタイムラグが少ない。臨場感、ハンパない。
パパパパ……滝のように流れ落ちながら消えていく光も、マンションから見るより、ずっと幻想的だ。人ごみの不快感を、あたしは一瞬で忘れていた。
本郷、浴衣姿のコミさん、ミミちゃん、桜呼ちゃん。
全員が笑顔で、あたしたちを迎えてくれた。
一緒になってはしゃいでる洸のことも、どうでもいい気分になる。
光と音が明滅する中、同じタイミングで「おお〜」とか、「うわ〜」なんて声を上げながら、ビールを飲んだ。
うわ、最高……あれ、あたし……楽しい……
「来年は水沢さんも浴衣!着てね!」
バシッと桜呼ちゃんに肩を叩かれたけど、それもいいかな、と思えた。
「そうだね。みんな、カワイイよねえ」
雰囲気と勢いに任せ、あたしはそんなことを言っていた。
浴衣を着た3人が一斉に、それぞれ怪しげなポーズをとる。本郷が何か言おうとして、言う前にコミさんに頭を叩かれていた。
「なんで?!」
心底納得出来なさそうな表情。
「水沢、笑い過ぎ」
西崎に言われて、あたしは自分が爆笑していることに気がついた。
かく言う西崎も頬が緩んでいる。
ドォーン!!
また、大輪の花が上がった。
洸が意味深な視線を送ってくるのが気になるけれど、黄色から緑、更にピンクに色を変える光の花を、素直にキレイだと思う。
来年か。うん、こんな風にみんなで観れるなら、悪くない。……来てよかったな……
夜の空は明るく、騒々しいほど賑やかだった。
夏の他愛ないエピソードでした。
読んでいただき、ありがとうございます。




