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flappers   作者: さわきゆい
外伝 ②
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花火大会 後編

 どこかでちょっと立ち止まって、桜呼ちゃんに連絡を入れようと思った。

 人混みに流されながら、道路沿いのコンビニを目指す。

「今日は行けない」と言ったところで、ここから引き返すのも大変そうだけど、この辺りならなんとか裏道もわかる。


 コンビニの駐車場に辿り着き、人の流れから離れてホッと一息つく。だけどその途端、

「おう、水沢!」

 低いがよく通る声に、あたしは飛び上がった。


 振り返る間もなく、西崎音十弥はあたしの隣に立っていた。

 まるで、待ち合わせしていたかのようなタイミング。そして、

「ちょうどよかった。行こうぜ」

 当たり前のように、連れ立って歩き出そうとする。

 ……なんで、こうなるんだ……


「浴衣じゃなかったんだ」

 さっとあたしを、頭から足まで見下ろして、西崎は言った。

 ああ、あの時そんな話もしていたな、と思い出す。


      **********


 話の流れであたしも花火を見に行くことになって、なぜか参加メンバーがカウンターに集まっていた。コミさん、ミミちゃん、西崎に本郷。そして、ずっとワイングラスを手放さない桜呼ちゃん。


「せっかくだから、浴衣着ない?うち、着付けもセットのレンタルやってるよ」

 桜呼ちゃんは花火大会のメンバーが確保できると、俄然やる気になったのか、カウンターの中のあたしに身を乗り出して、そんなビジネストークを始めていた。


 正直、浴衣って暑そうなんだよね。歩くのも大変そうだし。混雑の中、浴衣を着て歩くことに、あたしは魅力を感じられない。

「あ、私、着たい!」

「私も、着ようかなー」

 コミさんとミミちゃんが乗り気になって、話に入ってきたので、あたしはやんわりとその話題から抜けたのだ。


      **********



「浴衣って、歩きづらそうだから……」

「ああ、そりゃそうだよな」

 かすかに不満そうなその言い方に、あたしはちょっと反発みたいなものを感じた。

「西崎も着なかったんだ」


 あの時、男性陣にも桜呼ちゃんは声をかけていた。

「オレのサイズに合うやつなんて、ないだろ」

 西崎は、左の口角だけ上げて、ニヤッと笑う。


 そうね、全くその通りだけど、余計にイラッとしたわ。


「そもそも、和装が似合わないんだ、オレ」


 でしょうね。190センチの身長もだけど、小顔で、手足が長くて。体型そのものが日本人離れしている。ウエスト、あたしの胸の高さとほぼ変わらないんじゃないだろうか。


「はは……なるほど」

 仕方ないから、笑っとけ。

 そして、あたしは人の波に戻り、花火大会へ向かう覚悟を決めた。


「しかし、すげぇ人だな。昔からこんなだっけ?」

 西崎は歩きながら、周りを見回している。

「何年か前から、ネットでも生配信されるようになって、そこら辺からかえって混むようになったらしいよ」

 これは、ルームメイトの未生ちゃん情報。

 あたしの視界はすっかり人で塞がれ、見回したところで、今いる場所すらはっきり認識できなくなってきている。


 隣にいたはずの西崎が、斜め前方に離れつつあった。

 ここではぐれたら……いや、はぐれてもいいんだけど、大人だし。いや、でもちゃんと待ち合わせ場所まで行けるか?あたし……


 振り返った西崎が視線を下げて、あたしを見つけた。

 そうだよ、普通にはあんたの視界にも入らないような身長だよ。

 なんとかついていこうと、人の間をすり抜ける。

 途端に、右の手首が掴まれて、

「おぉうぁ?!」

 変な声が出た。


「離れないように、つかまってろ」

 いや、違うだろ。あたし、掴まってるわけじゃない。掴まれてるだけだ。

 それでも、振り払うのもどうかと思ったし、何よりちょっと動揺もしていたと思う。

「ふい」

 おかしな返事をしてしまった。


 それにしても……相変わらず、ガサガサした手だな。

 心の中でそう呟いてから、あれ?と思う。

 ―相変わらず?

 ふっと、目の前に炎が見えた気がした。


 闇の中に舞う火の粉……ざわめき……ああ!

 急にあたしは思い出した。



     **********


 小学5年生の時の、登山合宿。

 夜にはお約束のキャンプファイヤーがあった。そして、クラスごとの出し物。

 出し物といっても、どのクラスも火を囲んでみんなで合唱する,というのが定番で、ほとんど屋外合唱コンクールの様相だ。


 ただ、あたしたちのクラスは当時メチャメチャ流行っていたダンスミュージックを選曲していた。

 他のクラスも、ちょっとダンスを入れたり、上手な子数人だけでハモリをするパートを作ったりと、趣向は凝らしていたけど、あたしたちのクラスはダンス担当と歌の担当に分かれ、ダンスチームは最初から最後まで踊りっぱなしだ。

 練習は他のクラスにバレないように、放課後の教室を締め切ってやっていた。


 歌にしろダンスにしろ、大勢の中に隠れていられるならどちらでも良かったけど、あたしは最初、歌を選んだ。

 仲良しだった、さやちゃんとたまちゃんが、歌にすると言ったから。

 ところが、歌の希望者が多すぎて、何人かダンスチームに回らなくてはならなくなった。


「水沢さん、ダンスできるよね、こっちに入ってね」

 当時からクラスのリーダー格だったコミさんにそう言われては、あたしに断れるはずがない。


 あたしたち、1組の出番になった。

 風はなく、キャンプファイヤーの炎は赤く、高く舞い上がり、その先から生まれ出でくる火の粉がきれいだった。

 そんなのに見とれていたから、小走りに配置について隣を見た時、

「え?」

 思わず声が出た。あれ、人の配置……違う……


「1組の出し物を始めます。僕たちは―」

 学級委員の本郷が喋り始めている。スタンバイしなきゃならない。

 両隣の人と手を繋ぐ。


 西崎音十弥と手を繋いだのは、この時が初めてで、この時だけだったと思う。

(なんで、西崎―!!)


 最初にあたしが確認したのは、さやちゃんとたまちゃんのいる場所。

 西崎推しの2人、あたしが西崎と義務的処置とはいえ、手を繋いだなんて聞いたら後から何を言われるか分からない。


 幸い、歌パートの2人はキャンプファイアーの炎のちょうど向こう側のようでホッとした。手を繋いでいるのは、最初の部分だけだ。


(めっちゃ、ガサガサした指だなぁ)

 ホッとしたあたしから、次に出た感想がそれだった。

(ピアノ、習ってるんだよな〜、この指でピアノかぁ)

 小学生ながら、ひどいギャップを感じたのを覚えている。


 反対側に繋いだ、ミミちゃんの手がふわふわ、しっとりとしていたせいもあり、それは妙にあたしの印象に残ったのだった。


     **********



 人ごみの頭の隙間から、すっかり暗くなった空を見上げつつ、やけにハッキリとそんなことを思い出していた。

 多分、西崎は覚えてもいないだろう。わざわざ話題に出すまでもないし、前の人の足を踏まないように歩くだけで精一杯で、喋る余裕もない。


「あっちの方がすいてそうだ」

 西崎が、右の方を指差す。

 頭一つ、周りより高い西崎は、あたしよりも混雑してないルートを確保しやすいようだ。

 黙って頷き、引っ張られるままに進んでいく。


 それにしても、あのキャンプファイアーの時、隊列が乱れたのはなんでだったんだろう?―いや、そう言えば、終わってから保健係のミミちゃんが……


 忘れていた、というより覚えているつもりさえなかった記憶が、やけに鮮明に甦る。

 ちょっと足を引きずった、小柄な男子を先生のところへ連れて行くミミちゃん。それは……


 場面が巻き戻るように、入場シーンが脳裏に浮かんだ。

 そうだ、あたしの後ろで誰かがこけて、それで―

「いい、いい。そのまま並べ!」

 小声で言う西崎。助け起こされながら、列の端っこに並んだのは、なさけなさそうな、泣き出しそうな顔をした……


「室田くんか……」

 思わず漏らしたあたしの声に、

「室田か……」

 低い呟きが重なった気がして、あたしは西崎を見上げた。

 かすかに、苦笑が浮かんでいた気がしたけど、気のせいだったのだろう。


 ドォン!!とお腹に響く音がした。

 サアッと、夜空に赤やピンク、黄色の花が開く。

 おおおっと、周りからどよめきがあがった。


「時間になっちまったな」

 西崎が笑いながら、あたしの手を離し、前へ押し出す。指差す先に、いつものメンバーと、なぜか洸がいた。


「あ!ねえちゃーん!!やっと来たー!」

 笑顔で振り返った洸の背後で、次々と花火が上がる。

 ドォーン!!パァーン!!という音にかき消され、

「なんで、あんたがいるの!」

 という、あたしの声は届いていない。


「いいから、行こうぜ」

 低く笑う西崎の顔が、花火の光に照らされる。

 ドン!ドン!ドン!パン!パン!パン!

 音が鳴り響く空を見上げれば、光の花で埋め尽くされていた。

「わぁ〜」

 思わず、声が出る。さすがにこの距離だと音と花火のタイムラグが少ない。臨場感、ハンパない。


 パパパパ……滝のように流れ落ちながら消えていく光も、マンションから見るより、ずっと幻想的だ。人ごみの不快感を、あたしは一瞬で忘れていた。


 本郷、浴衣姿のコミさん、ミミちゃん、桜呼ちゃん。

 全員が笑顔で、あたしたちを迎えてくれた。

 一緒になってはしゃいでる洸のことも、どうでもいい気分になる。


 光と音が明滅する中、同じタイミングで「おお〜」とか、「うわ〜」なんて声を上げながら、ビールを飲んだ。


 うわ、最高……あれ、あたし……楽しい……


「来年は水沢さんも浴衣!着てね!」

 バシッと桜呼ちゃんに肩を叩かれたけど、それもいいかな、と思えた。

「そうだね。みんな、カワイイよねえ」

 雰囲気と勢いに任せ、あたしはそんなことを言っていた。

 浴衣を着た3人が一斉に、それぞれ怪しげなポーズをとる。本郷が何か言おうとして、言う前にコミさんに頭を叩かれていた。

「なんで?!」

 心底納得出来なさそうな表情。


「水沢、笑い過ぎ」

 西崎に言われて、あたしは自分が爆笑していることに気がついた。

 かく言う西崎も頬が緩んでいる。


 ドォーン!!

 また、大輪の花が上がった。


 洸が意味深な視線を送ってくるのが気になるけれど、黄色から緑、更にピンクに色を変える光の花を、素直にキレイだと思う。 


 来年か。うん、こんな風にみんなで観れるなら、悪くない。……来てよかったな……


 夜の空は明るく、騒々しいほど賑やかだった。


夏の他愛ないエピソードでした。

読んでいただき、ありがとうございます。

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