花火大会 前編
本編に入れてもよかったのですが、凪の一人称視点で書きたかったので、外伝扱いです。
他愛ないエピソードです。
あたし……なんで、こんな人ごみの中、花火を見に行こうとしてるんだろうな……
マンションの廊下側からだって、小さーくだけど見えるし。去年も一昨年もそれで満足したんだけど。
ルームメイトの未生ちゃんにも、
「ナッピ、今年は行くんだねー、いつも混むから会場は行かないって言ってたのに」
なんて、言われてしまった。
お盆も過ぎ、夏休みの後半に行われる絵州市の花火大会は、近県からも人が集まるほど有名だ。全国ニュースでも取り上げられたりするくらい。
会場の河川敷公園へ向かう道は、噂には聞いていたけれど……大量の人!ひと!ヒト!で溢れている。どっから出てきた?って言いたいくらい。
行きたい方向に進めない。曲がれない。
6車線ある大通りは、車両通行止めになっている。この広い通りいっぱいに広がって、人が同じ方向へ歩いていく世界は、ちょっとコワイ。そして、熱気がすごい。
夏の暑さは嫌いじゃないんだけど、湿気は苦手だ。人が多いと、暑さに湿度が加わる。
―真面目に……具合悪くなりそう。
ふと、あたしの脳裏に小狡い考えが浮かぶ。
(ちょっと具合い悪いから、参加出来ない。でいいんじゃないか?ていうか、待ち合わせ場所までもたどり着ける自信ないし)
あたしの手はバッグの中のスマホを探っていた。連絡先、コミさんも桜呼ちゃんも分かる。この場合、やはり桜呼ちゃんに先に連絡した方がいいかな……
こんなやる気のないまま、花火大会会場へ向かうハメに陥ったのは、相変わらず、はっきり断れない、あたしの性格のせい。
それは、夏休みにあった、プチクラス会の時のこと。
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「そういえば、誰か花火大会行きたい人いない?桟敷席で見れるんだけど」
毎年、売り出されたその日に完売するという、桟敷席で花火が見られるという、かなりレアな話題を、桜呼ちゃんは気だるげにワイングラスを傾けながら持ち出した。
「えっ、うっそ!えー!行く行く!」
当然のように、真っ先に手を挙げたのはコミさん。桜呼ちゃんとは犬猿の仲、とまでは言わないけど、何かと小競り合う仲なのに、こういう時は遠慮しない。まあ、それもコミさんらしい。
「私も!その日ならまだ実家にいるから行きたい!てか、大丈夫なの?桜呼のうちで買ったんじゃないの?」
続いて手をあげつつ、冷静にそう聞いたのはミミちゃん。コミさんの親友。
本名は『美実』と書いて『みのり』なのだけど、小学校の頃から、クラスの誰もが「ミミー!」と呼んでいる。
当時はおかっぱ頭で、いつもニコニコしてる、優しいお姉さんポジション(同級生だけど)の女の子だった。
今はおかっぱ、というより、かなり刈り上げが強めに入ったボブヘア。しかも青みがかったグリーン(なんかちゃんとした色の名前があるのかもしれないけど)。オフショルダーの結構露出度のある服装も相まって、ちょっと怖そうな姐さん―になってしまった。
話をしてみれば昔と同じ、優しくて明るくて、時々暴走しかけるコミさんにブレーキをかけてくれる頼れる存在―に変わりはなかったけれど。
ミミちゃん……あたしの知らない8年の間に何かあったの?と聞くことも出来ず、あたしは、ただいろいろと想像を膨らませていた。
「両親も兄も仕事で都合つかないの。いつもなら、お店のお得意先に声かけたりもするんだけどね。今年はみんな県外に旅行とか、もう他に席確保してたとかで、私に回ってきたのよ」
桜呼ちゃんは、色っぽいため息を吐いて、グラスを差し出す。
向かい側にいた庄村くんが、顔をしかめながらも、黙ってそのグラスにワインを注ぎたした。
「うちの店、毎年協賛金出してるでしょ?それで取ってもらってる席だから、空っぽにしておくわけにいかないのよ」
「付き合いってやつだな。音十弥は?こっちに戻ってきて久々の花火大会だろ」
そう言いながら、本郷まで一緒にグラスを差し出したのを機に、周りも続く。
ソムリエよろしく、ポーズをきめながらワインを注いでいた庄村くんだけど、一本注ぎきると
「お前ら!あとは手酌!」
と、仕事を放棄した。
「どうすっかなー、ま、せっかくだし、見にいくか」
ちょっと首を傾げて考えていた西崎が、本郷に頷いてみせる。
「え?あ、オレも行くのか」
「そのつもりで言ったんじゃないのか」
「仕方ないな〜ついていってやるよ」
大の男2人のじゃれあい。というか、西崎がこんな絡み方するの本郷だけだ。ホント、仲良いな、この2人。
あたしはその会話の輪の中にいたわけじゃない。
カウンターの中から、面白そうなやりとりをしているグループを観察していたのだ。
会話が全て聞こえているのは、ウィンガーならでは。
だからコミさんが、
「ねえ、ナッピも暇なんだよね、花火の日」
とあたしを振り返って声を上げた時、
「はい?」
ちょっとうわずった声で返してしまった。
まさか、こっちに話が振られてくるとは。
(え、なんで、あたしの予定知ってんの?)
思ってから、先程自分でその情報提供をしてしまったことに気づく。
この店の階下、あたしが週末に、バイトをしている居酒屋『鮮昧』は、厨房のリフォーム工事で、ちょうどそのあたり1週間、休業することになっていた。その話を、何気なくコミさんにしていたのだ。しかも、
「予定もないし、何しようかな」
とまで呟いた……気がする。
「えっ、でも、席の数とか……」
上記の経緯から「用事があって」という言い訳をするわけにいかず、あたしはモゾモゾとそんなことを言った。
「大丈夫」
桜呼ちゃんが、あっさりと指でOKサインを作ってみせる。
「水沢さんが来てくれれば、6人だから、ちょうど」
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結局、こんな流れに流されて、あたしは花火大会に向かっているのだった。




