表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers   作者: さわきゆい
第3章 Lost Children
95/190

father×father

 元太は何も答えなかった。

 あまりに意外な、そして漠然とした話だ。

 渡辺の口元に、苦い笑いが浮かぶ。


「須藤のことを調べていたはずが、かなり脱線してしまいましてね。元石殺害の犯人は捕まっていない。高橋全を名乗った人物は、何かを知っているかもしれない。危うく、深掘りしそうになりましたが―だが、そちらは警察の仕事だ」

 渡辺は座り直し、ビールに口をつけた。グラスの中身がグッと減る。


「だが、方向性は間違っていませんでしたよ。元石が興味を持った、野宮れい子氏の失踪に、須藤も興味を持った。あのクラス出身のウィンガーについて、独自に調べ、立場を利用してちょくちょく接触していた。お嬢さんの事件についても、調べてたようですが、そちらにはあまり踏み込んでいない。だから、あなたが安西さんの父親だとも気づいていなかったはずです。―はっきり言いましょう。須藤は、うまくいけば彼ら―野宮れい子クラス出身者を取り引きの材料にしようとしていたんです」

「―真壁くんや寺元くんですか」


 思わず出してしまった名前に、声の震えを悟られなければいいが、と元太は乾いた唇を舐めた。

 ゆっくりと、グラスを取り出し氷を入れる。

 自分の分の飲み物が欲しかった。


 ウイスキーを、そしてソーダを注ぐ間、渡辺は話し続けている。


「ええ。須藤は彼らのことも調べてました。身体能力とかではなく、家庭や職場の環境のことです。社会や、家族からも孤立したり、姿を消しても不自然ではない状況なら……彼らを拉致することも考えていたでしょうね。不動典光くんはご存じですか?真壁さんや寺元さんの同級生の不動繁光さんの弟です」

 元太はただ頷いた。


 弟の典光は、登録されたウィンガー。兄の繁光もウィンガーだが、登録はされていない。

 兄弟で同時に発現したが、典光が兄にはウィンガーであることを隠すように進言したという。

 元太はまだ会ったことはなかったが、弟の方がなかなか目端がきいて、大人びた子供だったらしい。

 2人は莉音が亡くなった直後に発現しており、同級生の繁光の発現を公にすると騒ぎが大きくなると、典光が提案したという。

 典光自身も発現を隠していることはできたが、敢えて名乗り出て、莉音やアイロウのことを調べようとしていたと、ずいぶん後になって元太は聞いた。


 繁光のことを渡辺に疑われるわけにはいかない。余計なことは口にしないよう、自分に言い聞かせながら、元太はグラスを口に運んだ。


「今、彼は高校生なんですが。彼にも須藤は何度か接触してます。元石の事件があった時のお兄さんの動向を聞いたりしていたそうですよ」

「……不動くんが、高橋全くんの名前をかたったと……?」

「彼だけじゃなく、真壁さんや寺元さんについてもです。結局、決定的な証拠は見つからなかったようだが」


「何のために、彼らが」

 思わず、言葉に棘が含まれそうになるのを抑え、元太は意識して穏やかに言葉を発した。

 それでも、この男は見透かしていそうな気がする。渡辺が何を狙っているのか、元太にはまだ分からなかったが、腹の底を見せない不気味さは感じた。


「野宮れい子氏の失踪」

 そう言って、渡辺は真一文字に口を結んだ。グラスのビールは、あと一口分しか残っていない。

「1人の人間が、なんの痕跡もなく姿を消し、その後、全く消息もつかめない、という場合、最も可能性の高い結論はなんだと思います?」


 この男は、野宮れい子の嘘を、どこまで知っているのだろう?

 元太は力無く、首を振った。

 おそらく―伊達守が調べてくれたことは、もう知っているだろう。


「あなたの耳にも届いていると思いますが、」

 渡辺の声が重々しく響いた。

「野宮先生の経歴はあなたたちが聞いていたことと大分違う。児童心理学や、教育学を学んでいた、それを元に児童一人一人の個性を伸ばす教育カリキュラムを提唱する、といったことが、あなた方には伝えられていたと思いますが。実際に専攻していたのは、環境生物学。アメリカの大学で師事していたノートン教授は、表向きは環境の違いによる遺伝子変化の研究をしていました。現在は自身の研究所を立ち上げていますが、大学時代から、ウィンガーの症例を集めて研究していたらしい。野宮先生は、彼の助手を勤めていましてね。だが、彼女がどのような経緯で日本に戻って来たのか、調べようとした時点でストップをかけられました」

 元太は口を開こうとして、やめた。その様子をどう思ったのか、渡辺は頷いて話を続ける。

「どこから、とは言えませんが、調査を続けるにはそれなりの面倒を覚悟しなけりゃなりませんでした。須藤と野宮先生には関係がない、の一点張りでね。でも、ここらへんまでの事情は、あなたもご存じじゃありませんか?」


 そうくるか、と元太は唾を飲み込んだ。

「ええ」

 短く答えて頷く。

「莉音が亡くなって、しばらくしてからですが……同じ父兄の方から聞きました」

「伊達守先生ですね」

 間髪入れず、渡辺が口を挟む。

 やはりな、と思いつつ元太は頷いた。


「ということは、子供たちにも野宮先生のことは伝わっているのでしょう?どう思ったでしょうね、特に、ウィンガーになった子供たちは」

 渡辺の目が鈍く光った。


「どう……とは?」

「一部、マスコミやネットなどでも噂になりましたがね、彼女の教育、あるいは何らかの影響がウィンガーの発現を促した、ということです。それが本当なら、彼女は相当恨まれますよね」

「恨む?」


「真壁和久は、ウィンガーになったことが原因で実の両親、姉たちと疎遠になっています。父親、母親共に転職を余儀なくされ、その後経済的に苦労している。それが姉たちの進学に影響し、更に上のお姉さんは家族にウィンガーがいるということで、婚約破棄されたこともあった。現在は実家の冠婚葬祭にも、真壁さんはほとんど顔を出していない」

「いや、彼はその分、叔父さんが」

「その叔父もどうでしょうね」

 元太の言葉を渡辺は遮った。

「住居を提供する見返りに、かなり安く彼を使っている。将来のことを考えれば、自立する資金を貯めれるかも怪しい。かと言って、他の仕事を探すのもかなり難しい」


 ―いや、あの叔父さんは、他の従業員の反感を買うのを避けるために、そうしてるんだ。彼名義の口座に、別に入金してくれているのだ―

 そう言いたいのを、元太は堪えた。それは真壁から直接聞いたことだ。だが、自分がそこまで立ち入ったことを知っていると、この場で渡辺には言えない。


 渡辺は構わず話続けている。

「寺元信樹。彼は家庭には恵まれているようですが、小学校当時、近所や親戚からは、この土地から離れてほしいなどと、かなり心無い中傷を受けたようです。現在は安定した職には就いているが、この先、昇進も移動もまずない。20代の若者が、努力しても結果が反映されないと分かっているこの状況をどう捉えているか。―ああ、不動典光もそうです。うまく学校に溶け込んでいるよう見えますが、小中学校から付き合いのある友達はいない。部活も入っていない。もちろん、運動部には入れませんからね。学校と家の往復を型で押したように繰り返すだけだ」


 元太の中に、沸々と怒りにも似た苛立ちが湧いていた。

「ずいぶん、彼らのことをご存じなんですね。直接、話を聞かれたんですか?」

 精一杯込めた嫌味は相手に伝わっただろう。

 渡辺は、かすかに頬を緩めただけだ。


「状況を客観的に述べただけですよ。そこから若者の心理を推察してみただけです。いや、ウィンガーの心理を、でしょうか」

「ウィンガーの心理?」

 グラスに残ったビールを見つめる渡辺から、かすかに浮かんでいた笑みが消えた。


「ほんの一時、人間離れした身体能力を手に入れた代償に、家族にすら恐れと奇異の眼差しを向けられ、行動を制限され、仕事に不自由し、あげく短命を宿命づけられる。自分で望んだわけでもないのに。―世の中の全てに否定的な感情を持っても、当然でしょう」

「あなたは、何を言いたいんです?」


 元太の声に、はっきりと怒気が含まれた。

 渡辺は無表情のまま、元太に視線を向けた。


「世界で起きている事件を見れば、ウィンガーの考えつくことは、だいたい似たようなものだということです。自分達は高い能力を持った希少な人間だという選民意識。それにも関わらず加えられる抑圧への反発。限られた寿命からくる自暴自棄。それらがウィンガーの凶暴性と合わさった時、家族や友人、時には全く関係ない人々が、その暴力行為の犠牲になる。―彼らの怒りがその想像主に向いたら?」

「想像主?」

「野宮先生ですよ。彼女とウィンガー発現の関係は、当時既に言われていました。内々で、アイロウが彼女に聴取りをしていたことも分かっています。もちろん、野宮先生は自分の教育とウィンガー発現に、関係はないと否定していますし、そんな証拠、誰も見つけられませんでした。だが、子供たちはどうみていたんでしょうね?あの頃、マスコミはおろか、教育関係者やカウンセラーなども、当事者の子供たちには接触することを制限され、彼らの声は誰にも届いていない。野宮先生への疑いを一番持っていたのは、彼らじゃないんでしょうか?疑惑は不信感に、やがて恨みに変わる」


 元太から苦笑が、ため息と混じって漏れる。

「ずいぶん論理が飛躍してませんか。野宮先生に大なり小なりの不信感は確かにあるかもしれません。しかし、野宮先生に直接、話を聞くこともできない以上……」

「そこですよ」

 渡辺は、ずいっと身を乗り出した。


「先ほども聞きましたね、1人の人間が突然消えた場合、何が考えられるか、と。ええ、野宮先生のバックにはウィンガーの研究者が付いていると思われる。彼らに保護されている可能性がありますね。しかし、最も可能性が高いのは、既に死亡している、ということです」

 あっさりと飛び出た死亡という言葉に、元太は言葉を飲み込んだ。


「姿を消して以降、全く消息が掴めないのも、それなら納得でしょう?そこに、ウィンガーの子供たちが関わっているとしたら―」


 ガン!と鈍い音がした。元太は握りしめた拳をカウンターに叩きつけていた。

「あなたは!なんてことを言うんだ!当時、あれだけ騒がれて、子供たちがどんな思いをしていたか……!まして、野宮先生がいなくなったのは、彼らが中学生の時ですよ!」


「ウィンガーなら、大人だって1人くらい、どうにでもできる。翼を出している間は、判断力や咄嗟の対応力も上がる。娘さんがウィンガーだったなら、それもご存じのはずだ。世界中のテロや暴動の後ろに、ウィンガーの計画者がいるのは、今では当たり前の事だ」

「だからって、中学生の子供たちが、野宮先生に危害を加えることを計画して、その上……あなた、本気で言ってるんですか!だいたい、野宮先生とウィンガーの関わりだって、無関係だと……」

「無関係じゃない。関係が証明されていないだけで、状況証拠は野宮れい子と、ウィンガー発現にはなんらかの関わりがあることを示している。ウィンガーの子供たちだって、同じように考えたはずだ」


 ビールグラスを脇へ押しやり、渡辺は肩で息をする元太の顔を覗き込んだ。

 先程から表情はたいして変わらないが、何か熱狂的な感情を溜め込んだ顔だった。


「あなたのお嬢さんの事故だって、無関係じゃないかもしれませんよ」

「―な……ん……」

「野宮れい子が師事していた教授が研究所を立ち上げていると言ったでしょう。アイロウとも繋がりのある研究所だ。日本国内のウィンガーの情報も流れていた形跡がある」

 声を発せず、ただ目を見開くだけの元太に、渡辺は静かに頷いた。


「あなたも、真相が知りたいでしょう?ウィンガーの子供たち。彼らに協力していた子もいるかもしれない。ここで、何度か同級会も行われていますよね。彼らから、何か気になる話は聞いていませんか?」

「本気で、あの子たちを疑っているんですか……!」


 渡辺はカウンターに千円札と名刺を置くと立ち上がった。

「冷静に考えてみてください。あなたは、なによりもお嬢さんの事故の真相を知りたいはずだ。それには、野宮れい子との関係を明らかにすることが必要です。何か、思い当たることがあったら連絡をお願いします」


 ドアへ向かう渡辺の視線が『りなちゃん』の絵をかすめる。

「そんなに、ウィンガーが嫌いですか!」

 思わず、元太は叫んでいた。

「あなたは、ウィンガーが必ず暴力に訴えると思っているようだが、真壁くんや寺元くんがそんな事件を起こしましたか?ウィンガーが、みんな暴力事件を起こしていますか?!」


 ドアの手前で、渡辺は振り返った。

「ウィンガーに害された人々がいるのは事実だ。ウィンガーがこの世にいなければ、傷つかずに生きていた人間がいるんだ!」


 渡辺の目に揺らぎはなかった。それは一瞬、元太をたじろがせるほどの強い信念を感じさせた。

 思わず目を逸らした元太は、小さな額縁の中の『りなちゃん』と目が合った。少女は悲しげに、物言いだげにこちらを見ている。


『パパ……』

 背中に白い翼を広げた莉音が、隣にいる気がした。


「あなたも、娘さんがいるんですか」

 考えるよりも先に元太の口は動いていた。

「りなちゃんシリーズは、女の子に人気がありました」

 その後を続けられず、元太はどうしようかと焦ったが、その必要はなかった。


 絵を振り返った渡辺は、じっと少女を見つめ、頷いた。

「ええ。いました」

 その過去形を元太は反芻した。


 渡辺は、先程までと同様、真っ直ぐに重々しい眼差しを元太に向けた。

「5歳でした。まだ、5歳だったんだ。ウィンガーがいなければ、もう中学生になっている」


 長い間、2人は見つめ合っていた。

 どちらも、紛れもない、父親の顔で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ