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flappers   作者: さわきゆい
第3章 Lost Children
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秋の夜長のジーズ・バー

 9月の最後の週末は、どことなく気だるい空気が漂っていた。

 ここ数日、昼間は残暑が厳しい。それが夜になると、季節本来の気温にぐっと下がる。

 寒暖差にやられ、体調を崩す知人が多い中、凪は普段通りの生活を送っていた。

(ウィンガーって、環境変化にも強いのかな?)

 チラリと考えながら、ジーズ・バーの店内を見渡す。


 カウンターの中には凪とマスター。カウンターの隅の定位置に本郷。

 テーブル席には暦美と西崎が向かい合っている。

 西崎はそう頻繁にジーズに顔を出すわけではなかったが、その代わりに蝦名がいたり、真壁がその場に座っていることもあった。

 凪に言わせれば、いつものメンバー、いつもの配置、というところだ。

 相変わらず、ウィンガー以外のお客が少ないのが心配なところである。


 彼らから意識して距離をとることは、凪も最近は諦めつつあった。

 小さくため息をついて、西崎のボトルを出そうとした時、ドアが開いた。


「こんばんわ―ああ、室田くん、」

 マスターの声が明るく響く。振り返った先に凪が見たのは、黒いスーツ姿の室田だ。

「こんばんわ」

 店内を見回し、ホッとしたような、疲れたような笑みを室田は浮かべた。


 そういえば、室田を見るのはいつぶりだろうと、凪は考えた。

(花火大会で会って以来、かな)


 夏休み終盤に行われる、全国的にも有名な、絵州市の花火大会。

 わざわざ人ごみの中に行かなくても、マンションから見える花火に―一部下の方が欠けるとしても―毎年満足していた凪だが、今年は同級生たちの誘いを断りきれず―というより、断る間も無く―観覧メンバーに入れられていた。


 桟敷席から見る花火はもちろん見事なものだったが、それよりも強く印象に残ったのは、行き帰りの大渋滞である。

 熱気と湿気にやられ、半ば朦朧とする帰路の途中、室田の属するホスト集団とすれ違った。


「あー!」

「おー!」

 真壁と本郷が手を振っている相手が誰か、人間の林の隙間から見定めようとした凪は、反対側から来た人混みに巻き込まれ、大きくよろめいた。


 そのまま、反対方向へ流されそうになった凪の腕をがっしりと掴み、引き戻してくれたのは西崎だ。それだけでも凪には、

(くそ。一生の不覚)

 という感じだったのだが、その後

「水沢さん、大丈夫?」

 と、半ば強引に桜呼に腕を組まれ、そのまま身長差20cmの友人と引っ付いて歩くという、なんだか妙なシチュエーションになってしまった。


 凪が室田を見たのは、私服ながら明らかに周囲より目立つ雰囲気を醸し出す一団の中で、こちらに手を振りながら去っていく一瞬だけだ。それでも、その集団に守られるように、中心を歩く艶やかな女性たちがいたことは

 分かった。


 暦美と桜呼が立てた推論によれば、上客の―おそらくは、どこかのお店のママたちと共に、花火見物に来たホストたち、ということだったが、凪もだいだい同じことを想像していた。


 今度会ったら聞いてみようか、でも、仕事関係のことを聞かれるのは嫌だろうか、などと考えていたが、その後、室田は忙しいのか、ジーズに顔を出さなくなっていたのである。



 それまで週に1、2度は顔を出していたのに、何かあったのだろうかと、気にはなっていた。

 マスターも気にする素振りは見せていたものの、

「まあ、あちらが本業だからね。何かあったら連絡くれるだろうし、何もなければそのうち、また来てくれるんじゃないかな」

 と、詮索することはしなかった。


 だが、久しぶりにジーズに現れた室田は、どうもなにもなかったとは思えない。

 冴えない表情に加え、顔色もあまり良くないようだ。

(なんか、元気ないな……)


 それを凪が口にする必要もなく、

「ムロタン、なんか調子悪い?」

 本郷が声をかける。今のところ、室田をムロタンと呼ぶのは本郷だけだ。

 小学校時代はほとんど口を聞いたこともなかった関係だったはずだが、どういうわけか、今の本郷は室田をよく構っている。


「そうだね。少し痩せたんじゃない?」

 いつものようにウーロン茶を差し出しながら、マスターも気がかりそうに室田の顔を覗き込んだ。


「え……」

 体調を聞かれたのが意外だったのか、いつもなら、愛想のいい返しをする室田が口籠もる。

 その様子は小学校の頃の、おどおどとした口数の少ない少年を彷彿とさせた。


「あ……夏バテ、かな?ちょっと食欲、なくて……」

 歯切れ悪く、ウーロン茶のグラスに語りかける。

「あら、医者も薬剤師もいるんだから、何かいい薬、教えてもらったら」

 暦美があっけらかんと、言い放った。


(いや、まだ学生だし。医者でも薬剤師でもないから)

 思わず凪が苦笑しながら本郷を見ると、彼も同じ顔をしている。


「まあ、座れよ」

 西崎に促され、その隣に室田は座った。

「なんか、仕事でトラブルでもあったか?」

 ポンポンと西崎に背中を叩かれても、室田は

「いや、別に……」

 と、頭を掻いている。


 ボトルをテーブルへ運びながら、凪は改めて近くで室田の顔を見た。

(まあ、言いたくないことなら、仕方ないけど……)

 だが、室田はチラチラと西崎や暦美の顔を伺っている。別に、とか言っている割には、何か言いたそうだ。


 凪は少し苛立っている自分に気付いた。

(なんか言いたいことあるなら、言えばいいのに)

 そう思ってから、だが室田は暦美のように思ったことを次々口にするタイプではないのだから、と自分に言い聞かせる。


 思ったことを思ったように口にできないのは、凪だって大いに理解できるところで―

(ああ……だから、余計にイライラするんだ)と、思いあたった。


「妹、どうかしたのか?」

 テーブルを立ち去ろうとした凪は、西崎のその言葉に振り返った。

「妹?」

 暦美も首を傾げる。

 妹のことで、何か相談でもされていたのだろうか?

 やけに唐突に出てきた妹、という単語に、思わず凪も立ち止まって耳を傾けてしまう。


 室田は明らかに、ハッとした様子で西崎を、それから何故か凪を見た。


「……あ……全然、ホント……うちの問題なんだけど……」

 妹、はキーワードとして正しかったらしい。

 一呼吸置いて、ノロノロと室田は切り出した。

「妹、花っていうんだけど……アメリカに行っちゃってさ……」


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