翔太 ②
母親に事情を説明するのは、思ったほど骨は折れなかった。
いつもは割とおっとりと、天然気味の母だが、簡単に翔太の話を聞いただけで、
「すぐにおうちに連絡しなさい。おばさんもお話ししてあげるから!」
と、真剣な顔になった。
「スマホは?」
だが、洸に聞かれた翔太はあっさりと首を振る。
「持ってきてない。塾とかに行く時しか持たないんだ」
「いや、こういう時こそ持てよ!」
不思議そうに首を傾げる翔太を見て、凪は
(この子、なんかズレてる)
と、思わずにいられなかった。
「おうちの電話番号、分かるの?」
母もさすがに驚いたようだが、翔太は平然たしている。
「大丈夫です。家の番号も、お母さんの番号も覚えてます。―でも……」
そこまで言って口籠った翔太は、助けを求めるように凪を見た。
(……あたしにどうして欲しいんだ?)
翔太は黙り込み、話が進まない。
「怒られそうだとか思ってんの?そのくらい、家出る前に考えとけよ」
イライラした洸を制し、母が翔太の背中をさすってやる。
もう一度、訴えるような視線を送ってきた翔太に、凪は
「何が一番困るの?」
と、聞いてみた。
「……あの、」
キュッと眉間に皺を寄せ、翔太はモソモソと喋り出した。
「お母さんは今入院してるし、お姉ちゃんは、知らない電話にはでない。多分……」
「お父さんは?」
翔太は首を振った。
「単身赴任だし……電話もメールも知らない。ずっと、会ってないし」
「じゃあ、家にはお姉さんしかいないの?」
「ううん、おばさんが一緒に住んでる」
「だったら、おばさんに電話できる?」
「あ、おばさんでいいんだ。うん、番号覚えてる」
(やっぱり、なんか話が噛み合わない子だな)
意図的に誤魔化そうとしているわけではなさそうだが、イマイチ会話のキャッチボールがうまくいかない。
それは、相手が小学生だから、というわけだけではなさそうだった。
8時近くになって、やっとそのおばさんが電話に出た。
これ以上、連絡がつかなければ、警察に連絡しようかと母親が言い始めた頃である。
訝しげに電話に出た女性は、相手が甥の翔太で、現在600キロ以上離れた場所にいると分かると、一瞬黙り込んだ。
「あの、申し訳ありません……本当に……なんで、黙って行ったのか……」
電話を代わった母は、ひどく狼狽した様子の女性に、すっかり気の毒になってしまったという。
翔太はというと、ケロッとした顔をして会話の内容を気にする様子すらない。
結局、翔太は水沢家に泊まることになった。
「警察のお世話にはなんとかならないようにしてほしいって。明日、一番早い電車か飛行機かで、出来るだけ早く迎えに行きますっていうことだから」
「え、泊まっていいの?やった!」
悪びれることなく、はしゃぐ翔太に、凪と洸は顔を見合わせるしかない。
その後、洸にギターを貸してもらい、興奮しながら弾き方を教えてもらっていた翔太だが、布団を敷いてもらうと、電池が切れたようにたちまち眠ってしまった。そこら辺は、さすがに小学生だ。
「そりゃあねえ。疲れたでしょう。―なんだか、あちらのお話だと、いろいろご事情がある家庭みたいよ。おばさんにあたる方も、お仕事で遅くなると、顔を合わせない日もあるから、電話もらわなきゃ、いないことにも気づかなかったって」
小声で母に耳打ちされ、凪は顔をしかめた。
「なにそれ。ネグレクトってやつ?」
「そこまでではないんだろうけど……あまり、構ってもらえてないんじゃないかしら」
母も懸念を感じているようだし、妙なことに関わってしまったと、困惑しているのが分かる。
「まあ、明日迎えに来るっていうんだし。1人で帰って来いって言わないだけいいんじゃない?」
「そうねえ」
2階へ向かおうとした洸が、チラッと凪の方へ視線をよこした。
何か話したいことがあるな、と察した凪もその後へ続く。
洸の部屋は暑かった。だが、窓は開けずエアコンのスイッチを入れる。
エアコンが効くまで、ドアを開けておきたかったが、洸はすぐに閉めるように身振りで示す。
凪は手で顔を仰ぎながら、エアコンの吹き出す場所へ移動した。
(熱いなぁ)
額から汗が吹き出す。それでも、母に聞かれたくない話があるのが分かるから、凪は文句は口にせず、洸の言葉を待った。
「あいつさ」
洸が普段はなかなか聞かないような真剣さで切り出した。
「ウィンガーになるよ。いつかは分かんないけど」




