翔太 ①
「え……」
思わず凪も少年を見つめた。
分かりやすく狼狽えている。地面に落ちた視線、震える口元。
「……ほんとにポートメッセから付いてきたの?だって……」
イベント会場のポートメッセから地下鉄で絵州駅へ戻ってきた洸と待ち合わせし、そこから電車で1時間半。そして、バス。
どう見ても、中学生ほどの少年がわざわざ県外からここまでついてきたとは考えられなかった。
だが、少年が自分達をからかっているとも思えない。
凪は改めて少年を観察した。
あまり日焼けもしていない顔は、怯えているというより、ど緊張してこわばっている。
ハーフパンツから伸びた細い足もまた白く、夏休みだというのに外で遊んでいる様子はない。
祖母がよく口にしていた「もやしみたいな子だこと」というフレーズが思い出された。
Tシャツと同じくビビットな黄色のスニーカーは、真新しい。よく見れば、靴もTシャツもブランド物だった。
ここまで来るのに十分な交通費を持っていたことを考えれば、結構なお坊ちゃん育ちの、ちょっと世間知らずな子なのかもしれない。
(ちゃんと話せば、話の通じない子じゃなさそうだな)
凪はそう判断し、穏やかに話をしようとしたが、先に洸が前に出た。
「おい、」
口籠もったままの少年の肩を掴む。
少々不穏さを感じさせるその口調に、慌てて凪は止めようとした。まさか、洸が暴力を振るったりするとは思わなかったが、
(あ、そう来る気か)
ぐいっと、少年の顔を覗き込んだ洸に、凪はその意図を理解した。
だが、それもあまり賛成できたことではない。
「お前、どこから来た?なんでついてきたんだ?」
洸が真っ直ぐ少年の目を覗き込んで聞くと、少年の体はぐらりと揺れた。
そのまま、腰が抜けたようにへたり込んでしまう。
「ちょっ……ダメだって!」
慌てて凪は少年に駆け寄った。
(加減、下手くそ!)
ジロリと弟を睨んでから、少年の肩を支えて立たせてやる。
手早く本当のことを喋らせようとしたのだろうが、見境なく使っていい能力ではない。
それはいつも注意しているはずなのに。
洸はちょっと不満そうに頬を膨らませ、黙っていた。
少年は何が起こったのか、よく分からなかったらしく、目をパチパチしながら凪と洸の顔を見比べている。
「あたし、こいつのお姉ちゃんなんだけど。本当にポートメッセからずっと付いてきたの?」
少年はまだ2人の顔を交互に眺めていたが、やがて視線を逸らして頷いた。
「……はい」
「ふうん、家、どこなの?もしかして、この近く?」
敢えて顔は直視せず、何気ないふうに尋ねると、少年はすぐに首を振った。
「―」
ポソリとその口から出た県名に、凪も洸も固まった。―飛行機移動も考えるほどの場所だ。
「ビングコウさんが出るの、ただで見れるってネットで見て……」
先程の洸の力が効いているのか、少年はポツポツと語る。
それを聞きながらも、凪は目まぐるしく情報を頭の中で整理していた。
洸と視線が合う。お互い同じことを考えているのが分かった。
今から駅へ戻るバスはない。
タクシーなどを使って駅まで行ったとしても、そこから少年の家に帰り着く頃にはかなり遅い時間になっている。下手すれば、今日中に帰りつけない可能性も……
「サイトミューで最初に聞いたのがビングコウさんの曲で、それで、えと、それが―」
ファンであることを熱く語ろうとする少年を、凪は遮った。悪い予感しかしない。
「あ、ごめんね。あのさ、この近くに親戚の人とかいる……のかな?」
少年はキョトンとして首を振る。
(もしかして……おそらく、事態が飲み込めてないな、この子)
凪は出来るだけ穏やかに、だがハッキリと、帰りの交通手段の確保が難しいことを告げた。
ジワジワと、少年の顔に焦りの色が出てくる。
「ていうか、お前、金は?大丈夫なの?」
黙って様子を見ていた洸が口を挟む。
「あ、はい。あと一万円あります」
凪と洸はまた顔を見合わせた。
「お前……ここまで来るのにいくらかかったんだよ」
少年が、そこで初めてここまでの交通費を計算しているのが分かった。
普通に考えて、一万円で来られる距離ではない。
「あ……えと……でも、途中で買い食いとかしたしっ……途中で降りて歩けば……」
凪はため息をついた。
気は乗らない。だが、この少年が本当のことを話しているかどうかだけでも確認しなくてはならない。
本当に帰る手段がなく、交通費も不足しているなら、保護者にも連絡しなくてはならないだろう。
翼を出さないで、どこまで話を聞き出せるか―?
かなり狼狽しているから、もしかしたら―
凪は出来るだけ自然な笑顔を作って少年の顔を覗き込んだ。
「一回、落ち着こうか。まず、名前と年齢をどうぞ」
半分、冗談だったが、少年は2、3度瞬きをするとニッコリ笑った。うまくいった感触。
凪はホッとした。が、
「神代翔太。11歳です」
その答えにまた、言葉を失った。
(じゅ……11歳?!小学生?!)
洸を見ると、もうお手上げだというように天を仰いでいる。
姉の力が作用していることは洸も分かっていた。少年は冗談や嘘を言っているわけではない。
「そ、そっか。なんで、ここまで来ちゃったのか話してくれるかな?」
凪はなんとか心を落ち着けて、翔太の目を見続けた。
ニコニコと翔太が語ったことによると、彼はビングコウの曲が大好きだった。熱心にコメントを送るようになり、そのうち
「時間があったらライブも見に来て」
と、返信のコメントをもらったという。
それは、洸なりのファンサービスのつもりだったのだろう。いわゆる社交辞令というやつ。だが、翔太の受け取り方は違ったらしい。
「エスケイ……S、K……ショウタ、カミシロ……?」
ブツブツと洸が呟いている。
「夏休みだし、前に東京までは新幹線で行ったことあるから。乗り換えとか調べて、ちゃんと会場まで行けたんだ」
先ほどまでの焦った表情は消え、翔太は誇らしげだった。
「そこで、声かければよかったのに」
凪の言葉に、子どもらしいはにかんだ笑みが浮かぶ。
「恥ずかしくて」
そこで洸に声をかけていれば、こんなところまで来る羽目にはならなかっただろうに、という気持ちの反面、「恥ずかしくて」という、翔太の気持ちも凪はよく分かった。
ここまで来てしまった行動力はむしろすごい。
「はぁぁぁ〜」
洸が大きなため息をついてしゃがみ込む。
「そりゃ、そういうコメントしたけど……小学生だし、マジで来るしって、ワケわかんねー」
(これは……どうする?警察?いや、まずこの子の家に電話して……)
原因が洸だとはいえ、責めるわけにはいかなかった。とにかく、この翔太という子を家に帰さなくてはならない。
「とりあえず、うちに行こうか。それから落ち着いて考えよ」
「それしかねーなー」
2人の会話に、翔太の目が輝いた。
「ビングコウさんの家っ、見れるの?!部屋も?!」
呆れたのを通り越したのか、洸はもう無表情だった。
「喜ぶところじゃねーよ」
ため息と共に翔太の肩を叩いた洸の目が、一瞬見開かれたように見えた。
「……?」
だが、声をかけようとした凪から視線を逸らし、大股で歩き出す。
「さっさとついてこーい!」
ギターを背負った背中を、いそいそと翔太が追いかけていく。
「あぁ〜」
ため息とも掛け声ともつかない声を上げ、凪もその後を追った。




