クラス会、再び
白いシャツに黒いパンツスタイルでカウンターに立った凪は、半年前に戻ったような錯覚に襲われていた。
(なんで、また、あたしが……)
二度と参加することはないと思っていたクラス会に、また店員を兼ねて参加している、このシチュエーション。
今回は最初からジーズ・バーが会場となっているから、集まってくるのは三々五々だが、現れるメンバーは前回と大して変わらない。
(西崎、本郷、コミさん、桜呼ちゃん、ミミちゃん、かべっち、コタロー、)
テーブル席で談笑を始めているメンバーを確認しつつ、結局なんだかんだ言いながら、彼らとはよく顔を合わせているなと、ため息をついた。
3年生になって、学部ごとにキャンパスが分かれたとはいえ、同じ大学の本郷とはよく顔を合わせるし、バイトに来れば来たで暦美とよく会うようになっていた。
4月になってから、暦美はジーズ・バーによく顔を出すようにたなっていたのである。そして、立山の後のバイトがなかなか見つからず、金曜日の夜は凪がジーズ・バーを手伝うようになっていた。
元々、凪がバイトしている一階の鮮昧と、ジーズは経営者が同じだし、大将とマスターも仲が良い。いつの間にか2人で話をしていたらしく、鮮昧の大将から
「水沢ちゃん!今週から上の店、入って。時給もちょっとだけあげるから!」
と、言われてしまえば、凪も嫌とは言えなかった。
客の数は鮮昧より圧倒的に少ないし、店も狭いから肉体労働としては、楽だった。
ただ、酒やカクテルの名前、使うグラスの種類など、覚えることは山ほどある。
まあ、そこは薬学部。薬物や化合物、微生物といったカタカナ名を覚えるのには慣れっこになのだが、それに加えて『気の利いた会話』をお客と繰り広げるのが、凪には至難の業だった。
「そこまで、思い詰めなくていいんだよ。いらっしゃいませ、こんばんは、くらいでさ」
マスターはそう言って穏やかに微笑んでくれたし、数少ない常連さんたちも優しく接してくれていたのだが。
今日は当然、貸切である。
その点ではいつもより気楽なはずだが、同級生のみとなると、別な意味で緊張感が増す。
未だに凪は、同級生たちとの距離の取り方がよく分からなかった。
ウィンガーとは関わらないと宣言して、離れたはずの自分がこうやって、ウィンガーばかりのクラス会に参加していることに、誰も何も言わない。むしろ、歓迎する声をかけられる。
みんな、何かを期待している、ということは凪は分かっていた。
他に誰も見たことのない黒い翼。しかもちょっと変わった能力が付随している。しかし、それをどう活用出来るかといえば、ウィンガーであることを隠して生活する今の状況では、かなり限定的だ。
当時の担任、野宮れい子の居場所が分かって、直接話すことができるなら、真実を話してもらうことに貢献できるだろう。
それなら、登録でもなんでもされて構わないと凪は思っていた。世界中の好奇の目が自分に集まるだろうが、それだけの価値はある。
だが、肝心のれい子先生は行方不明だ。何か知っていた可能性のあるその夫も亡くなっている。
また扉が開いて、高野海人が顔を覗かせた。
「おおっ!みんないる、いる!」
小学校時代そのままの、無邪気な笑顔を見せた海人は、凪がこの間会った時より、だいぶふっくらとした顔になっていた。
溌剌とした、どちらかというと丸顔の、これが海人の本来の顔だな、と思う。
Tシャツから覗く腕は結構日焼けし、程よい筋肉に覆われていた。
運送会社で、倉庫管理の仕事をしている成果だろう。
不健康そうな面影はなくなり、見るからに楽しそうだ。
楽しすぎて、入ってくるなり喋り続けているのが、少々うるさいくらいだった。
「それでさ、愛凪も一緒に来たいって言ってたんだよ」
海人は真壁や本郷たちと喋りながら、凪の方へも手を振ってくる。
凪は仕方なしに笑いながら、手を上げて答えた。
「連れて来ればよかったじゃない」
暦美が口を挟む。
「そんな!妹がいたら、ゆっくり飲めないだろ」
目を見開いて海人は反論した。
(どれだけハメ外して飲むつもりだろ)
凪が心の中で呟いた時、勢いよく、ドアが開いた。
それは全員が一斉に視線を送るほどの勢いで、一瞬、店内の話し声も途絶えた。
ドア同様、勢いよく飛び込んできた人影はあろうことか、鮮やかなターンを決め、アイドルばりのポーズを決める。
「待たせたな!ヒーローは遅れて現れる!だ伊達守シンシン登場だぜ!!」
「うぅわ……」
思わず、凪はうめくような声を出していた。
(恥ずかしすぎる。ヒーローってなんだ、そのポーズなんだ、なんで夜なのにサングラスかけてんだ、顔が胡散臭すぎだろ、20歳すぎて自分のことシンシンとか言うか)
心の中はあらん限りのツッコミで埋め尽くされる。
伊達守進之介。決してスタイルがいいわけではなく、残念ながら顔立ちも美形とは言いがたい。
どちらかと言うと間伸びした印象を受ける目鼻立ちが、たっぷり生やした顎髭のせいで余計に強調されて見える。
スチャっとサングラスを大袈裟に格好つけて外した進之介は、まるでグラビアモデルのようにポーズを取り直した。
「うぜぇ」
「名乗らなくても知ってるわ!」
「誰も待ってねえよ」
「アメリカに帰れ!」
呆れたような沈黙の後で、次々と進之介に浴びせられた言葉は、国会議員で隠れウィンガーたちの庇護者となっている伊達守清友の息子へ向けられるものにしては、辛辣
で容赦なかったが、言われた本人は、むしろ最大の賛辞を浴びたような、満足げな表情である。
「……ったく」
本郷が呆れ顔のまま、グータッチする。
「おひさ〜」
ガッチリと肩を組んできた海人とは、
「イェーイ」
息の合ったハイタッチを見せると、進之介は勝手に近くにあったビールのグラスを飲み干した。
「あ―」
グラスの持ち主だった真壁が声を上げようとしたが、語尾はそのままため息に変わった。
進之介の天真爛漫というか、傍若無人な行動には誰もが慣れっこだった。
20歳を過ぎても相変わらずの様子に凪は、呆れるしかなかったが、
(まあ……あれでこそシンシンだしね)
とも思う。
小学校時代、進之介の机は何度注意されても、プリントやノートがあふれ出していた。
授業参観に訪れた伊達守夫人が片付けようとすると、中からカビの生えたパンや、いつから入っていたのかわからないチーズが登場し……この時は、さすがの凪も悲鳴を上げそうになったのを覚えている。
伊達守夫人の顔も忘れられない。
元々いい意味で、議員の奥様らしくない、気さくで可愛らしい感じの人だったが、あの時の、無言で息子を見つめる顔の恐ろしかったこと。
次の日から、進之介の机にすっきりと物が収められていたのも当然だったろう。ほんの、しばらくの間のことだったが。
「お、いた!水沢カラス!なにやってんだ?お前」
カウンターの中の凪に目を止めた進之介が、ひときわ大きな声を上げる。
「カラ……ス?」
凪は拳を握りしめたが、こちらが思うほど進之介に悪気がないことは分かっているから、なんとか顔には出さずに小さく頷いて応じた。
「週末はうちでバイト入ってもらってるんだよ。今日もホントはお客さんなんだけど、手伝ってくれるって」
進之介の好みが分かっているのか、マスターはニコニコとそう言って、ハイボールを差し出す。
「元太さん、ちーす!」
がっしりとした握手の後、なかなか熱いハグまでされて、マスターは目をパチパチさせながらも嬉しそうだった。
「そういや、そんなこと言ってたな」
頷いた進之介が、また凪の方を見る。
「Hey!オレの奢りだ!みんなにオレの血よりも濃い赤ワインを振舞ってくれ!」
パチンと指まで鳴らしてよこされて、凪は開いた口が塞がらなくなった。
(オレの血よりも濃いとか……言った?そんなこと言える人間いるんだ……)
「ええ〜、私、シャンパンがいい」
すかさず暦美が口を挟む。
「あ、あたしも」
と、美実。
「私は、白ワイン、お願い」
桜呼も被せてくる。
(……みんな、自由だなー)
まあ、何にしろ進之介の奢りなんだろうと、凪がグラスを用意し始めた時、またドアが開いた。ただし、今度はおずおずと―




