誘うもの
「おおっ。室田じゃあないか!」
野太い大きな声に突然名前を呼ばれ、室田はビクン!と立ち止まった。
(え……誰……)
ビクビクしながら振り返ると、視界にゴツゴツした体躯が入ってくる。シルエットのゴツさに対して、その顔は人の良さそうな笑みを浮かべていた。
「あ。蝦名くん―びっくりした〜」
ホッと胸を撫で下ろしてから、
「え?どうしてこんなところ……」
と、室田はあたりをキョロキョロする。
「配達だ。うちのお得意様なんだ」
蝦名が背後を指差す。そこは、絵州市では結構なの通った鰻屋の裏口だった。
「あ、ああ、そうなんだ」
室田は小さく何度も頷いた。
室田と蝦名が中学校以来、7、8年ぶりの再会を果たしたのは三ヶ月ほど前のこと。
お互いに自分はそれほど変わっていないと思うもの同士、相手のことはずいぶん雰囲気も変わったと思っていた。
とは言っても、この2人はは小学校で同じクラスだった時にも、それほど仲良くしていたわけではない。
誰とでも分け隔てなく、言葉を交わしていた蝦名に対し、室田の方は気の合う友人数人とだけ連んでいるタイプ。
ウィンガーになってからは、蝦名もウィンガーの仲間と過ごすことが多くなり、室田との接点は余計になくなっていた。
「室田の家、ここなのか?」
鰻屋の入るビルの隣のマンションを見上げた蝦名に、室田は慌てて首を振った。
心なしか、バツの悪そうなそのの様子に蝦名が首を傾げると
「ううん、ん……と、友達が住んでるんだ」
明らかに視線を逸らした室田をじっと見下ろした蝦名は、一瞬間を置いてから
「……は!」
大きく息を飲み、ポンと手を打った。
「そうか!なるほど。いやいや、深くは聞かないぞ。うん、」
何か1人で納得した様子の蝦名だが、室田は絶対に事実が伝わっていないことを確信した。
「いやあ、羨ましいぞ!オレなんか全然、出会いがない!たまに合コンに行っても、まるで相手にされないんだ!」
蝦名は自分が彼女の部屋から出てきたところだと思っている―と、室田は推察した。
(これは、どう返すべき……)
「やっぱり、あれか?店で知り合ったパターンか?」
室田が考える間も無く、蝦名の手ががっしりと肩を掴み、その四角い顔がグイグイ寄ってくる。
深くは聞かないと言ったばかりの割に、蝦名は前のめりだ。
「え……と、まあ、」
「やはり出会いの機会は多い方がいいよな!そういえば、去年もここに配達に来た時に、ウィンガーを見たんだ。あれは、室田だったんだな!」
室田は息を飲んで固まった。
「えっ?去年?」
「ああ。あの事件のあった後だったな。ちょうどここに来た時に、そこのマンションに入っていくウィンガーを感知したんだ。うん、確かに、あれは室田の気配だった」
1人納得顔で、蝦名は何度も頷いている。
近くにいるウィンガーを感知できる、蝦名の能力については、この前会った時に室田も教えてもらってはいたが、あまりピンと来ていなかった。
ただ、ウィンガーがいるかどうかだけでなく、個別の気配のようなもので個人も特定できるというが、まさか自分が感知されているとは。
「はっはっはつ!まさか、事前にニアミスしていたとはな!基本、隠れウィンガーを見つけても、知らんぷりしてるんだが。声掛ければよかったな!」
「そ、そうだね〜、でも、急に声かけられたら、オレ、逃げ出してたかも……」
幾分、引き攣った笑顔の室田は、バスっと肩を叩かれてよろめいた。
「なんだそれは!水臭いじゃないか!」
どことなく噛み合わない同級生同士の会話である。
「あ、それは……ごめん、」
「そう言えば、」
言葉の終わりを待たず、急に肩にかかっていた手を退けられて、軽く室田はずっこけた。
「今度のクラス会は来られるのか?」
蝦名の話題の切り替えの速さと、話の飛び方の意外性に、室田は慣れていなかった。
「えっ……と、」
自分の聞いている情報を総動員し、話題についていかねばならない。
それは、割と突然決まった話で、室田も聞いたのは2日前のことだった。
アメリカから帰国予定の伊達守進之介が、同級生たちに会いたいから、飲み会を開けと連絡してきたのだ。
お正月のクラス会に参加しなかったのが、今更ながら悔やまれるらしい。
「そんなの、あいつの勝手でしょ!」
「帰ってこなかったくせに、何を今更」
同級生たち(特に女子たち)は、口々に言ったものの、やはりお正月に参加しなかった高野海人が、自分もみんなに会いたいと言い出した。
結局、前回ほど大々的にせず、絵州市に住んでるか、ちょうど帰省しているメンバーだけで集まることにしたのだ。
それでも10人以上が集まれそうで、プチ同窓会と言ってもいいだろう。
「すごい行きたいんだけど。仕事あるからどうしようかとか思って。休んじゃおうかなぁ」
「おお、せっかくだから休んで来い!有給とか、ないのか?」
「ああ〜一応、あるんだけどね。使ったことないんだ」
「んん?労働者の権利は使わなくては!」
ドン、と背中を叩かれ、よろめきながら室田は苦笑いを漏らした。
「そうだ。コミが室田の店に行ってみたいって言ってたぞ。結構マジで行きそうな勢いだったから、気をつけろよ」
「え、小宮山さん、あ、はい……」
小宮山暦美は、正直なところ室田の苦手なタイプだった。
自己主張がはっきりしていて、人の欠点もズバズバついてくる。
(悪い人じゃないけど。店に来てもらうのはありがたいけと。接客つくの……つきたくないな……)
気をつけろと言われても、どう気をつけたらいいか分からない。
「どうも、一ノ瀬に金出させるつもりみたいだけどな」
「えっ、いっ一ノ瀬さん?」
ちょっと声がひっくり返りそうになったのは、暦美に輪をかけて苦手、というより怖いのが一ノ瀬桜呼だったからだ。
小学校の時もそうだったが、今も頭一つ、桜呼の方が大きい。
見下ろしながら
「ホストやってんの?あんたが?」
信じられないと言った顔でジロジロ見下ろされると、反射的に
「ごめんなさい」
と言いそうになってしまった。
そして、再会してからの彼女との会話はそれで終了している。
「でも一ノ瀬、締まりやだからな!ホストクラブで遊ぶのに、金を出すかどうか」
(というか、小宮山さんと一ノ瀬さんって、仲悪くなかったっけ?―なんで、そんな話になってるんだ?)
「ど、どうしよう……休み、取れないかもしれないし……考えてみるよ」
「そうか!では、オレは仕事へ戻る!あと5件も回らなくちゃならなくてな!」
唐突に仕事中であることを思い出したのか、蝦名はくるりと向きを変えると、のっしのっしと大股で歩き去った。
通りすがりスコールに打たれたような気分で、室田はしばし立ち尽くしたままでいたが、やがて、ゆっくりと自分が出てきたマンションを見上げるてため息をついた。
「場所、変えなきゃいけないかもな」




