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flappers   作者: さわきゆい
第3章 Lost Children
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こだわりと勘と

 渡辺一郎(わたなべいちろう)は、ゆっくりと周囲を見回しながら足を進めた。

 駅に隣接した家電量販店の駐車場。煌々と外灯が照らしているものの、黒っぽい色の車の色は判別しにくい。

 昼間の雨は上がったものの、ところどころ水溜まりが残っている。この時期にしては気温も低く、夜になると半袖では肌寒さすら感じた。


 数メートル先がヘッドライトでパッと照らされた。

 一瞬、目を瞬いたが、すぐにそれが目指していた黒のクラウンだとわかる。


 駐車場所からゆっくりと前進してきた運転席の窓が開く。

「やあ、久しぶり」

 顔を覗かせたのは、元未登録翼保有者対策室の室長、向田だった。


 向田自らが運転していることにやや驚きつつも、渡辺は促されるままに助手席へ乗り込む。

 つまり、忌憚なく話そうという向田の意志なのだろうと渡辺は理解した。




「ゆっくり食事でもしながら、といきたかったんだが。この後、東京に戻らなければならなくてね」

 迷いなく車は東へ向かう大通りへと右折した。


「相変わらず、お忙しいですね」

「ああ、誰かさんのおかげだよ」

 家庭の事情から一線を退いていた向田を、公安へ引き戻したのは渡辺だった。

 だが、向田に渡辺を恨む様子はない。

 ウィンガー関連の調査を担う現在の職務は、彼にとって、なかなかやりがいのあるものだった。




 比較的道路は空いている。車の流れはスムーズだった。

「どうだった?アメリカの方は?」

 ゆったりとした動作でハンドルを操りながら、向田は隣の渡辺にチラリと視線を投げる。


「おかげさまで。関係者をずいぶん当たれました。ただ、正直、期待していた成果は得られていません」

 表情を崩さず、淡々とそう語る渡辺の口調からは、失望も焦燥も窺えない。

 達観しているように見る者もいるだろうが、決してそうではないことを、向田はよく知っていた。


「ダーウィン・ミッションに関しては、私も肩透かしの印象を持っているよ。情報が得られないという意味じゃなくね。物議を醸す、カルト的な思想集団と思いきや、ただ利害の一致した人間が徒党を組んだだけ、ということに」

「同感です。全く一枚岩ではないし、どちらかといえば、金銭目的の連中が幅をきかせています。当然と言えばそれまでですが、経済界と繋がりの強い人間が発言力を増しますからね。まあ、須藤の一件で世界中に名前が出て、活動は控えめにするしかないでしょう。少なくとも、北米、南米地域での活動はかなり下火になっています」


 ふむ、と向田はため息のような息を吐き、かすかに首肯した。


 ダーウィン・ミッションは、元々希少生物の保護活動を中心に活動している団体だ。ただし、どちらかと言うと、少々過激な抗議活動を行うことで名前が出ることが多い。


 ウィンガーの人身売買に関わっていた須藤が、取引き相手としてダーウィン・ミッションの名前を出していたことにより、現在は世界中から非難が集まっている。

 だが、具体的な証拠はなく、事件に関与していた須藤は死亡、他の関係者も行方不明だ。


 ダーウィン・ミッションとしては組織的な関与を否定。徹底した内部調査をするというコメントの後、沈黙を貫いている。


 事件後、個人的に須藤を調べていた渡辺に、()()()ダーウィン・ミッションの関係者を調べてほしいと話があったのは年末のことだった。


 沈黙したままのダーウィン・ミッションに剛を煮やした警察関係の筋からの打診。

 いろいろと圧力があるらしく、ダーウィン・ミッションの本拠地のあるアメリカでの捜査は表立ってできなかった。


 都合よく利用されているのは確かだったが、渡辺としても調査の機会を逃したくなかった。

 公には警察とも公安とも無関係とはいえ、ある程度の後ろ楯や、コネクションを得られるのもありがたい。


 調査が長期的になることは予想済みだったとはいえ、半年以上かかって、やっと一段落したわけだった。

 その間にニ度は帰国していたものの、絵州市には戻っていない。

 7ヶ月ほどでも、駅周辺に別な建物ができていたりと、街の変化は結構ある。


 職業柄か、いちいち元の光景と頭の中で照らし合わせ、意識して記憶し直すクセがついている渡辺の脳裏に、


 ―もっとキレイだな〜とか、見たことない〜とか、楽しく景色を観賞出来ないかなぁ―


 懐かしいそんな声が聞こえた気がした。

 (大昔のことだ……)

 渡辺は慌てて雑念を払う。




「結果的に、元石の事件にダーウィンが関わっている可能性は少ないようです。彼らが本格的に活動するようになったのは2年ほど前。もちろん、その前からウィンガーの保護と称して金と引き換えに取り引きする例はあったようですが、その連中が日本に手を伸ばしていた様子はありません。ほとんどが南米を中心とした取引きだったようです。ヒガ、というウィンガーを連れ去ったのは、別の組織でしょう。元石の方もそちらの関連はあるかもしれません」


 赤信号を見つめたまま、向田は小さく頷いた。大体のことは、先にメールで報告を受けている。

「なるほど。―やはり、君は元石事件との関連が気になるかね」


 しばし、渡辺は口をつぐんだ。

 エアコンの風の音だけが車内に満ちる。

 なぜ、自分が元石の事件にこだわっているのか、的確に説明する言葉を渡辺は探そうとした。

 だが、向田はそれを必要としているわけではないようだった。


「勘というのは、大事だからね。大抵、それは経験に基づくものだ。僕は君の勘を信じてるよ」

 アクセルを踏みながら、向田はそう言って少し頬を緩める。そして、グローブボックスを指差した。

「預かっていた物、確認してくれ」


 開けると、茶封筒が入っていた。中には黒表紙の手帳と、USBメモリ。そして、折り畳まれたメモ紙。

元石弘之(もといしひろゆき)のお母さんからだ。やり切れない思いがあったんだろうな」


 メモを開くと、震えた文字が並んでいた。

 ―渡辺様。お調べになっていることに役立つようなら、是非利用していただきたいと思います。お世話になりました。 元石良子―


 弱々しい線の短い文章に込められた思いを、渡辺は感じた。


 彼女に会ったのは2年近く前のことだ。

 ―ウィンガーになったときから、逆さ別れになることは覚悟していましたからね。ちょっと早すぎましたけど―

 表情を変えず、淡々と息子の死について語る母親に、始めは違和感を感じた。


 それでも、元石弘之の死の真相を調べたいという渡辺に、遺品の手帳を見せてくれた時には、うっすら涙を浮かべていたのを覚えている。

 今、手元にある黒い手帳だ。おそらく100円均一の物と思われる、安っぽい手帳には、几帳面な整った文字で、様々なことが書き連ねてあった。


「うちにそれが届いてから、1週間ほど後に亡くなったそうだ。親族もいないらしいから、そのまま処分されるよりは、と考えたのかもしれないね」


 渡辺が元石良子から突然の連絡を受けたのは3ヶ月ほど前のこと。

 もしよければ、弘之の遺品の手帳とUSBを受け取ってほしい、という話だった。

 渡辺はちょうど一時帰国からアメリカへ戻る寸前だったため、向田宛に送ってくれるように,頼んでいたのだ。


 今にして思えば、自分の死期を悟ってのことだったのだろう。



「元石と須藤との関わりは無さそうだが?」

「ええ。ただ、須藤が元石の事件のことを口にするのを何度か聞いていまして。同じウィンガーとして、未解決の事件に興味があっただけなのか、何か思惑があったのか……私自身も、元石の事件に興味があったものですから、話を聞きに行ったんです。そのせいで、ダーウィンと元石事件も関連付けて考えてしまったのかもしれません。―少し、リセットして頭を整理する必要がありそうです」


「ふむ。こちらでは、君の調べで上がってきた団体の方の調査を進めていく。何か分かれば伝えるよ。―良識の範囲内でね」

 向田はニヤッと笑った。


 フロントガラスにポツリと水滴が見えた。

 たちまち、その数が増えていく。

「ああ、降ってきてしまいましたね」

「最近の天気予報はよく当たるね。―君のレーダーにも引っかかったものがあれば、知らせてくれよ。少なくとも、私の周りは君の勘に一目置いているんだ」

 渡辺は、静かに頭を下げた。

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