姉弟(西崎家)
「一年前に別れた?!え、また半年持たなかったってこと?」
同じ日の昼下がり、西崎音十弥のマンションで、本郷家と似たような会話がなされていた。
「まあ、あんたのその性格じゃね、付き合う子も大変だとは思うけど。男友達とは長続きするのに、女の子はダメよね」
「あのなぁ、いきなり迎えに来いって言った挙句、人の部屋引っ掻き回して、言いたい放題だな!」
姉の響に向けた音十弥の言葉には、紛れもない苛立ちがある。
「本当のこと言われてイライラするのやめなさいよ。いい加減、大人になれないかしら?」
言い返す代わりに、音十弥は足元の段ボールを蹴飛ばした。
アメリカでグラフィック・アーティストとして仕事をしている響と会うのはほぼ一年ぶりだった。
日本の絵州市に引っ越すことは伝えていたが、今日の朝、前触れもなく
「引越しの手伝いに来たから、駅まで迎えに来て」
と、連絡を寄越したのだ。
身長190cmの男性が段ボールを蹴飛ばしたりすれば、それだけでかなりの迫力だが、そこは慣れたもので響に動じる様子はない。
「昔よりは感情で突っ走らなくなったみたいだけど、まだまだねぇ」
長い髪を一つに束ね直し、響はテーブルに並んだ食器類をしまい始める。
何度言っても、しまう場所を自分に聞こうとしない姉に愛想を尽かし、音十弥は仕事用の四畳半に引きこもることにした。
音を立ててドアを閉めてから、姉の言う通りだと思い直す。
自分の思い通りにならないと、つい苛立ちが顔や行動に出てしまう。さすがに友人や仕事相手に感情をむき出しにすることは少なくなったが、身内相手で、相手が核心をついてくるだけに、言い返さずにはいられなかった。
身内だから、と思っている時点で甘えがあるのだとは分かっている。それが余計に音十弥をイライラさせた。
仕事部屋には3台のパソコンに、モニターが5つ。
この部屋のセッティングは真っ先に済ませていたから、片付けるものはほとんどない。
椅子にドサリと寄りかかり、ため息をついた瞬間、ノックが聞こえた。
「ここの部屋には入るなって言っただろ!」
顔を覗かせた響に、にべもなく言い放ったが、
「分かったってば。ねぇ、お昼ごはんどうする?私、お腹すいたんだけど。どっか、食べに行く?」
姉は音十弥の不機嫌などまるで気にしない様子だ。
こんな姉だから、多少の言い争いをしても、尾を引くことは少ない。もう1人の姉―長姉の奏の方はもっとお節介な上に神経質で、音十弥としては響に輪をかけて鬱陶しい存在だ。
とはいえ、姉2人が自分のことを心配して構ってくるのは音十弥も分かっている。
幼い頃の癇癪に、物理的被害を幾度となく被っても、なんだかんだ可愛がってくれた。
「ああ……なんかデリバリーでも頼むか。あと、30分くらいで宙彦が来るんだ」
時計を見て、息を吐く。感情を落ち着かせるなら今のうちだ。いつまでも引きずると、また
「大人になれない」
の言葉が飛んできそうだ。
「あら、宙ちゃん、来るんだ。私、会うの5年ぶりくらいよ」
できることなら帰ってくれると、ウィンガー関係の話も出来るのに、とは思ったが、本郷家とは今でも家族ぐるみの付き合いが続いている。姉が会いたがっている様子なのに、無理に追い返す方が不自然だった。
「ねぇ、真面目に聞くけど、別れた原因って何?」
キッチンの物をだいたい収納し、段ボールやゴミを片付けながら、響が聞いた。
「なんで、それ答えなきゃないんだよ」
またその話題を蒸し返すか、と思ったが、冷静に切り返す。
しばらくしてキッチンの片付けに戻った弟の様子が落ち着いた頃を見計らっての、響の質問だ。どうしても聞きたいらしい。
「あのね、あんたってルックスはいいのよ。時々、キレるけど普段は優しい心遣いってのも出来てるし。それでも長続きしないのって、何か原因があるからじゃない?あと、気になるのがね、」
響はいつになく真剣だ。
「あんたの付き合う子って、タイプ、バラバラ。性格で選んでるのかもしれないけど、あんた本当に好きな子と付き合ってる?」
それはまた、痛い指摘だった。
「好きでもない女性とは付き合わない」
すぐにそう答えたものの、音十弥は人を好きになったことがあるなんて、はっきりと言うことはできなかった。
ウィンガーである、ということは一つの要因だ。
相手に言えない秘密を抱えているという、引け目はある。
「すぐカッとなるくせに、そこら辺は煮え切らないのよねー。そういうとこじゃない?彼女が離れていっちゃうの」
「……ご教授、どうも」
またことを荒立てても仕方ない。音十弥は不貞腐れた顔のまま、短く言葉を返した。
好きだから、付き合ってほしいと言われて、相手に嫌な点がたいして見つからなければ、付き合ってみる。
それで、もっとよく知れば好きになるかもしれない。それだって、一つの恋愛の形だろう。
今のところ、「いい人だな」という以上の感情に発展したことはないけれど。
音十弥としては、付き合う相手には誠意を持って接してきたつもりだ。それで、煮え切らないと言われれば、どうしようもない。
悶々としているところへ、インターホンが鳴った。画面に映る親友の姿にホッとする。
「ハロー!!宙ちゃん!久しぶり!早く上がっておいでよ」
音十弥が口を開くより先に、響が割り込んだ。
「おい!」
顔をしかめる音十弥の耳に、宙彦の戸惑ったような笑い声が聞こえた。
『響さん、来てるっていうから、お土産持ってきたよ。福大福』
宙彦はモニターに小さな紙袋を掲げて見せてから、画面から消えた。
「ああら、楽水庵の福大福!好きなの覚えててくれたのねぇ。宙ちゃんも、気遣いのできるできる大人になって」
意味深な笑顔を向けてくる姉に、
「オレがさっき頼んだんだよ。響、来てるからなんか甘いもんでも買ってきてくれって」
音十弥は言い返す。
「あら。あんたも気が効くようになったのね。でも、それ言わなきゃもっと大人なのに」
また言い負かされて、音十弥は舌打ちした。




