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flappers   作者: さわきゆい
第3章 Lost Children
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姉弟(水沢家)

「で、室田さん、ほぼ毎週ジーズに来ることになったわけね」

実家の洸の部屋。

洸はエレキギターのチューニングをしつつ、凪の報告とも愚痴ともつかない話を聞いてくれていた。


 なんだかんだ言いたいことを言う弟であるが、人の話もキチンと聞いてくれる。

 口下手でなかなか思ったことを口に出せない凪だが、さすがに身内だけあって洸にはなんでも言いやすかった。洸に言わせれば、

「姉ちゃんはオレにだけ当たりが強い!」

 ということになるらしいが。


「さすがにお客の対応とかうまくてね。元太さんもホントは週末とか来て欲しいみたいだけど、そこは本業の方も忙しいからねー」

 ジーズ・バーにしては珍しく、お客が立て込んだ時に居合わせた室田が、手伝ってくれたことがあったそうだ。

 オーダーや配膳ばかりでなく、ビールを注いだり、水割りを作ったりもお手のもので、マスターは大助かり。

 その後は顔を出すと、当たり前のようにカウンターの内側に立つようになっているらしい。


 バイト代を払うと言うマスターの言葉を

「むしろ、手伝うって理由があると、来やすいんで」

 と、如才なく断った室田は、今では数少ないジーズの常連さんにも顔を覚えられ、当たり前のように接客している。


「どっちかっていうと、陰キャだったのにさ。すっかりコミュ力上がっちゃってんの。参るわー」

 そう言いつつ、別に姉が参っているわけでないことは洸はお見通しだった。むしろその言葉には感心したような響きがある。


 伸びをした手が立てかけてあったギターにぶつかり、凪は顔をしかめた。

 洸の部屋にはとにかく物が多い。

 大半は音楽関係の機材だ。アンプにエフェクター、その他凪には使い道の分からない機械が並び、そこから伸びた配線やらコードやらで足を伸ばして座ることもできない。


 軽くギターを弾き散らかしながら、洸は鼻歌を漏らしていた。

(まあ、姉のひいき目があるとしても、)

 と、凪は思う。

(結構、いい曲作るんだよね)


 高校の軽音部に所属しつつ、他のバンドにもサポートで呼ばれたりしているらしい。その傍ら、楽曲投稿の専門サイトに投稿を始め、結構な視聴回数を稼いでいる。

 これで学校の成績もトップクラスなのだから、凪としても

「なかなかすごい弟」

 と、認めてはいるのだ。


 ただ、時々釘を刺しておかないと、余計な手出し口出しをしてくるのが洸だった。

 特にウィンガーのネタが絡むと、どうも凪を積極的に関わらせようとするきらいがある。


 登録させようということではない。洸自身、登録により、生活を制限されることなどまっぴらだと断言している。

 だが、積極的にウィンガーの情報は集めようとしているし、姉が同級生たちの輪に入ることは両手を挙げて歓迎していた。


「なんか耳寄りな話があれば、オレにも流してくだせぇよ」

 なぜか江戸っ子の口調で、ニコニコと揉み手する弟に、凪は蹴りを入れたものだ。


 姉に聞かせようと思っているのかどうか、軽い調子で一曲弾き語りした洸は、パソコンの画面へ目を移した。


「あ、コイツ、またコメントくれてる」

 ちょっと嬉しそうな様子を見ると、悪いコメントではないらしい。

 凪が覗き込むと、ありきたりの文言ではあるが、

 ―イントロのメロディー、最高です―

 ―サビの歌詞がいいですね―

 などなど、書き連ねてあった。なかなかのファンであるらしい。


「へぇ、かわいい女の子だといいねえ」

 揶揄う凪に、洸は首を振った。

「多分、男だよ。中学生とかじゃね?結構、言葉遣いがさ、そんな感じ」

「ふーん。エスケイさんねぇ。あ、ホントだ。よくコメント入れてくれてるんじゃん。あんたのファンって、中学生とか多いの?」

「んー、どうだろ。高校生が多い気はするけど。でも、女子より男子が多い気はする」

「それは残念なことで」


 顔はそこそこ、背は低い。勉強は出来るが、運動は全般苦手。自分よりもコミュ力は高いが、趣味がこの通り完全にインドア。

(モテなくても仕方ないわなー)

 彼女が出来たことがない弟を、少々不憫に思いつつも、それ以上口に出さないのは、凪も人のことを言えないからに他ならない。


 凪の場合、彼氏ができないのを特に気にもしていないし、そこは洸も同様に見えた。

(まあ、なにしろウィンガーだしね)

 結局、最後はそこに行き着く。


 先程からドアの外から聞こえているクゥクゥという声が、次第にキュウ〜アゥ〜と音量が上がってきていた。

「そろそろ散歩の時間か〜」

「あ、オレも行く」

 時計を見て立ち上った凪に続いて洸も立ち上がる。


 ドアを開けた途端、茶色い塊が飛びついてきた。

「ぐあっ!ちょっ……ザッシュ!落ち着いて!!」

 顔まで跳び上がり必死に舐めてくる愛犬に、そう言いつつ、凪は笑顔だ。

「ハッハッハッハッハッハッ……」

 ザッシュは素早い呼吸を繰り返しながらグルグル回り始めた。巻き尾がすごい勢いで左右に揺れている。


「落ち着きなさいって」

 凪がもう一度言うと、ザッシュはストンと腰を下ろした。相変わらず呼吸は早いが、犬なりの満面の笑顔で凪を凝視している。

「散歩行こう、散歩」


 その言葉を聞くなり、ザッシュは階段を駆け下りていった。玄関の方で、カチャカチャと音がし始める。自分のハーネスを引っ張り出しているらしい。


「やっぱさあ、姉ちゃんの言葉、通じてるよ。お母さんが言っても全然ダメだもん」

「普通、飼ってればこのくらいの言葉は通じるでしょ。あんたの言うことだって、ちゃんと聞くし」


 凪の言葉の暗示作用が動物にも効くのではないかと、洸は考えているようだが、凪としては半信半疑。自分の能力に関することとはいえ、よく分からないのが実情だ。


 母に関しては、元々動物が苦手で、もう5年以上飼っているザッシュに対してもおっかなびっくり接している。そのせいか、ザッシュは母を小馬鹿にしているようだった。

「ザッシュ、お母さんの言うことは分からないフリしてるんだと思うな」

「あー、それはあるかも。そう言えば、この間ノラ猫がいたから、見せてみたんだよ、翼」


 ニヤッと洸は笑った。

「最初は逃げようとしてたのに、翼出したらそばに寄ってきてさ。なんか向こうから話しかけてくんの。何言ってるのかは分かんなかったけど」

 誰かに見られたら、と嗜める前に

「やっぱり?あれ、なんなんだろうね」

 と、凪は思わず言ってしまった。


 最初はザッシュを飼い始めた頃だった。

 どういう反応を示すか興味本位で、目の前で翼を出して見せた。

 ザッシュはキョトンとした顔をしたものの、怖がりもせず翼の匂いを嗅いでいた。


 その後、河原で人影がないの見計らい、カラスの群れの近くで出してみたことがある。

 カラスたちは一瞬飛び退いたものの、その後はワラワラとそばに群がってきた。怖くなって逃げ出したのは凪の方である。


「他の人にも聞いてみた?」

「え?ううん。聞いたって、別にどうにかなるわけじゃ……」

「姉ちゃん!」

 洸は呆れ気味にため息をついた。

「も〜分かってないな〜。ウィンガーの新たなの可能性でしょうが。ウィンガー全般、動物に好かれてしまうのか、それともオレらの能力に付随するものなのか、そこら辺も気にならないの?!」


「能力って……まあ、そうねぇ……気にならないわけじゃないけど」

 凪としてはこんなネタを振ったら、暦美あたりが食いついてきそうだし、そうなったらまた距離を置くのが難しい。などという考えの方が先にくるのだが、そんなことを言えば、かえって洸が突っかかってきそうだった。

 ここは曖昧にかわしておくのがベストだろう。


「そう言えば、お父さんのコントロール、うまくやってくれてるんじゃない?春休みで帰ってきてから、自宅から通えって聞いてないよ」

「へっへー、まあね。ていうか、お父さんもさすがにもう無理って、分かったんじゃないの。姉ちゃんのカリキュラム見て、ムッとしてたもん。実習とかも多くなってくるんでしょ」


 実家から片道2時間。通学できない距離ではない。

 そもそも両親は県内の大学への進学を望んでいたし、今の大学へも自宅から通わせるつもりでいた。

 たいして子煩悩でもない父親だが、娘の一人暮らしには強く反対で、同じ高校出身の未生が好条件のルームシェアの話を持ちかけてきても、取りつくしまもなかった。

 ただ、子供の意見を全く聞こうともしない父の対応に、さすがに凪もカチンときた。


 思春期特有の面倒な人間関係を経験する中で、翼を出さなくても、自分の言動が人に暗示をかけるような作用を及ぼすことは気付いていた。

 気づいていたからこそ、家族や友人にはその力を使わないように気をつけていたのだが、そういう事情で父に反発することにした。

 つまり、

「ルームシェアの話、受けていいよね?うちもその方が経済的な負担も少なくなるし。実家から離れて独り立ちする練習にもなるでしょ」

 父の目を覗き込んで、キッパリと言った。


 さすがに父は一回で「うん」とは言わなかったが、連日繰り返すと1週間ほどで効果は現れた。

 ただその後もしばらくすると、自分が凪が自宅から離れることを認めたのを信じられなくなる様子で、

「やっぱり、ダメだ」

 と、言い出す始末。


 それは実際に自宅を離れ、絵州市で生活するようになってからも起こり、そのために月に一度は実家に帰り、父に言い聞かせる仕事をしなければならなかった。

 翼を出して、本気で力を使えばすっかり父の意見も変わったかもしれないが、ウィンガーであることをバラす気はなかったし、何よりそこまですると、人の精神にどれほどの影響を与えるか、凪自身も予測できなかった。


「まあ、姉ちゃんほど上手くは出来ないけどさ。やっぱ、この催眠術使えるのって、姉弟だからかねー?」

 洸も凪ほどではないが同じような力が使えることが分かると、父の牽制役を喜んでかってでてくれた。お陰でここ一年は、帰省回数がグッと減っている。


「催眠術言うな」

「なんで?」

「なんか、胡散臭いでしょ。それに、催眠術とは違うし」

「じゃあ、なんて言えばいいわけ?」

「……言い聞かせる、とか」

「なにそれ」


 2人の前を楽しげな足取りで歩くザッシュが振り返った。口を開け、凪と洸の顔を交互に見る。

 自分も会話に混ざっているつもりらしい。


 微笑み返しながら、凪は一抹の不安を感じた。

 洸は、ケロッとした顔をしながら暴走することがある。

 自分のやりたいことには邪魔を許さない、頑固なところもある。


 凪としては古風で融通の効かない父でも、うまく折り合いをつけたいと思うし、心を操るような真似は出来るだけしたくないのだが、洸はそんな父をひたすら面倒臭いと思っているようだ。それに、力を使うことを楽しんでいる節もある。


「んじゃ、なんか名前つけようぜ。言い聞かせに」

 洸はザッシュに向かって言った。

 ザッシュは賛成するかのように激しく尻尾を振ると、またグイグイと前へ進んでいく。


「マインドコントロールで、マイコンとか」

「余計ダメ」

「んー、じゃ、マインド麻痺で、マイマヒ」

「最悪。なに、マインド麻痺って」

「じゃあ、姉ちゃんも考えなよ」


 ふと、この弟に「黒の女王」の話はしない方がいいと、凪は確信した。

(なんだか、面倒なことが増えてくるな〜)


 凪のアンニュイな気分をよそに、洸とザッシュは前方へ駆け出して行った。

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