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flappers   作者: さわきゆい
外伝 ①
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Spring Storm ⑧

 春休みに入ったご、3月中の音十弥はほとんど友達と遊べずに過ごした。

 遠方の祖父母の家を訪ねたり、テニススクールの合宿に参加したりと、あっという間にカレンダーは変わっていた。


 久しぶりに遊びに来ないかと、宙彦に連絡してみたが、そちらも塾の講習などで忙しいらしい。うんざりした様子が伺えるメッセージが返ってきた。

 宙彦の兄姉は2人とも中学受験をして、中高一貫校に行っている。勉強に関しては、音十弥の家よりかなりうるさい。


(休み中に発現するやつ、いなきゃいいけどな)

 新学期が始まってからのことも、宙彦と話しておきたかったが、仕方ない。


 家にいてもヒマなので外へ出ると、暖かいが強めの風が吹いていた。

 空はよく晴れている。日差しは暑いほどだ。

 なんとなく自転車を走らせているうちに、結局小学校へ向かってしまった。


 小学校への登り坂はかなりの勾配がある。

 足を地面に着かずに登りきれるかどうかは、ちょっとしたチャレンジだ。

 電動自転車ならともかく、この道を小学校、更にもう一息登って裏山神社まで自転車から降りずに辿り着こうなど、子供ならではの発想だろう。大人なら早々に降りて、自転車を押して登る。


 かなり蛇行しながらも、急坂を自転車で登りきった音十弥は、かなりの満足感を抱えながら鳥居の脇に自転車を停めた。

(翼を出せば簡単にこんな坂、あっという間になのに!)

 と、途中何度も思ったが、翼の力を借りなかったからこその満足感である。


 額の汗を袖で拭う。時折、目を開けられないほどに吹く風が今は心地よかった。

 耳を澄ましても、人の気配はない。

 音十弥はぶらぶらと、いつもの場所へ向かった。


 もしかしたら誰か来ていないかと思ってここまで来たのだが、やはり社の裏に人影はない。木々がザワザワと揺れる音がするばかりだ。だが、

「すげえ。満開だ」

 音十弥は思わず呟いた。


 大きな桜の木が、満開に咲きほころい、その空間だけが柔らかななピンクで満たされている。

 風に花びらが舞う。

 ザワッという音と共に不規則に舞う花びらを見ていると、別世界へ吸い込まれそうな気がした。


 こんなに見事な花を咲かせる桜だとは思っていなかった。それに、この辺りの桜の開花が始まったと、ニュースになっていたのは、つい昨日のことだ。

 日当たりがいいためか、早咲きの品種なのかは分からなかったが、今日来なければこの満開の姿は見られなかったに違いない。

 この風では今日中に相当、散ってしまうだろう。


 ゆっくりと、花びらの舞う空間へ足を踏み入れていく。

(あ……)

 見上げた枝の上、満開の花に隠れるようにいるその姿を見つけた時、音十弥は驚かなかった。

 相手も気付いている。かすかにこちらを見る気配がした。


 地上3メートルほどのその場所へ、どうやって登ったのかは言わずもがなだ。

 さっと辺りを見回すと、音十弥は翼を出した。

 風に乗るように滑らかに上昇し、彼女のいる隣の枝へと着地する。


「来てたんだな」

 枝にまたがり、両足をブラブラさせていた凪はちょっとだけ顔をしかめたが、しかたなさそうに小さく頷いた。

「うん…明日、雨だっていうから。散っちゃうかと思って……」

 残念そうに、風に揺れる花を見上げる。


「そうか。こんなに花咲くんだな。この桜が咲いてるの見たの、オレ、初めてだ」

「入ってくる人、あんまりいないもんね」


 おそらく、長いこと手入れもされていない桜は、知る人ぞ知る存在となって毎年ひっそりと咲いていたのだろう。

 しばらく2人は無言で枝に座り、華やかなピンク色と青空の対比を眺めていた。

 時折、強く吹いては花びらを舞い上げる風の音だけがする。

 それはどこか非現実的で、不思議と穏やかな時間だった。


「花、っていうか、桜好きなの?」

 自然と、音十弥は聞いていた。女子だったら、すぐに花は好きだと答えるだろうと思ったが、凪は小さく首を傾げた。


「好き……というか、どうだろう……?」

「わざわざ見に来たんだろ?」

「うん……なんか、この木が好き……で。桜だったら、そろそろ咲くんじゃないかと思って……」

「ふうん」


 木が好きとは、花が好きよりも分かりにくい、と音十弥は思った。

 この桜はかなり太い木で、老木といってもいいだろう。形も真っ直ぐではなく、いささか傾いた生え方をしていて、音十弥には、少々不恰好に見える。


「西崎は何しに来たの?」

「ああ、オレ?」

 素直に宙彦の予定があいてなかったこと、ひまを持て余し自転車でここまで登ってきたことを告げると、凪は笑った。

「自転車?マジで?」

「おう。一回も足つかないで、ここまで来たぜ」

 せっかくなので、得意げにそう言うと期待通りに目が見開かれる。

「よく……すごいね」

 音十弥は会心の笑みを浮かべた。



 凪は思いついたように立ち上がり、ポン、と飛び降りた。

 同時に開いた漆黒の翼が、ピンクのスクリーンをバックにした小柄な体を緩やかに地上へ運ぶ。

 降り立った凪は翼をしまわず、そのまま木を見上げた。

 続けて地上に降り立った音十弥に、いたずらっ子のような視線を走らせる。


「せっかくだから、散る前にこれ、やってみたくてさ」

 ウィンガー時特有の、子意気な口調でそう言うと、凪は翼を大きく広げた。

 黒をバックにすると、宙を舞う花びらがよく見える。

 何をする気かと、音十弥は見守った。


 ヒュッと、凪の翼が羽ばたく。

 途端に視界はピンクの花弁で埋め尽くされた。

 地面に落ちていた花びらまでもが舞い上がり、可憐な軌跡を描く。


 四方八方、どこを見ても花吹雪に包まれ、音十弥は息を飲んだ。

 幻想的な、夢の中に突き飛ばされたような光景だった。

 不規則に、螺旋状に、波状に、花びらは自由に舞う。


 しばらく、声も出ずにいた音十弥を我に帰らせたのは、

「へへへへっっ」

 という、控えめな、それでいて得意げな笑い声だった。


 ピンクの演舞の向こうに、そこだけ夜を切り取ったような黒い翼が舞っている。

 ファサッ、ヒュッと、空を切る翼に導かれ、花びらは立ち昇り、舞い落ちる。


 花びらの渦に手を伸ばし、凪は幼い子供のように笑っていた。

 白い頬をほんのり紅潮させ、花吹雪に佇むた黒翼の天使。

 現実離れした、でもすぐ手を伸ばした先にある光景。


 知らないうちに、音十弥は手を伸ばしていた。

 白い横顔の、桜色の頬。

 手が触れようとした瞬間、凪が振り向いた。

 ドクン、と心臓が跳ね上がる。

 カアッと耳まで熱くなった。


 慌てて目を逸らしながら、凪の肩の花びらを払ってやる。

「お、ありがと」

 楽しそうな笑顔のまま、凪が言う。少し不思議そうに首を傾げて自分を見ている視線を感じながら、音十弥は頷いた。


(何?何?何?何しようとしてた?オレ、何考えてんだ?!)

 必死に落ち着けと自分に言い聞かせながら、凪の肩に触れた手を握りしめる。


 顔が熱っているのが自分でも分かった。バレなきゃいいが、と頭上を見上げる。

 花びらはまだ舞っていた。


やがて、

「あたし、もう帰る」

 いつものように、唐突な、ちょっとぶっきらぼうな声に音十弥が振り返った時、凪はもう背中を見せていた……



 **********

 宙彦の車から降りた音十弥は、すっかり様変わりした裏山神社の跡地を見回した。

「随分、さっぱりしたなー」

 宙彦もここへ来るのは久しぶりで、変わりように驚いている。


 焼け落ちたまま放置されていた社は撤去され、代わりに小さなお堂が建てられていた。

 以前の社とは比べ物にならない、ちょっと大きめの祠といっていいくらいの建物だ。


 周囲の木々はほとんど伐採され、広々とした駐車場になっている。そして、ここで一番目立つものは、灰色の無骨なコンクリートの建物となっていた。

 下ろされたシャッターに、『防災倉庫』と大きく書かれている。


「ノッキのじいちゃんが、随分活躍したらしいよ」

 宙彦の言葉に音十弥は頷いた。

 寺元信樹の家は古くから、この辺りの地主だった。今でも信樹の祖父は地域の顔役だ。


 長年放置されている神社跡をそのままにはしておけないと、複雑な権利や管理の問題を解決し、小さいながら社を再建することに尽力したのが、その信樹の祖父だった。更に、整備した土地に地域の防災倉庫を建て、小学校が避難所になった際に活用するための備蓄場所を確保したのだそうだ。


 それなりに由緒ある神社が形ばかりの存在になってしまうことに、意見する者もあったらしいが、新しい住宅やマンションが増え、古くからの住人も少なくなっていたことで、強い反対にはならなかったようだ。


 以前とは異なり、駐車場からは、小学校の裏がすっかり見通せる。

 以前、夜に小学校を訪れた時はここまでは来なかったから、改めてすっかり変わった光景を見渡しながら、音十弥はしばし感慨に耽った。


 8年というのは、このくらいの変化を平気でもたらせるものなのだ。

 そこに、寂しさを感じないわけではない。だが、当然の変化ではある。


 ふと見ると、お堂の脇の小さな桜の木がわずかばかり花をつけていた。

 枝の先に、数えるほどの花。他に蕾はないようで、この桜としては満開の状態らしい。

「桜、あるんだな」

「え?ああ、そう言えば」

 音十弥の呟きに、宙彦も桜は目をやる。


「ここにあった桜の木を、接木だかなんかして残したらしいよ。ていうか、ここに桜の木なんてあったかな?おれ、覚えてないけど」

 ニヤッと、音十弥の左の口角が上がった。

「あったよ。結構、大きな木だった」


 明るい空に満開の桜。花びらが舞う中に、黒い翼の少女が笑う……


 あの満開の花吹雪を見られる日は、いつになるのだろう。

「ふうん、桜の花ここで見た記憶なんて、ないんだけど」

「春休み中に咲いてたんだ。おまえ、ずっと塾に行ってただろ」

「あーあ、まあね、あの頃が一番真面目に勉強してたなー」


 音十弥と宙彦は空を見上げた。

 子供の頃、杉木立に囲まれた空間から見上げていた空に、今は邪魔するものは何もない。

 ここで自由に飛べたら、どんなにか気持ちいいだろう。


 穏やかな春の空は、寂寥感をたたえながら、晴れ晴れと広がっていた。


Spring Storm〜完〜

外伝、これで最終話です。

読み返すと、もう少し整理して書き直したくなってきました(´-ω-`)

そのうち、大幅に書き直すかもしれません…

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