Spring Storm ⑦
れい子先生の陰謀論は、何一つ進展を見せないまま、季節は過ぎていった。
凪は子猫の一件以来、裏山神社によく顔を出すようになっていて、女子とは前よりもよく喋るようになってきた。
(男子には相変わらず、無口になるけど。まあ、協力的になってくれてよかった)
男子、というより凪は自分に対して特に口が硬くなるのだということに音十弥は気付いていない。
彼にしてみれば、男子も女子も分け隔てなく接しているつもりである。
分け隔てなく、というとバレンタインデーに暦美と美実、それに数人の女子が共同でチョコレートを作り、男子全員に配ったのはちょっとした事件だった。
当然、彼女らがお返しを期待していることを知っている男子は迷惑がり、初めて家族以外からチョコをもらった男子は大いに盛り上がった。(口では迷惑がっている男子でも、内心喜んでる者は結構いた)
チョコの形が違うだの、数が違うだのと、不穏な憶測をする者もいたが、音十弥や宙彦、和久など、個人的にもチョコをゲットした男子はそんなこと意に介すはずもない。
凪がよくつるんでいる、清花と珠枝からも音十弥はチョコをもらった。
別に期待したわけではないが、受け取りながら、それとなく凪の姿を探す。彼女は少し離れた場所から、素知らぬふりでこちらを見ていた。
明らかに、面白がっているその顔は、どちらかというと翼を出した時の凪の表情だ。
ちょっとブラックな言葉を吐き出しそうな口元に、からかうような笑みを浮かべていた凪は、音十弥と目が合うと慌てて立ち去った。
(そうか)
と、音十弥は思い付いた。
凪と話したい時は、翼を出している間にすればいいのだ。
その間は、凪は結構よく喋る。
つい、宙彦や『最初の2人』と、これからどうするかとか、クラスメイトに発現の兆候が見える者はいないかとか、そんな話をしがちだったが、凪にもそこら辺の意見を聞いてみたかった。
ちょうどその日、裏山神社に一番乗りして超低空飛行を楽しんでいた凪を音十弥は発見した。
「なあ、ちょっと意見聞きたいんだけど」
凪のスピードに合わせ、しかも地面スレスレを飛ぶコントロールは音十弥にも至難の業だった。
「こんなにウィンガーが増えてるの、どう思う?」
もう少しスピード落とせよ、と思いながらそれでも意地で、平然を装いながらやっと聞いた。
だが、急上昇からクルリと一回転し、ストン!と地面に降り立った凪から返ってきたのは、
「ああ?!なんだ、ホワイトデーのお返しの相談でもされるのかと思った」
という、取り付くしまもない言葉だ。
「あ?ホワイトデー?」
思わず、音十弥も似たような口調で返してしまう。
凪はニヤッと笑った。
「楽しみにしてる女子、多いんじゃねー?」
「……そんなこと、知るか」
音十弥はイラッとしたが、いつもの凪に対する苛立ちとは少し違う気がした。いつもなら、さらっと受け流すような内容なのに、無性に言い返したくなる。
「お前も欲しいの?」
「いらないよ!」
音十弥が言い終わる前に凪は言い返してきた。
「そもそもあたし、あんたにあげてない」
普段の凪に、あんた呼ばわりされるかことなどない。
別にそこにムカついたりはしないのだが、あまりにバッサリ切り捨てられる感覚は音十弥としては経験がなく、続ける言葉がうまく見つからなかった。
ふっと疲れたような、呆れたようなため息を漏らし、凪は笑った。彼女にしては大人びた、いささか自虐的な笑い方だ。
「ウィンガーのことねえ……あたし何にも考えてないよ」
胸を張って堂々と「考えてない」と宣言する少女の顔を、音十弥はまじまじと見つめた。
「考えたって、なんにも分からないじゃん。そんなこと、考えたって仕方ないよ」
ああ、やっぱりこれが水沢凪の本心なんだな、と音十弥は軽く失望した。それでも、
「水沢って、本能的っていうか、直感的に理解してること多いだろ。オレらよりも。飛び方とか、翼のコントロールの仕方とか。だから、なんか変だと感じたこととかないか?れい子先生の行動とかでさ」
もう一度、聞いてみる。
凪は目を見開いた。
「それって、あんたや本郷だってそうだろ。最初からコントロールできてるし、飛べてる。あんたらが観察した結果はどうなんだよ。そもそも、あたしはコントロールできてるとは……」
そこまで言って凪は押し黙り、我に返ったように頬を赤らめた。翼の影響が消えてきたらしい。
「……また、余計なこと、喋ってる……なぁ、この性格変わってる状態でコントロールできてると言えるか?」
「ちゃんと普通に会話できてるし、暴れるわけでもない。問題ないよ」
音十弥としては本心だったし、凪を慰めるように言ったつもりだったが、
「人ごとだと思って……」
凪は渋い顔だ。
普段の彼女を思えば、この表情も含めて面白い。
「みんな、何回も言ってるだろ。気にしてないって」
ふんっと鼻を鳴らし、凪は腕組みをした。
薄曇りの空を見上げ、そちらへ語りかけるように口を開く。
「あたしは飛べればそれでいいや。れい子先生は……いい先生だと思う。というか、いい先生でいてほしい。西崎は、れい子先生、嫌いなの?」
はっきりそう聞かれると一瞬躊躇したが、音十弥は深く頷いた。
「好きじゃないな。いい人すぎる気がする。演技してるみたいだ」
「それが直感?」
「……そうだな」
「じゃあ、それでいいんじゃない?西崎には西崎だけに分かることがあるんだよ……多分」
多分、と言いながら音十弥を見た瞳は確信に満ちている。一瞬合ったその目は、無邪気だが、強くまっすぐだった。
普段は見かけない、凪の表情……
だが、凪はすぐに目を逸らした。
そのまま、近くに置いていた自分のランドセルを掴むと、
「もう、帰る」
そのまま、小走りに走り去ってしまう。
(ああ、いつもの反省モードに入ってしまったな)
音十弥は敢えてなにも声をかけずに見送った。
(オレだけに分かることか……でも、証拠が無いんだよな)
自分の不甲斐なさに音十弥は苛立ち、ため息を漏らした。
子供だからという言い訳はしたくない。だが、自分が大人だったら、もっといろんなことを調べられるのに、とは思う。
「ニッシー!みんな来たぞ〜」
「おう、エビさん」
ドヤドヤと連れ立ってきた同級生たちに、音十弥は我に返った。
「あれ?水沢さんは?」
「帰ったよ。用事あるらしい」
暦美は残念そうな顔をしたが、すぐに
「そうなんだ。じゃあなにする?飛行オニ?」
飛行オニとは彼らが考えた鬼ごっこだった。
全員が翼を出して参加するわけだが、飛べる者はずっと飛んでいなければならない。
「よぉし!!」
他の同意を待たず、蝦名が肩を回す。
「この間、誰がオニで終わったっけ?」
「かべっちだろ」
「え〜、じゃあ、オニ2人!2人にしようぜ」
「え〜、やだぁ」
ワイワイと遊び始める同級生たちに、何か言おうとして、音十弥は口を閉じた。
何をどう言ったらいいか、分からない。
(直感……オレだけに分かること、か。でも、それじゃダメなんだ)
音十弥は同級生たちを見回した。
(オレにできることって、なんだ……?)




