Spring Storm ⑥
「どうやって見つけた?」
れい子先生が張本先生に状況を伝えておくからと、職員室へ戻ると、音十弥は凪に聞いた。
無意識に、睨み下ろすような視線になっていることに、音十弥は気付いていない。
凪は助けを求めるように、暦美を見やった。
光は少し離れたところで信樹や和久と喋っている。
それを確認しつつ、小声で暦美は言った。
「匂い。私、他の人より敏感だから。あとは水沢さんが捕まえてくれたの」
暦美はちょっと得意げだが、音十弥の顔はますます厳しくなる。
「もしかして……」
「つば…リュックは出してない!本当に走って……」
音十弥が言い終わる前に、凪は急いで言った。
「そうだよ。水沢さんが、大丈夫だから、大人しくしてって言ったら静かになって、普通に抱っこできたんだもん」
暦美の言葉に、音十弥は改めて凪をじっと見た。
(それって……水沢の力が動物にも効くってことか……?)
凪は首をすくめ、上目遣いに音十弥を見ている。
暦美はおそらく、凪の能力のことまで考えが及んでいない。
「メチャメチャ人懐っこいよね〜」
そう言って、自分の手の中の子猫に頬擦りしている。
凪の腕の中の子猫の方は、耳に血がこびりついているが、それほど酷いケガではないらしい。時折、小さく掠れた鳴き声をあげながら、あたりをキョロキョロ見回していた。
子猫たちが落ち着いているのが、凪の能力のためかどうか、今は確かめようがない。
音十弥はため息を漏らした。
「気をつけろよ!」
「分かってるってば!」
凪に言ったつもりだったが、暦美が返事を返してよこす。
凪は小さな猫の体を抱いたまま、黙っているだけだった。
30分ほどして戻ってきた美実は、頬を紅潮させながら、
「うち、いいって!!」
満面の笑みで報告した。
ただ、やはり3匹は無理ということで、1番元気そうな暦美が抱いている子を引き取ることになった。
「よし、先生に報告行こう!」
宙彦の掛け声のような声と共に、また子供たちはゾロゾロと職員室へ向かう。
校舎の入り口まで来ると、ちょうど張本先生と全が戻ってきたところだった。れい子先生もちょうど外へ出てきたところだったようだ。
「なかなか厳しいようですよ。もう少し遅かったら助からないって言われました」
そう言いながら、張本先生は全の頭を撫でている。
「高橋くんのお家の方が、元気になったらあの猫を引き取ってくれるそうです。いやあ、先生の教育の力ですかなぁ」
「はい?」
れい子先生は笑顔だが、不思議そうに首を傾げた。
「私、去年高橋くんの担任だったんですがね。とてもしっかり意見が言えるようになっていて、驚きました。お母さんも彼がそこまで自分の希望を強く主張するのは、初めてだと喜んでおられました。全がそこまで言うなら、3匹とも飼うのは無理でも、責任を持って里親を探しますと言ってくれたんです」
「まあ。そうでしたか。全くん、頑張ったわね」
先生方2人に笑顔を向けられ、全は赤面して俯いた。
(これが、いつもの全くんだ)
様子を見守りながら、音十弥はそう思った。
クラスの輪の中にいるときでさえ、俯きがちに、どこか遠くの方を見ている時さえある。
だが、今回の全の変化は誰が見ても良い方向に行くものだ。
れい子先生の影響かどうかはわからないが、誰も批判はしないだろう。まして、今のところ全がウィンガーとして目覚める気配はない。
音十弥が懸念していることとはまるで無関係な話だった。
心の中で舌打ちをし、音十弥はれい子先生から視線を逸らした。
人懐こい笑顔で、全に語りかけている小柄な姿はどう見ても優しい先生だ。
この状況で音十弥の意見を聞く者など、誰もいない。
美実が子猫を1匹引き取れる、と聞くと、先生たちも全も手を叩いて喜んだ。
今日のこの一件は、張本先生のイメージを大きく変えることにも成功していた。
「運命の出会いかもしれないな。大事にしてくれよ」
そう言って、美実の手に収まった子猫の頭を撫でる先生は、いつもの怖い顔はどこへやら、気のいいおじさんにしか見えなくなっている。その様子にれい子先生すら、戸惑っているように見えた。
「全くん、この子……」
凪が子猫をそっと全に差し出す。
腕の中ですっかりくつろいでいた子猫は、慌てた様子で、凪の腕にしがみつく仕草を見せた。
「水沢さんになついちゃったね〜」
暦美が笑う横から、よりによって蝦名が
「かわいいな!」
大きな顔と声を差し出してきて、子猫はますますしがみついた。
「痛っ…爪っ…」
凪が小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫か?」
声はかけたものの、動物を飼ったことのない音十弥にはどうしてやったらいいのか分からなかった。
「大丈夫」
凪は頷き、子猫へ顔を近づける。
「ね、大丈夫だもんね」
猫にだけ聞かせるような小さな声。
(オレ、水沢のこと、大丈夫かって聞いたつもりだったんだけど。猫のことだったのか……)
「全くんのところに行こ。全くんは、優しいよ」
不思議なことに、子猫はおとなしくなった。
されるがままに全の手に収まり、少し匂いを嗅ぐとあとは身を任せてじっとしている。
(やっぱり水沢の力なのか?でも、翼を出してるわけじゃないし……)
結局のところは、なにも分からない。
ホッとした笑みを浮かべる凪の横顔を、音十弥はじっと見つめた。
他の女子に比べて、言葉数が少なく、おとなしいのはありがたいが、その分表情も豊かではない。
「水沢って、ちょっと暗いよな」
面と向かってそう言われているのを見たことがあるが、その時も凪は黙って受け流していた。
今、力使ったのか?
本人にすぐに聞いてみたいと思ったが、もちろん今はまだダメだ。先生たちの目もある。
それに、子猫を見つめる凪は本当に嬉しそうだった。
(オレが話しかけたら、すぐしらけた顔に戻るんだろ。せっかくだから、笑わせとけ)
ニコニコ笑いながら、美実と全の手の中の子猫を見比べている凪に、音十弥は大人な対応をしてやったつもりになっていた。




