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flappers   作者: さわきゆい
外伝 ①
68/190

Spring Storm ⑤

 子猫、と聞いた同級生たち、特に女子は目を輝かせた。

「ええ?!見せて、見せて!」

 暦美と美実が乗り出してくる。


「ヤダ!血だらけじゃない!かわいそう……」

「ヤバくない?!すごい弱ってるじゃん!」


 全員が代わる代わる覗き込む横で、全はソワソワしていた。まだ、北門の向こう側に目をやっている。

「全くん、どうした?」

 音十弥が声をかけると、視線を泳がせながら

「……あと、2匹……」

 と、小さな声で言った。

「え?まだ、いるの?」

 暦美が飛びつくように割り込んでくる。

 全は顔を赤らめながら、頷いた。


「一匹は、だ、大丈夫なんだけど、ね、もう一匹も、ケガしてる。3匹、この中に入れてたんだけど」

 まだ動ける2匹は段ボールから抜け出していったのだろう。

 朝からだいぶ時間も経っている。近くにいるかどうかも分からなかった。


「ケガしてるなら、探さなきゃ。みんなで近くにいないか、見てみようよ」

 美実が乗り出す。何人かが頷いた。

 その時、

「ねえ!」

 珍しく,声を上げたのは信樹だった。


「れい子先生に相談しに行こうよ」

 一瞬、全員が黙り、それから顔を見合わせた。

「先生なら、助けてくれるんじゃない?先生なんだから」

 信樹の視線は音十弥に向いている。

 全く理由になってはいなかったが、音十弥としてもいい考えだと思った。


(そうだ。こんな時、先生ならどうするか、見てやる)

 それは、11歳の男子が持つにはかなり傲慢で、不遜な考えであった。

 担任教師の反応を試す。自分の持つ疑惑を証明する一助とするために。


 次々とウィンガーが発現していることで、クラスメイトに動揺は広がっている。

 音十弥のいう、『れい子先生の陰謀説』に賛同する子も増えている。

 ただそれでもまだ、ごっこ遊びの延長だ。


 スパイ映画の世界に入り込んだような、そんな気分でみんな()()()()()()

 精神年齢が高い音十弥と、クラスメイトたちの、そこが違いだった。

 親友の宙彦でさえ、音十弥ほど真剣に事態を捉えているとは思えない。


 れい子先生の穏やかな笑顔も、真剣に話に耳を傾けてくれる姿勢も、音十弥は何かを取り繕う演技ではないかと疑っていた。

 想定外の『ケガをした子猫』に、れい子先生はどういう反応をするだろう?




 段ボールを抱えた全を先頭に、子供たちはゾロゾロと職員室へ向かった。

 凪や暦美たち女子チームは、あと2匹の子猫がいないか探すために、北門周囲に残っている。


 緊張した面持ちの全を横目に、音十弥は職員室で説明することをシミュレーションしていた。

 だが、

「どうしたんだ。君たち!」

 音十弥の作戦というか思惑は、職員室の扉の手前で、大きな声に遮られた。


「あ……張本先生、」

 それは、大きな太鼓腹にコワモテの赤ら顔が特徴の5年3組の担任だった。

 見た目通り、厳しくて、宿題を忘れたり、目標の点数が取れないと居残りをさせられると評判の教師である。

 その場の全員に緊張がはしった。


「子猫がケガをしています!」

 驚いたことに、真っ先に口を開いたのは全だった。

 張本先生は太い眉をひそめて差し出された段ボールをのぞいたが、途端にひどく険しい顔になった。


「ああ……!ひどいな、これは」

 そう言って、張本先生が子猫に手を伸ばした時、職員室の扉が開いた。


「あらっ?!どうしました?」

 れい子先生の丸顔が、自分のクラスの生徒たちを見回す。

「全くんがケガした猫を拾ったんだ」

 音十弥はまっすぐれい子先生の目を見て言った。

「えっ……?」

 れい子先生が覗き込もうとした段ボールを、張本先生が全から受け取った。


「野宮先生、私、病院に連れて行きます。早くしないと、だいぶ弱ってる」

 それは、誰も予想しない展開だった。

 れい子先生も丸い目を見開いて張本先生を見ている。しかも、

「ぼくも行きます!」

 全がそう言って乗り出したので、更に子供たちは驚いて顔を見合わせた。

 全がこんなにハッキリ喋ることも珍しかったし、こんなに意思表示をするところも見たことがない。

「よし、じゃあ高橋くんも付いてきてくれるか。すみませんが野宮先生、彼のお宅に連絡入れておいてもらえますか」




 結局、なんだか呆気にとられたまま、残された音十弥たちは北門へ戻ることになった。

 ただ、れい子先生も一緒だ。


 校舎裏に回ると、こちらの状況も変化があったことが分かった。

 まず1人、メンバーが増えている。

 同じクラスの室田光(むろたひかる)。全とよく一緒にいる男子で、やはりおとなしくて目立たない子だ。手に猫缶を持って、不安そうに戻ってきた音十弥たちを見ていた。


 そして、凪と暦美の腕の中には1匹ずつ、子猫が抱かれている。ケガをしていた子猫と同じグレーの毛並みで、元気そうではあったが、小刻みに震え怯えている様子だった。


 簡単に事情を説明すると、光は俯いた。

「病院連れて行ってもらえたんだ。よかった……」

 モジモジと猫缶をいじっている。

「室田くん、あの猫はいつ保護したの?」

 光も背は低い方だが、れい子先生も小柄なので、ちょっと屈んだだけで目線が合う。

 やや間を置いてから、意を決したように光は口を開いた。


 小さな声で、所々言葉足らず説明だったが、猫が光の住むアパートの駐車場に捨てられていたこと、それを全と見つけ、植え込みの中に隠していたが、朝様子を見に行くとカラスに襲われていたこと、そのままにしておけずに学校まで連れてきたことなど、だいたいのことを聞き取ると、れい子先生はニッコリと頷いた。


「室田くんたちがしたことは正しいことよ。ただ、ちょっとルールを破ってしまったわね。朝、学校に来た時に教えてくれるとよかったな。そしたら、みんなで話し合いができたでしょう?」

 光はこわごわと同級生たちを見回す。

「みんな心配して、残りの2匹も探してくれたんでしょう?協力すれば、いいアイデアが出てくるものよ」

 子供たちが……音十弥以外が一斉に頷くと、光はホッとしたように肩の力を抜いた。


「うちアパートだから、他に捨ててこいってお母さんが……」

 光の言葉に憤る者と、頷く者が半々だった。

「うちもマンション、ペットダメなんだよね。本郷の家は?」

 暦美にふられた本郷は顔を曇らせる。

「うち、犬が2匹いるからな〜」

 続いて視線を向けられた凪は慌てて首を振った。

「うちは、おばあちゃんが動物嫌いで……」

「うち、1匹なら飼えるかも」

 全員の期待の眼差しを集めたのは美実だ。

「分かんないよ?聞いてみないと。でも、多分……今、聞いてくる!」


 誰の返事も待たず、美実は走り出して行った。

 ふふっと、れい子先生が笑みを漏らす。

「ほうら。相談するって、大事でしょう?」

 光は明るい顔で頷いた。

 音十弥は1人、無表情のまま立ち尽くしていた。


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