Spring Storm ⑤
子猫、と聞いた同級生たち、特に女子は目を輝かせた。
「ええ?!見せて、見せて!」
暦美と美実が乗り出してくる。
「ヤダ!血だらけじゃない!かわいそう……」
「ヤバくない?!すごい弱ってるじゃん!」
全員が代わる代わる覗き込む横で、全はソワソワしていた。まだ、北門の向こう側に目をやっている。
「全くん、どうした?」
音十弥が声をかけると、視線を泳がせながら
「……あと、2匹……」
と、小さな声で言った。
「え?まだ、いるの?」
暦美が飛びつくように割り込んでくる。
全は顔を赤らめながら、頷いた。
「一匹は、だ、大丈夫なんだけど、ね、もう一匹も、ケガしてる。3匹、この中に入れてたんだけど」
まだ動ける2匹は段ボールから抜け出していったのだろう。
朝からだいぶ時間も経っている。近くにいるかどうかも分からなかった。
「ケガしてるなら、探さなきゃ。みんなで近くにいないか、見てみようよ」
美実が乗り出す。何人かが頷いた。
その時、
「ねえ!」
珍しく,声を上げたのは信樹だった。
「れい子先生に相談しに行こうよ」
一瞬、全員が黙り、それから顔を見合わせた。
「先生なら、助けてくれるんじゃない?先生なんだから」
信樹の視線は音十弥に向いている。
全く理由になってはいなかったが、音十弥としてもいい考えだと思った。
(そうだ。こんな時、先生ならどうするか、見てやる)
それは、11歳の男子が持つにはかなり傲慢で、不遜な考えであった。
担任教師の反応を試す。自分の持つ疑惑を証明する一助とするために。
次々とウィンガーが発現していることで、クラスメイトに動揺は広がっている。
音十弥のいう、『れい子先生の陰謀説』に賛同する子も増えている。
ただそれでもまだ、ごっこ遊びの延長だ。
スパイ映画の世界に入り込んだような、そんな気分でみんな楽しんでいる。
精神年齢が高い音十弥と、クラスメイトたちの、そこが違いだった。
親友の宙彦でさえ、音十弥ほど真剣に事態を捉えているとは思えない。
れい子先生の穏やかな笑顔も、真剣に話に耳を傾けてくれる姿勢も、音十弥は何かを取り繕う演技ではないかと疑っていた。
想定外の『ケガをした子猫』に、れい子先生はどういう反応をするだろう?
段ボールを抱えた全を先頭に、子供たちはゾロゾロと職員室へ向かった。
凪や暦美たち女子チームは、あと2匹の子猫がいないか探すために、北門周囲に残っている。
緊張した面持ちの全を横目に、音十弥は職員室で説明することをシミュレーションしていた。
だが、
「どうしたんだ。君たち!」
音十弥の作戦というか思惑は、職員室の扉の手前で、大きな声に遮られた。
「あ……張本先生、」
それは、大きな太鼓腹にコワモテの赤ら顔が特徴の5年3組の担任だった。
見た目通り、厳しくて、宿題を忘れたり、目標の点数が取れないと居残りをさせられると評判の教師である。
その場の全員に緊張がはしった。
「子猫がケガをしています!」
驚いたことに、真っ先に口を開いたのは全だった。
張本先生は太い眉をひそめて差し出された段ボールをのぞいたが、途端にひどく険しい顔になった。
「ああ……!ひどいな、これは」
そう言って、張本先生が子猫に手を伸ばした時、職員室の扉が開いた。
「あらっ?!どうしました?」
れい子先生の丸顔が、自分のクラスの生徒たちを見回す。
「全くんがケガした猫を拾ったんだ」
音十弥はまっすぐれい子先生の目を見て言った。
「えっ……?」
れい子先生が覗き込もうとした段ボールを、張本先生が全から受け取った。
「野宮先生、私、病院に連れて行きます。早くしないと、だいぶ弱ってる」
それは、誰も予想しない展開だった。
れい子先生も丸い目を見開いて張本先生を見ている。しかも、
「ぼくも行きます!」
全がそう言って乗り出したので、更に子供たちは驚いて顔を見合わせた。
全がこんなにハッキリ喋ることも珍しかったし、こんなに意思表示をするところも見たことがない。
「よし、じゃあ高橋くんも付いてきてくれるか。すみませんが野宮先生、彼のお宅に連絡入れておいてもらえますか」
結局、なんだか呆気にとられたまま、残された音十弥たちは北門へ戻ることになった。
ただ、れい子先生も一緒だ。
校舎裏に回ると、こちらの状況も変化があったことが分かった。
まず1人、メンバーが増えている。
同じクラスの室田光。全とよく一緒にいる男子で、やはりおとなしくて目立たない子だ。手に猫缶を持って、不安そうに戻ってきた音十弥たちを見ていた。
そして、凪と暦美の腕の中には1匹ずつ、子猫が抱かれている。ケガをしていた子猫と同じグレーの毛並みで、元気そうではあったが、小刻みに震え怯えている様子だった。
簡単に事情を説明すると、光は俯いた。
「病院連れて行ってもらえたんだ。よかった……」
モジモジと猫缶をいじっている。
「室田くん、あの猫はいつ保護したの?」
光も背は低い方だが、れい子先生も小柄なので、ちょっと屈んだだけで目線が合う。
やや間を置いてから、意を決したように光は口を開いた。
小さな声で、所々言葉足らず説明だったが、猫が光の住むアパートの駐車場に捨てられていたこと、それを全と見つけ、植え込みの中に隠していたが、朝様子を見に行くとカラスに襲われていたこと、そのままにしておけずに学校まで連れてきたことなど、だいたいのことを聞き取ると、れい子先生はニッコリと頷いた。
「室田くんたちがしたことは正しいことよ。ただ、ちょっとルールを破ってしまったわね。朝、学校に来た時に教えてくれるとよかったな。そしたら、みんなで話し合いができたでしょう?」
光はこわごわと同級生たちを見回す。
「みんな心配して、残りの2匹も探してくれたんでしょう?協力すれば、いいアイデアが出てくるものよ」
子供たちが……音十弥以外が一斉に頷くと、光はホッとしたように肩の力を抜いた。
「うちアパートだから、他に捨ててこいってお母さんが……」
光の言葉に憤る者と、頷く者が半々だった。
「うちもマンション、ペットダメなんだよね。本郷の家は?」
暦美にふられた本郷は顔を曇らせる。
「うち、犬が2匹いるからな〜」
続いて視線を向けられた凪は慌てて首を振った。
「うちは、おばあちゃんが動物嫌いで……」
「うち、1匹なら飼えるかも」
全員の期待の眼差しを集めたのは美実だ。
「分かんないよ?聞いてみないと。でも、多分……今、聞いてくる!」
誰の返事も待たず、美実は走り出して行った。
ふふっと、れい子先生が笑みを漏らす。
「ほうら。相談するって、大事でしょう?」
光は明るい顔で頷いた。
音十弥は1人、無表情のまま立ち尽くしていた。




