Spring Storm ④
「水沢さん!今日6年生を送る会の打ち合わせね!」
「水沢さーん、これ、先生に頼まれたの。手伝って」
しばらくすると、暦美や美実が頻繁に帰りがけの凪を呼び止められるのを目にするようになった。
音十弥から凪と話した内容を聞いて、2人が考えた作戦らしい。
「用事があるって言えば、サヤたちも文句言えないでしょ」
案の定、暦美がそう言っているのを聞き、音十弥は女子の強引さにちょっと引いた。
今まで通りの友達付き合いを優先させるか、ウィンガーの仲間との時間に重きを置くか、決めるのは凪自身だが、彼女の性格からすると、押しの強い方に飲まれがちだ。
音十弥にしてみれば、はっきり言えばいいのにと、苛立ちを通り越して、呆れるしかない。
それでも、翼を出して飛んでいる時の凪はこの上なく楽しそうだった。
翼を出してからしばらく、口が悪くなるのを嫌がり、みんなから離れていようとするのだが、最近はみんなわざと絡んだらしている。
「お前ら、うるせーよ!」
とうとう凪が怒鳴り、その20分後には怒鳴ったことに落ち込む凪がいる。
「あんまりからかうなよ」
本郷がたしなめ、
「みんな気にしてないんだってば〜」
暦美と美実が肩を抱いて慰める。
それは段々と、お約束の光景になってきていた。
その日、裏山神社を一人で飛び回る凪の姿があった。
音十弥は少し離れた場所から、声をかけずに見ていた。
凪は一人で気兼ねなく、飛び回るのを楽しんでいる。邪魔せずに見ていてやろうと思った。
凪も音十弥がいることには気づいているが、ガン無視している。
「ふーふふーん……」
かすかに鼻歌まで聞こえるのが、音十弥はおかしかった。
クルクルと螺旋を描きながら上昇していった凪がピタリと空中で静止した。
一方向をじっと見ていた彼女は、今度はスルスルと横移動した。
大きな桜の木の枝に着地すると、幹に身を隠すようにして、また同じ方向を見ている。
音十弥は翼を出した。
音もなく上昇し、凪のそばまで飛び上がる。
「どうした?」
凪は見ている方を指差した。
「全くん」
音十弥も指差す先にいるのが、同級生の高橋全だとすぐに気づいていた。
普段は神社裏の空き地でも、ここまで高くは飛ばない。
木立の間から小学校の校舎裏が見える。ということは、校舎の方からもここが見えるということだ。
翼を出している時でも行動は慎重な凪が、あえてここまでして全を見ている理由も、音十弥にはすぐに分かった。
全は普段はほとんど人が通らない校舎裏の敷地にいた。いや、そこにある小さな門を乗り越えて、校舎裏の藪に入ろうとしていた。
当然、見つかれば怒られる。
「何してんだ?あんなとこで」
「…さあ?」
2人はさらに目を凝らした。
通称、北門と呼ばれている門は普段から開けられたことはない。そもそも藪があるだけなのだから、何のために作られたのかも分からない門である。
自分の身長に近い高さの門を身軽に乗り越えた全は、体を低くして藪の中に進んでいき、見えなくなった。
そのまま、出てくる様子はない。
全は極めて大人しい男子だった。休み時間はいつも教室で過ごすインドアグループの1人で、背は高いのにその視線はいつも下を向きがちだった。
凪と比べても圧倒的に無口だし、表情もほとんど変えない。
運動神経が悪いわけではないのだが、どことなく動きはぎこちなく、行動はマイペースだった。
だが、問題を起こすような子ではない。
その全が、明らかに咎められそうな行動をとっていることが、音十弥は気になった。
「……行ってみるか」
と声をかけると、
「おう!」
と凪が応じる。キラキラと目を輝かせているのを見て、思わず音十弥は苦笑した。
返事と同時に凪は地上へ向けて急降下している。音十弥にはただ落下しているようにしか見えないが、凪はちゃんと軟着陸していた。
ランドセルを掴み、神社の鳥居を出ると他のウィンガー一行がちょうどこちらへ向かってくるところだった。
手短に事情を説明すると、結局ゾロゾロと連れ立って学校へ戻ることになってしまった。
「うちの班、北門のこと調べてたんだよ」
宙彦が口にした言葉に暦美が頷く。
それは社会科の学習で『学校の歴史やその周辺について調べてみよう』というグループ学習の話だった。
全も2人と同じ班である。
宙彦の話によれば、北門を出たところにある敷地を借りて、昔はウサギや鶏など小動物の飼育をしていたそうだ。
宙彦の一回り年上の兄の頃には、飼育委員会があって、上級生の子供たちが世話をしていたらしい。
「野良猫とか、ハクビシンに立て続けに動物殺されちゃって、飼育小屋も撤去されちゃったんだって。だから、今は何もないはずだよ」
暦美が同意を求めるように宙彦を見ると、宙彦も頷いた。
「さっきまで、そのまとめやってたんだから、全くんだって知ってるはずなんだけどなぁ」
だがその言葉にはどことなく、全なら話を聞いていないかも……と言いたげな響きがある。
無口で無表情なだけに、全は何を考えているか分かりにくいキャラクターでもあった。
校庭に残って遊んでいる子供たちも多いが、校舎の裏に回っている者はいない。
5年生がゾロゾロと、人気のない北門へ向かう様子は、教師が見たら何事かと思うかもしれない。
見咎められたらどう説明しようかと、音十弥は思案していた。
「聞こえる」
「なんかしてるな」
小声で呟いたのは、信樹と宙彦だった。
もちろん、ウィンガー特有の耳の良さで全員が北門の向こうの物音に気づいている。
誰もが言われなくても足音を忍ばせ、声を落としていた。
「行ってみる。見張ってて」
短く言って、音十弥は金属の門扉に手をかけた。人に見られないうちに行動したほうがいい。
この程度の高さなら、翼を出さずとも楽々と登って越えられる。
宙彦が何か言おうとしたが、もう音十弥は北門の向こう側にいた。
残された子供たちは慌てて周囲を見回す。
音十弥は姿勢を低くしながら、校舎の窓から注がれる視線がないか確認した。
大丈夫。開いている窓はないし、もう校舎の中に残っている生徒はほとんどいないはずだ。
全の居場所はすぐに分かった。
「がんばれ…いま、ごはん持ってくるから…」
そう話しかけているのが聞こえる。
普段は滅多に聞かない全の声だ。
返事や音読で当てられた時はしっかりと、ハキハキした声が教室中に響くのだが、普通の会話で全から出てくるのは「うん」とか「ううん」「いや…」くらいの文節だった。
しゃがみ込んだ全は背中を丸め、何か必死な様子だった。音十弥にはまるで気づいていない。
「全くん」
音十弥がその背中に触ると、文字通り全は飛び上がった。
声もなく震え上がり、目を見開いている。
「なに、してんの?ごめん、門越えるのが見えたから」
音十弥なりに、出来るだけ穏やかに聞いた。
全は
「ぁ……ぁ……」
と、唇を震わせながら首を振ったり、頷いたり忙しい。
その間に、音十弥は全がかがみ込んで覗いていたダンボールに視線を走らせていた。
「ね…ねこ……」
やっと、全が言葉を発する。
その通り、ダンボールには子猫が一匹横たわっていた。
生まれたばかり、とまではいかないが大人の手なら両手ですっぽり覆い隠せそうな大きさだ。
グレーのふわふわとした毛並み。顔の周りだけ黒っぽい毛が生えているのかと見えたが…
「ケガしてるのか!」
思わず音十弥は声が大きくなった。
子猫は眠っているわけではなかった。
左耳から首にかけ赤黒く血が毛を固めている。呼吸はしているものの、時折痙攣するように手足がびくついた。
「カラス……多分、カラスが」
全の言葉に音十弥は頷いた。
「いつ見つけたの?」
「う……んと、昨日の帰り。今日の朝、見に行ったらやられてたから……連れてきて、ここに」
全の言葉を補完するに、朝登校途中にカラスにやられていた子猫を拾い、段ボールに隠して連れてきた、ということか。
だが、このままここにおいてどうにかなる状態とは思えなかった。
「全くん、あっちに連れて行こう。病院連れて行かないと」
励ますように音十弥が言うと、全は素直に頷いて立ち上がった。




