Spring Storm ③
あの日以来、クラスからのウィンガーの出現は更に続いていた。
ウィンガーになる前兆として、匂いや音に敏感になることは分かっていたから、様子を見ていて気になる同級生はマークしている。
そのおかげで今のところ、人前でウィンガーになる前に確保し、登録するかしないか、本人に決めさせる音十弥の作戦は成功していた。
子供とはいえ、クラスから何人もウィンガーが出ていると聞くと、みんなその異常さを理解した。
ただ、担任のれい子先生に対する疑惑に対しては、賛同する者と首を傾げる者が半々だ。
「ウィンガーであることを隠して様子を見よう」という音十弥の提案にみんなが同意したのは、「ウィンガーやクラスの現状を考えて」というより「ちょっと面白そうだから」という好奇心と、同調圧力によるものだ。
音十弥はそのことも、理解しているつもりだった。
元々、実年齢よりも大人びた考え方をする子供だったが、ウィンガーになってからの音十弥は、世界的なウィンガーの現状や発現率についても詳しく調べていた。
そこにあったのは、ウィンガーを巡る、かなりシビアな現実である。
だが、それについて、同じ目線で話し合える同級生はいなかった。
親友の宙彦でさえ、楽観的で子供っぽい思考で動いているように思える。
それが、凪が隠れウィンガーの仲間に加わってからは、少し雰囲気が変わってきたように見えた。
あの日、凪の顔を見ただけで美実が落ち着きを取り戻したのは不思議な現象だった。
説明を求められた凪はシドロモドロだったが、翼を出している間の自分の言動が人に強く作用することは自覚していたらしい。
誰も聞いたこともない黒い翼、そして不思議な能力。
ウィンガーという異質な存在の中でも更に異質な黒い翼は、ご当人のみならず他の子供たちにもウィンガーとは何か、ということを考えさせるきっかけになっていた。
更に同級生たちを刺激したのは、彼女の飛行センスだ。
飛べると分かっても、人間というのは地面から足が離れると不安になる生き物らしい。
最初はみんな恐る恐る地面を離れるのだが、凪には躊躇いがなかった。
地面スレスレを滑空し、急上昇から急旋回。
溜まり場になっている神社裏のスペースいっぱいを縦横無尽に飛び回る凪に、先に発現していたメンバーも誰もついていけない。
教室では見せたこともない満面の笑みを浮かべて飛び回る様を、同級生たちは感嘆の体で見守るしかなかった。
年が明け、2月も後半に入ると寒さの緩む日も増えてくる。
同級生たちは、頻繁に神社裏に集うようになっていた。
いつの間にか飛行指導係になっていた凪だが、最近溜まり場へ来る回数は減っている。
原因は、翼を出すと凪の性格というか人格が変わることだと音十弥が気がついたのは、凪と美実の会話を聞いたからだった。
「なんか、怒鳴ったりしてみんなに悪いし…」
「誰も気にしてないよ。リュックのせいだって、みんな分かってるもん」
『リュック』は『翼』の隠語だ。
学校内で万が一誰かに聞かれてもいいように、みんなで考えた。
音十弥も美実の言う通りだと思ったが、凪はウジウジとしている。
学校帰りに凪と話してみよう、と考えたのは、音十弥としてもクラスのウィンガーを引っ張っている自覚があったからだった。
ウィンガーの発現は続いている。
美実のように暴走しかける者は出ていないが、万が一の時は凪の力が頼りになる。
翼の出し入れや飛び方に関しても、彼女は的確なアドバイスができた。
何より、神社裏の集会は隠れウィンガー同士の情報交換の場でもある。
人目を気にせず話し合える場に、凪にも参加して欲しかった。
音十弥の帰り道は途中まで凪と一緒だった。
ところが、凪は急ぐ用でもあるのか、どんどん走って行ってしまう。
(小せぇくせに、足早っ!)
仕方なく後日、今度は凪より早く学校を出た。
が、今度は急ぐ気がないらしく、なかなか音十弥に追いついてこない。
(……遅い!)
結局、途中の自販機に寄りかかって待つことにした。
リズミカルな、軽い足音が近づいてくる。
自販機のある角を曲がってきた凪に声をかけた。
「おい、水沢!」
「ふげぁっっ!!」
予想以上のリアクションで凪が跳び上がる。
音十弥が待ち構えているとは、思いもよらなかったらしい。
「…なっ?…なんっ?」
なんの用だと、聞きたいのは理解できた。凪の口数の少なさには慣れてきている。
「ちょっと、話しながら行こうぜ」
一瞬、泣きそうな顔になるかと思えた凪だが、すぐいつもの淡々とした表情で頷いた。
キョロキョロと、時折周囲を見回しながら、凪は音十弥の半歩後ろをついてくる。
ただでさえ身長差のせいで話しにくいのに、振り返り気味で会話しづらい。
とうとう音十弥は足を止めた。凪もビクッと立ち止まる、というより固まる。
「あのさ、お前がちょっとくらい乱暴な口きいても、誰も気にしないから」
「へっ……?」
見下ろす音十弥を映す凪の瞳が揺れる。
「というか、みんな面白がってるだろ」
「え…ぇぇ…」
どうしたらいいのか分からない様子で、凪は口をパクパクしている。
「いつもおとなしいのに、あの時だけメチャメチャキレてるし、その後自分の言ったことに、毎回落ち込んでるし。ギャップありすぎて見てると面白いぞ」
音十弥としては、誉めたつもりだった。言葉も選んだつもりだった。
「お……おもしろ……くはない…」
凪は眉間に皺を寄せている。生真面目すぎる表情も、なんだか音十弥にはおかしかった。
「というか、あれが素?」
ちょっとからかってみたくなる。
「ちがーう」
凪が顔を赤くして、手をバタつかせた。
あまりに子供っぽい反論の仕方に、
「アハハハ!!」
思わず音十弥は声を出して笑う。
「みんな、どっちでも気にしてないって!だから、なるべく来てよ。裏山神社」
凪は意表をつかれたのか、また眉間に皺を寄せて口を真一文字に結んだが、仕方なさそうに頷いた。
歩き始めた音十弥が振り返ると、それもまたしょうがないといった風に凪もついてくる。
「あの……ですね」
ややあって、凪の声に音十弥は振り返った。
「他にも行きにくい理由はあって」
(なんで、そんなに振り絞るような喋り方になるんだ?)
そうは思ったが、茶化さずに凪の言葉を待つ。
様子を窺いつつといった様子の凪は、小さく息を吸って続けた。
「あの、あたしサヤちゃんとかタマちゃんといつも帰るから。だから……寄り道してると怪しまれる」
「コミたちと帰るって言えば?」
凪はランドセルの肩紐をいじりながら、周りを見回した。
「サヤちゃんもタマちゃんも、コミさんたちと、あんまり……仲はよくない」
その意味を理解するのに、音十弥は少し考えなければならなかった。そして、
「女子、めんどくせーなー」
思った通りを口にした。
なぜ、女の子たちはわざわざグループを作って、グループ同士でいがみ合うのだろう?
別のグループの子と遊んだとか、一緒に帰ったとかくらいで、諍いが起こるのを音十弥も知っていた。
もちろん、誰とも必要以上につるまず、我が道を行く子もいるが、少数派だ。
音十弥の「めんどくせー」に、凪は明らかにひるんだが、何か懸命に考えているようではあった。
「…火曜日なら……委員会で、終わる時間結構バラバラだから……」
やがて、小さな声で凪は言った。
「お、じゃあ、とりあえず週に1回は来れるな」
渋々ながらも、凪に神社裏に来る約束をさせたことに、音十弥は満足した。
凪が気にしているのが、沙也香も珠枝も音十弥のことが好きで、音十弥と2人で話しただけで嫉妬されたり、嫌味を言われることだとは、想像もしていない。
それこそが凪にとって一番、「めんどくせー」理由なのであったが。




