もう1人の同級生 ②
室田光のことで印象に残っていることといえば、本人よりもその母親だった。
『室田のママ』は、明らかに他の母親たちより若くて、姉といっても通用しそうだった。
ただそれだけではなく目立っていたのは、出立ちの派手さ、のためだ。
腰まで伸びた長い髪、まばたきの度に音を立てそうな付けまつげ、きらびやかなネイル、そして露出度の高い服。
父兄の中にはあからさまに不快感を示す人もいたらしい。
凪の母親は他人の悪口などそう口にはしないのだが、
「好きな服を着るのは構わないけどねえ。夜のお仕事着で学校に来るのはねぇ」
と、苦笑いしていたことがある。
「夜のお仕事」の意味が分かったのはだいぶ後のことだが、いわゆるセレブ系の母親たちが室田のママを避けていた理由がそれでなんとなく理解できた。
凪も彼女の顔などは覚えていなかったが、その服装や雰囲気は印象に残っている。
BLASHの入り口に貼られたホストたちの写真を見ながら、凪はそんなことを考えていた。
室田の写真は結構目立つ位置に貼られている。かなり加工してあるのもあるが、あまりに小学生時代の雰囲気と異なっていて、写真だけでは室田だとは気がつかないだろう。
写真の下にある名前は『HIKARU』。
(本名、使ってるんだ……え!人気No.5!
20人以上いる中の5位って、結構人気あるんじゃ……)
写真を凝視する凪を見ながら、室田は嬉しそうに笑った。
「へへ……オレ、結構頑張っているんだよ」
一番気になる問題について、凪はどう切り出したらいいかずっと思案していたのだが、ここは率直に切り出すことにした。
「……お酒、強いもんね。こういう仕事、向いてるかもね」
「え?」
「ウィンガー。いつから?」
凪の目には、室田の背後に立ち昇る蜃気楼のような気配が見えていた。
始めはホストの集団の中に、隠れウィンガーがいるな、くらいで流そうとしたのだが……まさか同級生の室田だとは。
室田は笑顔のまま固まった。そのまま沈黙が数秒続いた後、彼は諦めた、というよりは納得したように呟いた。
「そっか……水沢さんたちは分かるんだったね」
こんどは凪が固まる番だった。
(やっぱり……あたしがウィンガーだって、知ってたんだ)
なんとなく予想はしてたし、その覚悟は決めて凪も切り出したつもりだった。
それでも、この後どう話すべきか……慎重に判断しなくてはならない。
室田は、同級生の間でウィンガーとは認識されていない。
今日のクラス会でも、連絡のつかない同級生の1人としてしか名前は出ていない。
それ以上はのことは誰も室田を話題には……
(あれ、なんか……言ってなかったっけ?)
凪は室田に関する話題が何か出たことを思い出した。
ーー室田は連絡つかないよ。あの事件で転校した後、誰も会ってないーー
(本郷か、かべっちが……いや、タクだっけ……?だれか、そんな話してたな)
同じ中学校に行っていない凪には、事件がなんのことか分からない。だが、いずれにしろ室田は絵州市に戻ってきている。ウィンガーになって。
「ヒカル!その子、どうしたんだ?」
突然、店の奥から声をかけられ、凪はビクッと飛び上がった。
「あ、オレのお客……いえ、友達なんです。たまたまそこで会ったもんで」
室田は平然と、先程までの笑顔が戻っている。
何人かのホストが顔を出し、興味深そうに凪を見た。
「友達?へぇ、オレ、妹が迎えに来たのかと思ったわ」
そう言ってきたのは、少々痩せすぎなぐらい細身の金髪の男。
「妹、中学生ですって」
室田が返すと、
「だからさァ、中学生こんな時間にいたらヤバイだろって、思ったんだよ!」
と、金髪は凪をジロジロ見回した。
結構、アルコールが入っているらしく、舌の回り方が怪しい。
「中学生?違うよな?うん、ならいい!お姉ちゃん、かわいいな!」
自分に向けられたその言葉に、真面目に反論すべきか、聞き流すべきか凪は戸惑った。
「レイヤさん、そんなの分かってますって」
室田は笑顔のまま、金髪の青年に穏やかに返したが、凪の方を見た目が
(ごめんね)
と言っている。
周りの他のホストたちの様子からしても、金髪は、酒が入ると面倒くさいタイプのようだ。
「オレ当番だから、あと戸締まりしますよ。なんかやっとくことあります?」
室田は若手らしく下手に出ているが、へつらう感じはなく、かといって生意気な雰囲気もない。
いつもクラスという集団の外れで、自信なさげにしていた少年とは思えなかった。
「そうか!ヒカルは早くお姉ちゃんと2人になりたいんだな!」
金髪の声はだんだん大きくなっている。
「レイヤさん、後はヒカルに任せましょ。せっかく早上がりなんだから、どこか飲みいきましょって」
そばにいたがっしりした体格の男性がレイヤと肩を組むと、そのまま抱えるようにして、ドアへ向かった。
ホストというには、かなり見た目も歩き方も体育会系の男性だ。
男は凪のそばを通り過ぎながら、
「ヒカルは変なことするヤツじゃないから」
と、さわやかな笑顔を見せてきた。
「当たり前ですよ」
室田がかなり本気で言い返したのに凪も付け加えた。
「大丈夫です。あたしも変なことされるようなヤツじゃありません」
室田が同じ年頃かと思われるホストたち何人かと残りの片付けを済ませる間、凪は店の隅に座り、見慣れぬ店内を眺めていた。
せっかくだから何か手伝おうという凪の申し出は丁重に断られ、むしろ
「なんか飲んでる?」
と、勧められた。慌てて断り、余計なことは言わずにおとなしくしていようと、隅の座席に収まったのである。
お金は取らないと言われたけれど、後から請求されたりしたらたまらない。こういう店の一杯の料金がいかほどになるのか、凪には想像もつかなかった。
ジーズ・バーよりも暗めの店内。装飾はきらびやかだが、思ったよりも狭苦しい感じがする。
時々談笑しながら片付けを進める男性陣の会話は、なんだか部活帰りの高校生のような内容で、少々大人気ない。
とにかく地味でオドオドしていた姿ばかり覚えているだけに、室田が彼らに混じって時折、
「うるせーよ」
なんて発するのを聞くと、凪は思わず笑みを漏らさずにいられなかった。
母とも姉ともつかないような気持ちで見守ってしまう。
(なんか、楽しそうでよかった……ウィンガーだけど)




