もう1人の同級生 ①
繁華街ではまだ宵の口の時間のはずだが、いつもより人が少ない。
ああ、まだお正月明けたばかりだからか、と凪は思い返した。
地下鉄の終電の時間が近いにも関わらず、足取りは重い。
気分が落ちている、というより引っ掻き回されている。
莉音の死に、不可解な点が多いことはなんとなく聞いていた。ただ、本郷も他の同級生たちも、それにあまり触れないようにしているようだったから、凪も敢えて聞こうとはしなかった。
莉音とそれほど親しくなかった自分が、首を突っ込んで聞く内容でないとも思ったし、下手に傷をほじくるようなことはしたくなかったからだ。
だが、莉音の話を聞いて、心を乱されたのは凪の方だった。
まるで、小説の中の出来事のような話だ。
でも、と思う。
先日の須藤の事件だってそうだった。
信じられないようなことが起こっている。
ため息をついて、顔を上げた凪は、
「あ……」
小さく声を出した。
なぜ、いつもと違う場所で曲がってしまったのだろう……?
碁盤目状に道ができているこの辺りは、どこで曲がっても地下鉄までの距離は変わらない。
だが、この通りはいつもは意識して通らないようにしている道だった。
どういうわけか、この道沿いにはキャバクラや、風俗系の店、ホストクラブなどが集中している。
客引き行為は禁止されているはずだが、そこは建前なのか、道行く酔客を呼び止める声がひっきりなしにかかっていた。
露出度の高い出立ちの女性たちが行き交っているのも、この付近では日常だ。
思わず引き返しかけて、それもおかしいとかと凪は思い直した。
着古したダウンコートに身を包んだ、地味な学生が声をかけられることもないだろう。
かけられたとしても、ほんの数十メートル行けばいつもの道へ出るのだ。
それでも、なんとなく場違いな世界に足を踏み入れた感覚のまま、凪は急ぎ足で道を進んだ。
一応、車も通れる道だが、特に深夜のこの時間ともなると、歩道も車道も関係なく人が歩いている。
かなり足取りの怪しい人たちもおり、車の方が遠慮がちに走行していた。
数メートル先で停まった2台のタクシーの周りを、黒いスーツの男性たちが囲んでいる。凪は反対側の歩道へ渡り、さらに足を早めた。
ホストがお客の見送りに出ているらしい。スーツの集団からは、時々歓声にも似た笑い声があがる。
彼らに花道を作られるようにしてタクシーに乗り込もうとしているのは、妙齢の女性二人組。身なりからしても、上客なのだろう。
「じゃあね〜ほら!行くわよ!」
女性たちに促され、2人のホストがそれぞれの女性に続いてタクシーに乗り込んだ。
手を振ったり、お辞儀をしたりしながらタクシーを見送る集団の向かいの歩道を行きながら、凪はそちらへ視線を向けないようにしていた。
興味はある。
職業柄、イケメン率は高い。できればじっくり観察したい、とは思いつつ、変な因縁をつけられたくないという気持ちが勝った。
が、その視界の端を掠めたものがある。
(あ、ここにもいるんだ……)
それは、つい先ほどまでたっぷり見ていたものだった。
いや、この街ではちょくちょくあることだ。いつも通り、素知らぬふりを貫けばいい。地下鉄の時間も迫っている。
案の定、スーツの一団は凪の方には目もくれないように見えた。
あと5、6軒通り過ぎればこの通りを抜ける、というところで、ふと、凪は名前を呼ばれた気がして立ち止まった。
カッカッカッと、小走りに足音が近づいてくる。
「あのっ、水沢さんじゃない?」
(え?!)
気のせいではなかった。振り返った先にいたのは、細身で小柄なスーツの男性。
整髪料で逆立てた短髪に、綺麗に整えられた眉。見るからにホストらしい雰囲気を纏っているが、垂れ目気味の目は興奮に見開かれていた。そして……
(……誰……?)
凪は思い出せる限りの男性の顔を脳内に展開していた。
大学の同級生、先輩、後輩……高校の時の……親戚には……この年頃の男子はいない……それに何よりこの人は……
「水沢凪さん、だよね?!」
凪の戸惑いを知ってか知らずか、相手は前のめりにくる。
「オレ、室田。室田光。覚えてない?八川小学校の……」
(あ?!……ああっっ、ええぇぇぇ……)
「室田くん?!」
凪の声は裏返り気味だった。
当時とはだいぶ違う風貌にも関わらず、すぐに思い出したのは、当然クラス会の後だからということが大きい。
室田は勉強も運動も得意ではなく、取り立てた特技もなかった。
活発で、休み時間には校庭に飛び出していく子が多いクラスにあって、いつも教室に残ってのんびりしているタイプの男子。
凪は2年間同じクラスで過ごしても、会話をした記憶がない。
今藤と同じくらい小柄で、おとなしいと言われていた凪から見てもおとなしい子だった。
はっきり言ってしまえば地味なキャラで、クラス会でチラリとでも名前を聞いてなければ、すぐに思い出せたかも怪しい。
だが、室田の方は、凪をよく覚えているらしい。
「水沢さん、こっちに戻ってきたの?確か、県外に引っ越したよね?」
しかも、こんなに人懐こく、グイグイくるキャラではなかったはず、と凪は戸惑うしかなかった。なによりその背中に……
「あの、えぇと、大学がこっちで……」
「ああ、大学行ってるんだ?どこの大学?」
「T大……」
「えっ、すげぇ!さすが水沢さん!」
凪が室田の背後に視線を走らせたのを、自分の同僚たちを気にかけたと思ったらしい。
室田は振り返り、ホストたちが店へ戻るところを確認した。
「今日はもう閉店なんだ。今週は時短営業でさ」
室田は凪の方を見ると、ニッコリ笑った。
「ねぇ、時間あったらちょっと寄っていかない?」
少年のような微笑みで、軽く首を傾げる仕草は素なのか営業なのか、凪には区別がつかなかった。
「えっ……寄って……いくって……」
(いや、閉店って言わなかった?ホストクラブって……)
このままだと地下鉄には間に合わないが、この際それはもうよかった。
この状況……話をしないわけにはいかない。
だが……
「あ、あたしっ、そんなお金ないし……」
室田はケラケラと笑った。
「そんな!水沢さんからお金なんてとらないよー。もうお店、終わったんだしさー」
「……はあ」
結局、少々混乱した頭のまま、凪は室田についてホストクラブ『BLASH』へ向かった。




