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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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もう1人の同級生 ①

 繁華街ではまだ宵の口の時間のはずだが、いつもより人が少ない。

 ああ、まだお正月明けたばかりだからか、と凪は思い返した。


 地下鉄の終電の時間が近いにも関わらず、足取りは重い。

 気分が落ちている、というより引っ掻き回されている。


 莉音の死に、不可解な点が多いことはなんとなく聞いていた。ただ、本郷も他の同級生たちも、それにあまり触れないようにしているようだったから、凪も敢えて聞こうとはしなかった。

 莉音とそれほど親しくなかった自分が、首を突っ込んで聞く内容でないとも思ったし、下手に傷をほじくるようなことはしたくなかったからだ。


 だが、莉音の話を聞いて、心を乱されたのは凪の方だった。

 まるで、小説の中の出来事のような話だ。

 でも、と思う。

 先日の須藤の事件だってそうだった。

 信じられないようなことが起こっている。


 ため息をついて、顔を上げた凪は、

「あ……」

 小さく声を出した。


 なぜ、いつもと違う場所で曲がってしまったのだろう……?

 碁盤目状に道ができているこの辺りは、どこで曲がっても地下鉄までの距離は変わらない。

 だが、この通りはいつもは意識して通らないようにしている道だった。


 どういうわけか、この道沿いにはキャバクラや、風俗系の店、ホストクラブなどが集中している。

 客引き行為は禁止されているはずだが、そこは建前なのか、道行く酔客を呼び止める声がひっきりなしにかかっていた。

 露出度の高い出立ちの女性たちが行き交っているのも、この付近では日常だ。


 思わず引き返しかけて、それもおかしいとかと凪は思い直した。

 着古したダウンコートに身を包んだ、地味な学生が声をかけられることもないだろう。

 かけられたとしても、ほんの数十メートル行けばいつもの道へ出るのだ。


 それでも、なんとなく場違いな世界に足を踏み入れた感覚のまま、凪は急ぎ足で道を進んだ。

 一応、車も通れる道だが、特に深夜のこの時間ともなると、歩道も車道も関係なく人が歩いている。

 かなり足取りの怪しい人たちもおり、車の方が遠慮がちに走行していた。


 数メートル先で停まった2台のタクシーの周りを、黒いスーツの男性たちが囲んでいる。凪は反対側の歩道へ渡り、さらに足を早めた。


 ホストがお客の見送りに出ているらしい。スーツの集団からは、時々歓声にも似た笑い声があがる。

 彼らに花道を作られるようにしてタクシーに乗り込もうとしているのは、妙齢の女性二人組。身なりからしても、上客なのだろう。


「じゃあね〜ほら!行くわよ!」

 女性たちに促され、2人のホストがそれぞれの女性に続いてタクシーに乗り込んだ。


 手を振ったり、お辞儀をしたりしながらタクシーを見送る集団の向かいの歩道を行きながら、凪はそちらへ視線を向けないようにしていた。

 興味はある。

 職業柄、イケメン率は高い。できればじっくり観察したい、とは思いつつ、変な因縁をつけられたくないという気持ちが勝った。

 が、その視界の端を掠めたものがある。


(あ、ここにもいるんだ……)

 それは、つい先ほどまでたっぷり見ていたものだった。

 いや、この街ではちょくちょくあることだ。いつも通り、素知らぬふりを貫けばいい。地下鉄の時間も迫っている。


 案の定、スーツの一団は凪の方には目もくれないように見えた。

 あと5、6軒通り過ぎればこの通りを抜ける、というところで、ふと、凪は名前を呼ばれた気がして立ち止まった。


 カッカッカッと、小走りに足音が近づいてくる。

「あのっ、水沢さんじゃない?」

(え?!)

 気のせいではなかった。振り返った先にいたのは、細身で小柄なスーツの男性。


 整髪料で逆立てた短髪に、綺麗に整えられた眉。見るからにホストらしい雰囲気を纏っているが、垂れ目気味の目は興奮に見開かれていた。そして……

(……誰……?)


 凪は思い出せる限りの男性の顔を脳内に展開していた。

 大学の同級生、先輩、後輩……高校の時の……親戚には……この年頃の男子はいない……それに何よりこの人は……


「水沢凪さん、だよね?!」

 凪の戸惑いを知ってか知らずか、相手は前のめりにくる。

「オレ、室田。室田光(むろたひかる)。覚えてない?八川小学校の……」


(あ?!……ああっっ、ええぇぇぇ……)

「室田くん?!」

 凪の声は裏返り気味だった。

 当時とはだいぶ違う風貌にも関わらず、すぐに思い出したのは、当然クラス会の後だからということが大きい。


 室田は勉強も運動も得意ではなく、取り立てた特技もなかった。

 活発で、休み時間には校庭に飛び出していく子が多いクラスにあって、いつも教室に残ってのんびりしているタイプの男子。

 凪は2年間同じクラスで過ごしても、会話をした記憶がない。

 今藤と同じくらい小柄で、おとなしいと言われていた凪から見てもおとなしい子だった。

 はっきり言ってしまえば地味なキャラで、クラス会でチラリとでも名前を聞いてなければ、すぐに思い出せたかも怪しい。


 だが、室田の方は、凪をよく覚えているらしい。

「水沢さん、こっちに戻ってきたの?確か、県外に引っ越したよね?」

 しかも、こんなに人懐こく、グイグイくるキャラではなかったはず、と凪は戸惑うしかなかった。なによりその背中に……


「あの、えぇと、大学がこっちで……」

「ああ、大学行ってるんだ?どこの大学?」

「T大……」

「えっ、すげぇ!さすが水沢さん!」


 凪が室田の背後に視線を走らせたのを、自分の同僚たちを気にかけたと思ったらしい。

 室田は振り返り、ホストたちが店へ戻るところを確認した。


「今日はもう閉店なんだ。今週は時短営業でさ」

 室田は凪の方を見ると、ニッコリ笑った。

「ねぇ、時間あったらちょっと寄っていかない?」

 少年のような微笑みで、軽く首を傾げる仕草は素なのか営業なのか、凪には区別がつかなかった。


「えっ……寄って……いくって……」

(いや、閉店って言わなかった?ホストクラブって……)

 このままだと地下鉄には間に合わないが、この際それはもうよかった。

 この状況……話をしないわけにはいかない。

 だが……

「あ、あたしっ、そんなお金ないし……」


 室田はケラケラと笑った。

「そんな!水沢さんからお金なんてとらないよー。もうお店、終わったんだしさー」

「……はあ」

 

 結局、少々混乱した頭のまま、凪は室田についてホストクラブ『BLASH』へ向かった。


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