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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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クラス会の後で ②

「中学一年生の、夏休みが終わって間もなくだったよ。莉音が、ウィンガーになったって……急に言ってきてね……その場で翼を見せてくれた」

 そこで、マスターは照れ臭そうに笑った。


「ああ、天使の降臨だ、って僕は思わず言っちゃって。莉音に、馬鹿じゃないのって言われちゃったよ」

 マスターは立ち上がり、三つ編みの少女の絵に歩み寄った。額を外すと、絵の後ろからハガキほどの大きさの紙を取り出す。


 差し出されたそれを見た凪は小さく息を呑んだ。

 クロッキー帳を切り取ったらしい紙に、鉛筆で少女が描かれている。

「莉音ちゃん……」


 制服に三つ編み、ちょっと首を傾げて真っ直ぐこちらを見ている少女の背には、翼があった。

 強い意志を感じさせる目元、緊張気味に結ばれた口元。

 凪の記憶より、少しだけ大人びているが、間違いなく、莉音だ。


「どうしても描きたくて。莉音には嫌がられたけど、そのまま、翼出してて!今、パパ、スケッチするから!って」

 苦笑するマスターにつられて、凪も口元を緩めた。

 大きな体が、あたふたとクロッキー帳と鉛筆を取り出す姿が思い浮かぶ。

 マスターはそっと、絵の中の莉音の翼をなぞった。

「最後の肖像画になってしまったけどね……

 帰ってきたら、たくさん描こうと思ってたんだけど。トレーニングセンターに行って、1週間で事件が起こってしまったんだ」



 莉音がウィンガーになった頃には、未成年のウィンガーには、保護者が付き添うことが認められていた。

 莉音には母親が付き添って行ったが、トレーニングセンター自体には親は入れず、どんなことをしているのかは、あまり教えてもらえなかった。

 初めの1週間は宿泊施設からの外出も認められなかったが、翼の出し入れをほぼコントロールできていた莉音は、翌週にはトレーニング後の外出が認められたという。


「あの日、奥さんと莉音は、2人で久しぶりに買い物にでも行こうって、楽しみにしていた。僕にもそう連絡してくれていたから。だから、あんな人気のない倉庫街でひき逃げされたって聞いて……それだけでもおかしいと思ったよ」


 近くの防犯カメラに映っていた、黒い乗用車が犯人の車と思われたが、ナンバーは偽造、運転手の顔はサングラスとマスクで分からず。

 現場検証によると、莉音はブレーキをかけずに突っ込んできた車に撥ねられ、ほぼ即死。その後、車は引き返してきて莉音の母を撥ね、そのまま逃走していた。


 最初から莉音たちを狙っての犯行である可能性が高く、わざわざ引き返してきて母親を撥ねるなど、悪質性もある事件だったが、警察の姿勢は最初から消極的だったと、マスターは力無く笑った。


 事故から1週間ほどでやっと意識を取り戻した妻の証言はほとんど取り上げられず、時間を追うごとに捜査本部は縮小されていった。

 そして、なんの手がかりもないまま一年が過ぎた日、莉音の母親はマンションから飛び降りた。



「僕もその後、しばらくはひどい生活をしていてね……正直記憶がないくらい」

 苦い笑いを漏らすマスターを、凪は直視できなかった。


「事件のことをいろいろ調べていてくれたのは、みんな、なんだよ」

 みんな、は同級生の隠れウィンガーたちのことだろう。


「でも、調べることにも限界があって。それで進之介くんが、とうとう伊達守さんに全て打ち明けたんだ。協力してほしいってね。伊達守さんは、すぐに僕のところへ来てくれた」


 マスターはしばし、遠くを見るような目つきで、当時のことを思い出しているようだった。

「とても……落ち込んで……野宮先生を招致したことを後悔されていた。クラスの子どもたちが次々にウィンガーになったことに、先生が関係しているのは間違いないとね。あんな特殊カリキュラムクラスなんか作らなければ、莉音もウィンガーにはならなかったんじゃないか、あんな亡くなり方をしなかったんじゃないかって、何度も謝られてね……」


 マスターはグラスのウイスキーをグッとあおり、それから気を取り直したように

「ああ、伊達守さんが悪いなんて、僕は全く思っていないよ。本当に親身になって、力になってくれてね。心機一転、以前とは全然違う仕事をしてみようって相談したら、ここのお店を紹介してくれたのも伊達守さんなんだ」

 そう言って、狭い店内を愛おしそうに見回した。


「ただ、その頃には野宮先生の行方もわからなくなっていて。まあ、それでますます疑惑が深まったんだけど。まずは、僕がしっかりしないと、調べられることも調べられない。とにかく、生活を立て直すことを第一に、調査は伊達守さんや、本郷くんたちに任せて、僕は経営のこととかお酒のこととか勉強しているうちに、あっという間に7年もたっちゃったよ。でも、時間が開いたおかげで、冷静に事件のことは考えられるようになったと思う。そして、やっぱりあのひき逃げ事件にはアイロウが関係しているとしか考えられないんだ。実は伊達守さんも、事件のことを調べ始めてから危ない目にあっていてね」

「えっ?!」

 思わず、凪は声を出した。


「どうも上の方からの圧力もあるらしい。だから、伊達守さんには表立った行動はもう、しないようにお願いしたんだ。これ以上、何かあったら……莉音だって、そんなこと望んでないから。僕も誰かが傷つくのを見たくないしね。だけど、これで何かとんでもないことが起こっていることは、分かったよ」


 敢えて莉音の事件には触れないように、失踪した野宮れい子について調べるうち、先日凪も聞いたような"嘘"が次々に明らかになった。


「何が起きたのか、明らかにしたいと思っているよ。というか、絶対に、真実を探し出すよ。必ず、だ」


 マスターの口調も眼差しも穏やかなままだが、そこには口を挟めない空気があった。

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