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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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クラス会 ③

 西崎と寺元が、すっかり小学生の顔で談笑している。

 れい子先生のことでの見解の違いはそのままだとしても、それはそれらしい。


(なぁんだ……)

 と、凪は思った。

 なんだかぎこちない空気が2人の間には漂っているのかと懸念していたのだけれど……

 8年という時間の経過がそうさせたのか、自分が勝手に西崎と寺元の関係を険悪なものと思い込んでいただけなのか、いずれにしろ、この場の空気は和やかだった。


 マスターが、ガタガタと奥からケースを運び出した。

「みなさーん、これは伊達守さんからの差し入れだよー」

 一斉に同級生たちが振り向く。

「1人一本ずつ!ここで飲んでもよし、お持ち帰りもよし!」

 それは赤ワインのボトルだった。

「さすが〜伊達守さん!太っ腹〜」

「やった!飲んじゃお〜」

「白がいい人は冷やしてあるよ。ちなみにさっき開けたシャンパンも伊達守さんからだからね」


 ガヤガヤとワインに群がる人々を、凪もにこやかに見ていた。

(今度、未生ちゃんと飲もう)

 凪も、もちろんもらえることになっていたから、そんなことを考えていると、視界の片隅で、今藤琥太郎(こんどうこたろう)がこちらに近づいてくるのが見えた。


「飲んでないの?」

 と、声をかけてきた今藤にどんな顔をして応じるか、凪の思考は0.1秒の間に目まぐるしく駆け巡ったが

「一応、仕事中だから」

 と、バーのスタッフらしい笑顔を見せる。


(……あれ、)

 笑顔を張り付かせつつ、凪は違和感を感じた。

 カウンターの内側は、フロアより20cmほど高い。つまり今、凪と今藤の視線がほぼ同じ高さで合っているということは……


 凪はつま先立ちしてカウンターから身を乗り出した。

 今藤は別に背伸びしているわけではない。それを確認し、思わず

「コタロー、背伸びたよね」

 凪は真顔で言っていた。

 ニャーっと、満面の笑顔が広がる。

「もう、小さい太郎とは言わせねえぜ」


 今藤琥太郎は、学年で一番背の低い子供だった。手足もガリガリで、見るからに貧弱な体型。小柄な凪の目から見ても「小さい子」で……だが、親近感は持たなかった。


 黒板に、今藤の名前を書く時、あえて『今藤()太郎』と書き、

「こたろうの()は小さいじゃありませーん」

 と、今藤が指摘するまでがワンセットのお約束。

 今考えれば、背の低さを揶揄するような行為は問題になっていてもおかしくないのだが、

 れい子先生は、特に注意もしなかった。


 負けん気の強い今藤の性格なら問題のない範囲と思っていたのかもしれない。

 小さな体をカバーするかのように、彼の舌の回る速さと、その語彙の豊富さといったらなかったから。

 つまり、一つ意見なり注意を彼に与えると、その反論が10倍にもなって返ってくるのだ。それがほぼ屁理屈やこじつけだとしても、マシンガンよりも切れ目なく繰り出される言葉に、凪は黙り込むしかなかった。


 人見知りで口下手な凪は、到底かなうことのない、相性の悪い相手として今藤をとらえ、できる限り近づかないようにしていたし、今も同様に思っていた。


 だが今、ワインボトルとグラスと共に、カウンターに腰を下ろした今藤に、凪は少し戸惑っていた。

 子供の頃と同じく痩せていて、手など骨張って見えるのは変わらない。だが、すっかり普通の男性並みの身長になった今藤は、小さな顔も相まって、とてもスマートに見える。

 そして、先程の寺元同様、あえて凪と話すためにそこは座った空気感がある。彼と話す話題など、あっただろうか……


(……ああ!)

 ふと、凪は思い出した。

「この間、ありがとう。音声データ編集してくれたって……」


 須藤の事件で立山が録音していたデータを編集し、出所が分からないようにばら撒いたのは今藤の仕事だった。

 そのことで、直接お礼を言われていないことに、嫌味の一つも言いに来たのかと思った凪は、先手を打った。

 だが、今藤は意外そうな顔をしてヒラヒラと手を振っただけだ。


「ああ、別に大したことじゃないよ。あんな現場に居合わせたのに比べりゃ。あんな会話、直接聞いてたら、ブチ切れるわ。とんでもないのに付き合わされたよなぁ」

 口調は凪が拍子抜けするほど柔らかい。

 凪の記憶では、今藤はもっと……攻撃的とまではいかないが、常に人の揚げ足をとってやろうという意気込みが見える話し方をしていた。


「あ、これ開けたいんだけど。コルク抜きある?」

 ワインボトルを指さされ、

「あっ、これは気が利きませんで……」

 思わずへり下りながら、凪は栓抜きを差し出した。

 差し出してから、

(店員なら、開けてくれんじゃないの?)

 と、返しがくるかと身構える。だが、今藤はなかなかに慣れた手つきでポンッとコルクを抜くと、

「ありがとう」

 と、栓抜きを返してよこす。更には、

「飲まない?」

 と、ボトルをかざしながら聞いてきた。


「い…いい、一応、仕事中だし」

 それ以上続ける言葉を見つけ出せず、凪は傍らに置いていたオレンジジュースのグラスを取り上げた。

「これ、飲んでたから」

「お!」

 ワインを注いだグラスを取り上げて、今藤が合わせてくる。

 全くそんな気はなかったのに、なぜか凪と今藤は乾杯をすることとなった。


(なんで、こうなる?)

 一応の笑顔は張り付かせつつ、疑問符を頭に浮かべながら話題を探す。今藤は……確か、県立大学に行っていると聞いた。


「えと……今って、なんかIT関連の学部とか……行ってるの?」

 自分でも、なんかアホくさい聞き方だとは思ったが、今藤はあっさり首を振った。


「生物生産の方。農業系の生産学ってやつ」

「え、へえ?そうなんだ」

「画像とか音声加工とか、ハッキングは趣味」

「……ハッ?!」

 口を開いて固まった凪に、今藤はニンマリ笑ってみせる。

 それは小学校時代、相手を言い負かして黙らせた時の、今藤の笑みと同じだった。


「まぁ、ハッキングっていっても、危ないことはしないよ?ウィンガーの情報集めたりすんのに、ちょっとは役に立つかと思ってさ。ウィンガーの問題は世界規模だからねぇ。情報収集は大事でしょ」

 やっと凪は口を閉じて頷いた。

「実際、役に立ったしね……」

 出所を明らかにせずにあの音声を公開するのに、今藤の知識は役にたったに違いない。あの音声が出回らなければ、きっと立山が濡れ衣を着せられて事件は解決していた。


 今藤は頬杖をついて、ふっと息を漏らす。

「役に立ったのはあなたでしょ」

 その言葉には嫌味も蔑みもない。だがそれだけに、凪は今藤の真意を図りかねた。


「水沢がいると、安心感があるよ。多分、みんな言わないから、あえて言うけど。戻って来てくれると心強いと思ってる」


 それは凪には予想しない言葉だったし、その言葉が今藤から出てきたことが更に意外だった。

「あ、あたしっ、多分、飛ぶのはみんなより得意……かもしれないけど……それだけで……あと、まぁ……変な能力もあるけど……」

 あやふやな受け答えに対し、今藤は真っ直ぐに凪を見てくる。

 自分の言葉が及ぼす影響を知っていているから、凪は反射的に視線を外してしまった。


「そう?それだけで、十分じゃない?てか、ウィンガーだからって、できることは、ほぼ共通。基本は基礎体力の向上、五感の精度の上昇。だけど、あの催眠術は、他のウィンガーには真似出来ない。実際、今回はそれで助けられた。水沢、それだけでもあなたの存在価値は大きい。嫌だと言われれば、どうしようもないけど、正直、みんな期待してる。遠慮して言わないみたいだけどね。でも、こういうことって、きちんと伝えなきゃいけないとオレは思うわけ。しばらく離れてて、知らない話もあるはずだし。もう関係ないからって、何も話さないで距離だけ取ってるのが、気遣いとか、思いやりとは思えない」


 淀みなく、声を荒げることもなく、流れるように出てくる言葉は、凪の記憶の中にある今藤のイメージそのままだった。

「実際、みんなが何を調べてるか、それでオレたちが何をしようとしてるか、聞いてないでしょ。一度、きちんと聞いてみる気ない?関わるかどうするか、それから考えるべきじゃない?」


(ああ、コタローはコタローだ……)

 今藤の意見に、ショックを受けなかったと言えば嘘になる。だが、見た目は変わっても、基本の性格がそのままだということに、感じる郷愁じみた感覚の方が強かった。

「コタローくん」


 傍からそっと声をかけてきたのはマスターだった。

「それを聞くかどうかも含めて、凪ちゃんの判断に任せるべきじゃないかな」


 今藤はちょっと不満そうに首を傾げ、グラスをあけた。

 立ち上がると、またまっすぐに、凪を見る。

「だって、こいつ、黙ってたら絶対戻ってこないよ?みんな、頼りにしてるんだ」

 それから、思い直したように、ニヤッと笑って続けた。

「個人の意見ですがね」

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