クラス会 ②
先頭で入ってきたのは、本郷、そして西崎だった。
凪がバイトも兼ねてジーズにいることを知っていた2人はカウンターの中の凪に、
「よう」「お、いたな」
と短く声をかけた。
その後ろに続いた何人かはすぐに凪だと分かったらしく
「あれ?」「ええっ?」
と、声を上げたが、更にその後ろから入ってきた。ひょろっとした男性は不思議そうに首を傾げて、彼らの視線の先を追っている。
隣にいたオレンジ頭が
「水沢だよ」
と、教えるのが聞こえた。もちろん、真壁である。
「ああ!」
凪の方を改めて見たそばかす顔は控えめな笑顔をつくり、軽く頭を下げてきた。
凪の方も
(誰だっけかな?)
と、曖昧に会釈を返したが、真壁と並んで談笑する姿に、
(!!ノッキだ…)
すぐに寺元信樹だと気づく。
(最初の2人じゃないか!気がつかなくて悪かったな〜)
見渡せば、結局二次会に来たメンバーは、全員ウィンガーであった。
ウィンガーになっていない同級生たちも何人も出席していたはずだから、こうなるように仕向けたのかもしれない。
ウィンガーメンバーのうち、出席していないのは、高野海人(妹のことがあるので、目立つ行動は避け、欠席したらしい)、伊達守進之介(アメリカで自由生活を謳歌中)、千坂満秋(家族旅行中)、不動繁光、川田千沙紀(共に遠方のため欠席)の5人。
頼んだわけではなかったけれど、暦美が一次会で配られた同級生の近況リストに、欠席理由をそんな風に書き込んで凪にくれた。
飲み物の用意をしながら、チラッと目を走らせる。
(えっ…結婚!子供!)
欠席者の川田千沙紀の近況欄に、凪は目を見開いた。
本人からのコメントに、
『一昨年結婚し、去年1月に女の子を出産しました!今は子育てに専念してます』
とある。
(そっか…別に結婚してる人いてもおかしくない歳なんだもんな〜)
彼氏すら出来たことのない凪には、想像し難い状況である。そして、羨ましいとか憧れるというよりは
(……勇気あるな)
という感想が真っ先に浮かんだ。
ウィンガーであることを隠して他人と生活する。子供を育てる。
出来ないことはないだろうが、抱える秘密としては大き過ぎる気がした。そして何より、寿命の問題がある。
40歳を迎えずに突然死することの多いウィンガー。
成人するまで見届けられるかどうか…
凪はウィンガーの千沙紀とは会っていない。
中学2年生で発現したと聞いている。
小学校時代の思い出もたいしてない。
長い前髪をかき上げる仕草が大人っぽいな、と思っていた。特に目立つような子ではなかったけれど、好き嫌いはハッキリいうタイプで、暦美や美実と気が合っていたようだった。
(川田さん…千沙紀ちゃん…なんて呼んでだたっけかな〜)
ふと思い出されたのは、千沙紀の笑い声だった。時々、スイッチが入るとゲラゲラ笑いが止まらなくなることがあったのだ。
乾杯が済むと、暦美がカウンターにやってきて、千沙紀から送られてきた写真を凪に見せてくれた。
「あ、面影ある…」
満面の笑みを浮かべて、赤ん坊を抱っこしている千沙紀の口元は、凪の記憶のままだ。
ショートヘアになって、もちろん随分大人っぽい顔になっているが、大きく上がった口角とえくぼは変わらない。そして、抱かれている赤ん坊が、全く同じ笑顔をこちらへ向けている。
「千沙紀ちゃんそっくり。かわいい」
お世辞ではなく、心からそう思った。
「だよね〜、女の子。ひよりちゃんだって」
さすがの暦美も目尻を下げている。
見るからに、千沙紀は幸せそうだった。
「で、まあ…だからね」
暦美が少し声を落として、身を乗り出す。
つられて凪も乗り出して、カウンター越しに密談するような体勢になってしまった。
「千沙紀、もう、ウィンガーのことは忘れるって。普通のお母さんになりたいって、言ってきた。……仕方ないよね」
「忘れる…そっか…」
暦美にしては一言二言の反論もなく受け入れたらしいのが、凪には少し意外だった。
(忘れる…普通…難しいと思うけどな…)
そうは思いつつも、千沙紀としても悩んだ末の結果だとも思う。
(大人になるって、大変だな〜)
しみじみ考えながらチーズの盛り合わせを運ぼうと用意していると、
「手伝うよ」
と、声がかかった。
顔を上げると、人の良さそうなそばかす顔がカウンターを覗いていた。
「あ、ありがとう」
寺沢信樹は、ニッコリ笑い皿を運んで行ってくれる。運び終わるとまた戻ってきて、
「ビール、いい?」
と、頼んできた。
すぐテーブルに戻る気はないらしく、カウンターに座ると、凪の手元を見ている。
お陰で少し緊張しながらサーバーを操作することになってしまった。
ウィンガーはアルコールにも耐性があるらしく、少々では酔わない。
そのためか皆、度数の高い酒を好む傾向があった。
ビールよりも焼酎、ワイン、ウィスキーなどだ。
ビールは乾杯の時くらいで、そのあと注文する者は少なかった。
差し出されたグラスを受け取ると、寺元はそのまま半分ほどあおった。
「やっぱりビールは夏だよね」
凪はなんと答えていいか分からず、苦笑いを漏らすしかない。じゃあ、頼まなきゃいいのに、とは言えなかった。
「大変だったねぇ、この間」
それが須藤の事件のことだと、すぐに分かった。
「う…ん、まあ…まさか、あんな大事になるとは思わなくて…」
寺元は、小学校時代も揚げ足を取ったり、突っかかってくるようなタイプではなかったから、凪も話しやすい相手だった。
西崎や本郷のようにクラスの中心になってみんなをまとめたりするキャラではなく、周りで頷いているタイプ。その分、女子も含めて、誰とでも仲良くやっていた。
だからこそ、西崎がれい子先生に対する疑念を口にした時、寺元が真っ向から反対を唱えたのには少なからず、驚いたものだ。
凪の印象では、西崎、本郷たちと袂を分つような形になったと思っていたから、今日のクラス会に参加していることに、意外な感じを覚えていた。
寺元はチラッと後ろでワイワイと盛り上がっている同級生たちへ視線を走らせ、
「無理、させられてない?」
真剣な表情で聞いてきた。
それが、今日のクラス会にこんな形で参加させられている自分に対するものではなく、事件から発した全ての事柄を含んでいると理解して、凪はためらった。
「無理っていうか…自分からあの時は首突っ込んじゃったしね…」
「嫌なら、断った方がいいよ」
はっきり言い切った寺元の言葉には、心配そうな響きがある。
「水沢さん、特別だから、みんな頼っちゃうんだろうけど。断っても、誰も怒らないよ。ウィンガーには関係しないって言った人を巻き込む方がよくない」
真剣な眼差しは凪がたじろぐくらいだった。
「あ…ありがと。大丈夫。あの時だけで、あとは関わらないつもりだから…」
言いながら、凪は自分の言葉に一番自信が持てていない。
流されやすい自分の性格を誰より分かっているからだ。
それでも寺元はほっとしたように頷いた。
「オレね、れい子先生のことは今でも信じてるんだ」
そう言って後ろを振り返り、出現率からすればありえない数のウィンガーが談笑している光景を寺元は笑顔で見渡す。
「れい子先生が何かしてたとしても、オレたちのことを思ってのことだと思うし、もしそれがウィンガーとつながるとしても、偶然か…なんか、そういうことだと思う」
昔も…寺元はそんなことを言っていた気がする。
凪は黙って聞いていた。
「オレはね、ウィンガーになって困ったことって、あんまないんだよね」
「…へぇ」
自分達のような隠れウィンガーはともかく、登録者となると生活上の制約も多いはずだが、寺元はあまり気にしている様子はない。
ちょっときまり悪げに笑うそばかす顔が、小学生のノッキそのもので、凪はおかしくなった。
「うちの親、共働きでオレ、じいちゃん子だったでしょ。あと、お姉ちゃんがバドミントンの特待生とかで、家族の生活バラバラだったのよ」
寺元がおじいちゃん子なのはクラスの誰もが知っている。
授業参観や学校行事に来るのも祖父母。寺元が話題に出すのも祖父母のことばかりで、でもそれが自慢げだった。
お姉ちゃん云々は、凪の知らない話だが、寺元と言えばおじいちゃん、ということは凪もよく知っている。
「ウィンガーって、精神状態が不安定な時になるとか聞いて、うちの家族、オレが孤独を抱えていると思ったらしいんだよね」
そう言いつつ、寺元は心底おかしそうだった。
「オレはじいちゃんがいればそれでよかったんだけど。週末は必ず家族で食事しようとか、夏休みは必ず旅行行こうとか、メチャメチャ張り切って決められてさ。ま、それはそれで楽しくて。今もそんな調子で家族団欒、続いてんの」
無邪気な笑顔が幸せそうだった。
「あと、5月に結婚も決まってね」
「んひぇ?!」
凪は手に持っていた皿を落としそうになって、奇妙な声を発することになった。
「職場の2つ上の人なんだけど、ウィンガーとか全然気に…」
「なになになになに?」
凪の声を聞きつけたらしい暦美が突っ込んでくる。
当然のように、ほぼ全員の視線が集まってきた。
「いや、あの、ノッキが結婚するって…」
「ええーっ!!」「おお?」「マジかよ〜」
凪が言い切る前に、様々な声が一斉に重なった。
「なんだ、ノッキ、この間言っていた人か?いつ決まったんだ?なぜ、水沢さんに一番に報告するんだ?」
その中から大きな体と声でグイグイ乗り出してきたのは蝦名だ。
結婚の話を凪が最初に聞いたのが、なんだか不本意らしい。
寺元は真っ赤になりながら、それでも言葉を濁すことなく答えている。
「クリスマスにプロポーズ?!オレと会ったすぐ後じゃないか!」
「すぐでもないだろ」
「なんで報告してくれないんだ!」
「なんでエビさんに報告しなきゃないんだ」
漫才のような2人のやり取りを、同級生たちがワイワイ言いながら見守っている。
(平和だな…)
凪はカウンターに頬杖をついて微笑んだ。
確かにそれは平和なクラス会の光景そのものだった。




