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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
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凪と西崎 ②

 ホームで待つ間、通りすがりの人の視線が凪はどうにも気になって仕方なかった。

 西崎の190cmの長身は、ただ立っているだけでも十分目立つ。


(少し、離れてくれないかなぁ…他人っぽくしててくれていいんだけど…というか、他人だし…)

 西崎の方はすれ違い様に投げかけられる視線も、小声で「大きいわね〜」とか「でかっ」なんて呟かれるのを、ウィンガー故の聴覚で拾ってしまっても、まるで気にする様子はない。当然、慣れっこなのだろう。

 それでも、凪は途中でさっさと降りようという気はなくなっていた。

 

 話してて、緊張はする。だが、

(そんなに、おっかなくない…まあ、そうだよね、元々悪いヤツじゃないんだし…)

 冷静に考えてみる。

 凪が西崎を苦手としている理由ははっきりしていた。いくつかの、苦い記憶…

 だが、凪が引っ越しを期にウィンガーとは関わらずに生活していきたいと言った時、一番先に同意してくれたのも西崎だ…


 日曜夕方の地下鉄の車内は思ったよりもすいていた。

 座席はほぼ埋まっているものの、立っている分には場所を選び放題である。


 車両の接続部付近で、凪は吊革に、西崎は吊革がぶら下がっているバーに捕まって立った。

 ウィンガーとしていいことは、小声でも十分会話が出来るということだ。

 翼を出さなくても、五感は常人よりかなり鋭い。


 それでも少し上体を小柄な凪の方へ傾けるような感じで、西崎は口を開いた。

「オレ、お前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」


 それはまた、凪としては驚きの言葉だった。

(あんたが謝ることなんて、なんかある?あたしに?!)

 凪の見開かれた瞳からバツが悪そうに一旦目を逸らし、西崎は額を掻いた。


「マイケルだよ。あいつに、お前のこと教えたのオレなんだ」

 それは、特に驚くことではなかった。マイケルが西崎の知り合いで、その伝手で絵州市に来たことは聞いている。だから、マイケルに自分のことを話したのは当然西崎だと、最初から思っていた。


「本郷から知り合いってことは聞いてたけど…?」

 ウィンガーの情報を集めるために、自分の話もしたのだろう、ぐらいに想像していたし、それについては、まあ仕方ないと思っている。ただ、「黒の女王」とかそんな言われようは心外だ。

 そんなネーミングをしたのが西崎だったら、文句の一つも言ってやりたいと思う。(実際は、何も言えないだろうけど)


「それとなく言ったつもりだったんだがな。他の色、見たことないかって」

 前に座っている若い女性はイヤホンを耳にスマホの画面に見入っているし、その隣の中年男性はぐっすり寝入っているようだ。

 それでも、西崎が『翼』という言葉を避けたのは分かった。


「あいつ、思ったより勘が良くて、食いついてきた。オレの身辺調べて、いつの間にか宙彦に連絡取っててな。俺のミスだ。油断してたよ…申し訳ない」

 凪は、変な汗が噴き出すのを感じた。


 西崎音十弥が謝った。

 いつだって、自信満々で指示を出していたクラスのリーダー。

 少なくとも、小学生時代に彼に謝られた記憶はなかった。


「べ…別に、あの人たちに会いたいって言われて出て行ったのは…あたしも興味あったし(飛べるって言われたし)…あたし自身は何も……ただ…愛凪ちゃんのことは…ちょっと…」

 喋りながら、口の中が乾いていくのが分かる。


 ふっと、西崎の眼差しが厳しくなった。

 凪からすれば、西崎らしい表情だ。


()()()は、オレからも抗議した。これから先は、オレの許可なしに、仲間に接触しないように、約束させたよ。だから、また何か言ってきたりしたら、すぐにオレか本郷に教えろ」


 声にも硬さがあった。この感じだと、マイケルとかなり激しくやり合ったらしい。

 頷きながら、マイケルがどういう人間なのか聞いてみようかと思いつつ、凪は逡巡した。

 これ以上、ウィンガーに関わるつもりがないなら、聞く必要はない。いや、聞いてはいけないと思う。ただ、


「あの…黒の女王って、なに?」

 これだけは聞いておきたかった。西崎がどういう反応をするか、上目遣いに窺う。

 鼻先で笑うか、しかめ面になるかと思ったが、先ほどの厳しい顔つきを崩さず、

「聞いたか」

と、頷いた。


「なんなの、あのネーミング」

 ボソッと呟く。別に聞こえなくてよかったのだが、ちゃんと西崎の耳には届いていた。

「そこかよ」

 鼻を鳴らして笑ってから、ハッとしたように凪を見下ろす。

「オレじゃないぞ。そんな名前つけたの」

 凪は慌ててコクコクと頷いた。

(分かってる!分かってる!思ってない!思ってない!)


 実のところ、5%くらいは西崎がそんなことをひろめたのかと、疑いも持っていたのだが、それは言えるはずもない。




 一通り、『黒の女王』の噂話を聞いたところで、地下鉄は凪の降りる駅へたどり着いた。

 思いの外、気まずい沈黙に悩まされることもなく、道中を過ごせたことに、凪はホッと胸を撫で下ろした。


 動き出した窓越しに、西崎が手を挙げる。

 唇が、「またな」と、動いた気がした。

(いや、また、はないんじゃないかな)

 願望にも似た思いを浮かべながら、小さく手を振りかえす。

(これ以上、ウィンガーに関わりたくないよ)

 小さくため息をついて、階段へ向かいかけた時、

「ナッピ!」


 突然、隣に現れた人影に、凪は飛び上がった。

「未生ちゃん!びっくりした」

 あまりの凪の驚き様に未生は笑い出す。

「やだぁ、メチャメチャ今、飛んでたよ!同じ車両、乗ってたの気がつかなかった?」

(え…同じ車両って…?)


 西崎と一緒にいるところを見られてしまった。いや、別に見られて悪いことはないのだが…未生の目つきがどうも気になる。


「カッコいい人だね。誰?」

 横たわる三日月のような弧を描いた目。満面の笑み。

(どうして未生ちゃんの想像はそっちの方へ直ぐに行くんだろう…)

 凪は必死に対応を考えた。


 強く否定すると、ますます誤解されそうだし、冗談混じりに肯定したらその気になって、どんどん突っ込んできそうだ。

 ここは、さりげなく、何気なく……


「小学校の同級生だよ。カッコよくは……背が高いだけでしょ」

「えーっ、めっちゃスタイルいいじゃない」

「(ああ、言われてみれば顔小さいね)でも、顔はたいしたことないよ」

未生がふと真顔に戻る。

「あー、ナッピの好みのイケメンじゃないかー」

「うん、あたし好みでは…」


 割と素直に納得してくれた、と思ったのも束の間、凪は言葉に詰まった。

「…え、あたしがイケメン好きなの…知ってた?」

 未生がケラケラと笑う。

「見てれば分かるよー、え?バレてないと思ってた?」


 未生が次々に俳優やアーティストの名前を挙げる。いずれも凪好みの、ちょっと中性的な顔立ちの人ばかり。


「なんで?別にいいじゃない」

 赤面して動揺する凪に、あっけらかんと未生は言う。

「う、うん、まあ…そうだよね…」

 そう、密かなイケメン好きがバレたところでどうということはない。

(そっか、開き直って、面食いです!って言っちゃうのもアリだよね)

 凪は神妙な顔つきで、そんなことを考えていた。




 楽しげに言葉を交わしながら、若い女性2人がエスカレーターで昇ってくる。

 地下鉄ホームへ向かう下りエスカレーターですれ違った渡辺は、チラリと振り返った。


 見覚えのある顔。

(小坂未生か。そう言えば、この付近に住んでいるんだったな)

 渡辺の後輩男性と交際していた女性。須藤の事件に巻き込まれた被害者だ。

 一緒にいるのは、ルームメイトだろうか?確か、その女性が立山尚を最初に見つけた時に、現場にいたはずだ。

 

(水沢凪、とかいったか)

 須藤から聞いた特徴を思い出し、まず間違いないだろうと確信する。


(もう立ち直ったようだな。さすがは若者だ)

 男性の話で盛り上がっているらしい2人の声を背に、渡辺は眉間に皺を寄せたまま、ホームへ向かった。

(…立山尚…ジーズ・バーか…)





 

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