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flappers   作者: さわきゆい
第2章 ミーティング・タイム
50/190

凪と西崎 ①

 結局、桜呼のマンションを出たのは4時近くなってからだった。

 既に日は陰ってきている。凪はこの季節が苦手だった。目に見えて日が短くなってくると、気分が沈む。


「オレ、カイと会ってから帰るわ。あいつの妹、オレが嘘ついたってカンカンだったみたいでさぁ。一回、謝っとかないと」

 エントランスを出ると、聞かれもしないのに庄村が言う。


 この間の事件の際、庄村が海人の行方についてなにも知らない、と口裏を合わせていたことに、愛凪は激怒していた。


 本当は今日のミーティングに、海人や真壁も来たがっていたそうだが、登録ウィンガーである彼らと頻繁に連絡を取っていることが知られるのは好ましくない、という判断になったらしい。


 須藤はどういうわけか、『れい子先生のクラス』に興味を持っていた。

 いろいろ調べ回っていた様子もある。

 それについて、対策室になんらかの情報が入っていたとすれば……ウィンガー絡みのこの事件の後で、海人や真壁の動きが監視されている可能性はある。


 幸か不幸か、対策室は解散したが、隠れウィンガーを見つけ出し、拘束する(彼らに言わせれば保護だが)仕事は、どこかに引き継がれるはずだ。


「なら、送って行こう。なんなら、一緒に謝ってやる。大丈夫、愛凪ちゃんなら分かってくれる」

 がっしりと庄村の肩に手を乗せ、呑気に頷いた蝦名だったが、暦美に脇腹を思い切りこづかれ、恐ろしく妙な格好で飛び退いた。


「タクが久しぶりに会いに行くのは仕方ないとして、アンタはやめときなさいよ!」

「エビさん、自重しような」

 暦美と本郷に代わる代わる言われて、蝦名はやっとハッとした顔になった。


 悪気はなかったにせよ、海人を匿った真壁の家へ隠れウィンガーの立山を連れ込んだのは蝦名である。

 あの後、暦美と実美から

「思いつきで行動しない!」

「もっと慎重に判断を!」

 と、口々に説教されたのは、記憶にそう古くない。


「すまない!そうだな、我々はつかず離れずの関係を装わねばならないのだった!」

 あいかわらずの棒読み口調で、なんだか小難しい言葉遣いをするものだから、凪は思わず笑いそうになった。

 これで、本人はいたって真面目で本気なのだから憎めないキャラではある。


「エビさん、車なら送ってよ」

 さっきまでの剣幕は何処へやら、ちゃっかりそう言う暦美もまたしかり。



 結局、その場で解散することになり、凪は地下鉄へ向かおうとした。

「ナッピ、今日バイトは?」

 すっかりナッピ呼びに慣れてしまったらしい暦美が呼び止める。

「あ…今日は休み…」

「そっか、ほとぼり覚めた頃にまた、ジーズ行くね」


(え…あたしバイトしてるの、ジーズじゃなくて、その下の居酒屋…)

 否定したらいいかどうか考えているうちに、「じゃあ、またね〜」

 と、暦美は蝦名や庄村と去っていく。


(いや…またねというのが……ある……かな?)

 ウィンガーと関わる気はない。今もそのつもりでいる。今日のミーティングに出席して、凪は今回の件には一応区切りをつけるつもりだった。


「じゃあな、音十弥。また明日な」

 西崎と一緒に帰るのかと思った本郷も、3人の後を追って行く。


「おう、6時までは行けると思うから」

 軽く手を上げて応じた西崎は、凪の方を見返した。


「水沢、地下鉄だろ?」

 絶望的に悪い予感がした。

「え…あ…」

 仕方なく頷いた凪の傍らに、西崎は立つ。

 圧倒的な身長差を実感しつつ、歩き出さなければならない脅迫感に従って、凪は足を踏み出した。


「どこまで?」

 そう聞かれて、凪が最寄りの駅名を告げると、西崎はこともなげにその次の駅名を挙げた。

「そこの近くのホテルに泊まってるんだ」

 つまり、30分近く地下鉄で一緒の時間を過ごすということだった。


(途中で買い物あるからって降りるか…それか、もうここで用事があるからって…)

 めまぐるしく思考を巡らせる割に、口から出てきたのは

「本郷の家に泊まってるんじゃないんだ」

 という、至極真っ当な質問だった。


 今回の西崎の帰国が一時的なものだとは聞いている。春頃に、完全に帰国する予定らしく、そのための住宅探しなどが今回は目的だという。


「さすがに、1週間も世話になるのはな。宙彦が大学行ってる間、人の家で好き勝手するわけにもいかないし」

「…ああ…ふぅん…」

 先に立って階段を降りていく西崎の背に気のない相槌を返しながら、

(ああ、そう言えば…)

と、思い出す。

 本郷を「宙彦」と、下の名前で呼ぶ同級生は西崎だけだった。

 同じく、西崎を「音十弥」と呼ぶのも本郷だけだ。


 当時は大して気にしていなかったが、この2人、家族ぐるみの付き合いで、小さい頃から知った仲らしい。独特の信頼関係があるのは、今日の会話を聞いているだけでも分かることだった。



「水沢、」

 西崎が足を止めて振り返る。

 数段下の西崎と凪はちょうど同じ視線の高さになっていた。

「宙彦のこと、助けてくれてありがとうな」

 真摯な眼差しと、予想外の言葉に凪は目を見開いて固まる。


「え…助け…?」

「お前が引っ張って逃げてくれなきゃ、あいつ捕まってた。宙彦がとられるのは、正直キツい。助かったよ」

 なんのことかと思ったが、事件の時のことかと得心した。

 改めてお礼を、しかも西崎から、とは凪には意外すぎるもので、うまく言葉が出なかった。


 ーーオレは助けたかった。須藤のこともーー

 この間の本郷の言葉を思い出して、自分のしたことが最善策だったのかと、また考える。

(お礼を言われるほどのことをしたんだろうか…?)


 知らないうちに息を吸い込み、

「あの、さ」

 と、言葉が飛び出して凪はギョッとした。

 西崎相手に何を言おうとしているんだろう?

 何を言ったって、バッサリ論破してきそうな相手に。


 それでも、言いかけた手前、黙り込むこともできない。それこそ、「言いたいことがあるなら、はっきり言え!」とか、怒鳴られそうだ。


「あの…勝手に現場に乗り込んだの、あたしだし…なんか…いろいろ喋らせようとして…引っ掻き回して…(うぁぁ、あたし、何が言いたいんだ〜)その…関わりは持たないと言ったくせに、いろいろと……やらかしてしまったなと…(やばい、言ってること分かんねえとか怒られる…?)」

 西崎を前にすると、どうも緊張する。そして、怒られる想像しかできない。

 だが西崎は、また右の口角だけ上げてニヤッと笑い、

「だな」

 と、頷いた。


 階段を降りて行く後姿を追いながら、凪は少し混乱していた。

 記憶の中の西崎は、いつも気難しそうな顔をして、人を小馬鹿にしたように見下ろす少年だった。

 体格もそうだったが、性格も大人びていて、納得いかないことは教師にも食い下がったし、曖昧な物事の決め方をひどく嫌った。

 とにかく負けず嫌いで、勉強はもちろん、スポーツでも1番にならないと気が済まず、それを隠そうともしなかった。それがたまに高じると…


 階段を降りきり横に並ぶと、凪は西崎の顔を見上げた。

(あれ、こんな穏やかな顔してたっけ…?)



 **********

 話し合いで自分の意見が通らなかった時、

 サッカーでチームが押されていた時、

 先生に理詰めで迫っていた時


 思い出される西崎は、いつも厳しい顔をしていた。その厳しさは自分自身にはもちろん、他人にも容赦なく、特にスポーツの試合で味方がヘマをした日には、ものすごい形相で怒鳴りつけてきた。

 ただし、もっと酷いのは、西崎自身がやらかした場合で、サッカーにしろバスケにしろ、ドッチボールにしろプレイが荒くなり、敵も味方も迂闊にそばに寄れないという事態が発生した。


『西崎くん!クールダウン!西崎くーん!!』

 さすがのれい子先生が大声を出すこともしばしば…

 凪の記憶に強く残るのは、そんな時の西崎の顔ばかりなのだが…

 **********


 西崎が振り返る。覗き込まれるように見下ろされて、凪はまた固まった。

「無理させたよな。オレたちに、遠慮するなよ。次になんかあったら、自分のことだけ考えろ」


 真っ直ぐな眼差しが……怖くなかった。

 そこには怒りも嫌味も含まれず、ただ思いやりだけが感じられた。


(あれ…?西崎って、こういうヤツだっけ?もっと上から目線で、こう…威圧的で……?)

「あ…大丈夫、無理は…」

 していない、と続けようとして凪は言葉を飲んだ。あの状況で無理をしてないとは言えまい。

 相手が拳銃まで持っているとは知らなかったとは言え、あの現場に乗り込んだ時点で、冷静に考えれば十分、無茶をしている。


「…無理はしてるか」

 神妙な面持ちで言い直した凪に、西崎はクスッと吹き出して顔をそらした。


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